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監視役の彼女

 三か月ぶりに見るヘルトの景色はそれはそれは華やかで、街の賑わいはウェンの心を少年のようにワクワクさせた。

 鮮やかな建物。どこからかする美味しそうな匂いは、ウェンを空腹であることに気付かせる。なにより人がいるのがいい。数少ない魔王城のままだった地下牢は灰色の世界で、気のいい看守はいれど、愉快な声など聴こえてこなかった。


(ああ、本当に気持ちのいい。今なら街人の喧嘩や怒鳴り声すら耳を癒すだろう)


 街の騒音を楽しんでいるウェンは違和感に気付いた。


(リーフはどこだろうか?まだ王宮にいるのか?)


 と、考えたところでその可能性はないと否定する。彼女の仕事は自分の監視なのだ、おそらく鎧のままでは目立つから姿を消すなりして近くに入るはずだ。


 その仮説を立てたうえでウェンは自分の左腕を見る。この腕輪さえなければ姿を消されたくらいで見失わないのだ。

 リアは今のウェンがCランク相当まで落ちているといった。この街においてSランクが絶対なのは言うまでもないが、Aランクはその役職の上位0.01パーセント、Bランクは3パーセント、Cランクが30パーセント、その他がDランクだ。

 ヘルトに住む一般人であればCランクは誇りになりえるのだが、ウェンにとっては大きく落ちぶれてしまったと思わざるを得ない。


 自然とため息が出たウェンだったが、いつまでもそうしてはいられない。とりあえず住処を目指して歩き出した。

 道中の景色は変わりないもので、些末な点を除けばウェンの知る街並みそのものだった。

 それはウェンの捕まった裏路地も例外ではない。もちろんもう遺体はなく、綺麗に掃除されたようだ。裏路地なだけあって前よりも綺麗になったようにすら見える。

 忌々しく路地を睨むウェンだったが、またため息をついてしまう前に足を動かした。


 王宮に繋がる長い大通りを進むウェン。人が多く、歩きにくいが足を止めてしまったらネガティブな感情に支配されかねない。ウェンはひたすら大通りを進んだ。

 あれだけ感動した景色も五分も歩けば慣れてくる。その後は特別感情が起伏することなく住処についた。

 大通りに隣接する裏通り。そこにウェンの住処がある。大きくも小さくもない、一軒家。大通りにある華美な家と比べては見劣るが、【盗賊】のウェンにとっては丁度いい家だ。

 王宮を出る際持っていた必需品を返してもらった。その中から家の鍵を取り出す。


 ガチャリと三か月間主人を待ち続けていたドアが開いた。

 中は思ったより綺麗だった。いや、思った以上だ、というか物がない。どうやら【騎士】によって押収されたようだ。

 リアに言えば返してもらえるだろうか?と考えるウェンだったがいまだ容疑者の立場では難しいように思えた。

 玄関から、正面にはキッチン、部屋の右側にはソファと机がおいてあり、左側は風呂やトイレへ繋がるドアが見える。キッチンの左隣には階段があり、狭いが二階もある。

 どうやら残っている物といえば本当に必要最低限の家具。ベッド、机、椅子、その他備え付けの家具だけのようだ。このヘルトにおいてエネルギーや資源は困らない。水道が止められているようなことはないはずだ。

 まずは何をすべきか、伸びた髪を切るか、生活必需品を買いに行くか。


(いや、それよりまず確認しないといけないか)


「ここなら大丈夫だろう?出てきたらどう?」


 ウェンの言葉が部屋に響くと、ウェンの目の前にじりじりとバリアが崩れるように、鎧が浮かび上がる。


(いるとは思っていたが、目の前にいるとは……)


「気付かれるとは思いませんでした」


 鎧が完全に姿を現すとリーフがそういった。


「いや、まさか目の前にいるとは思わなかった。もっとひっそりしているものだと」

「一応、不審物がないか部屋を見て回っていたらたまたま目の前にいただけです」


 リーフは相変わらず重々しい鎧を着たまま話す。ウェンの目の高さがリーフの身長だと思うが、鎧の角など装飾はウェンの身長を越えて伸びていた。


「なぁ、部屋の中くらいは鎧を外さないか?」

「この姿で任務に支障はありません。そもそも外すメリットもありません」

「君はそうかもしれないけど、こっちはいくらわかってても、鎧姿の騎士が視界にいるのにリラックスなんてできないし、集中も出来ない」


 ウェンの言葉にリーフは少し考える素振りをした後、わかりました、とだけ言いまた姿を消した。


「いや、違う。そういう意味じゃないんだ」


 咄嗟に訂正しようと手を伸ばしたウェンの手がコツン、と硬いものにあたる。

 またも鎧姿のリーフが目の前に現れる。あたっていたのは、鎧の頭部だったらしい。


「つまり、あなたは私に鎧を外してほしいということでしょうか?」

「つまりも何も最初にそう言ったし、それ以外の意味に捉えられるとは思わなかった」


 ウェンはやはり、いまいちつかめないリーフの言動にどう接するべきか困る。


「あなたの言うことも理解はできます。ただ、私はあなたの監視だけでなく、怪しい行動の抑止も行わないといけません。それに危険行動の際にあなたをすぐに殺すことを考えると、鎧は外せない」


 と、リーフ。これにはウェンは何も言えない。リーフの言うことは、そもそもウェンが了承した条件なのだから。


「わかった。いつでも戦闘ができるようにしてるのは何も異論はない。ただ顔だけは出さないか?頭部がなくても鎧の効果は発揮するはずだ」

「顔を出すのに何の意味が?」

「鎧の騎士のままいられるとまだ牢屋にいる気分になる。顔が出てるだけでも雰囲気は変わるだろう?」


 ウェンの言葉にリーフは、


「本当はあまり譲歩はしたくありませんが、今のあなたは囚人ではありません。わかりました」


 リーフは自身の首辺りを軽く触れた。

 音もなく、ふわっとリーフの鎧の頭部だけが細かな粒子となって消える。

 中にまとめられていたのであろう長い透き通るような銀髪がリーフの背中に広がった。


「これでいいでしょうか?」


 真っ直ぐとウェンを見る淡い緑をしたリーフの目。

 綺麗な銀髪に引けをとらない整った顔、それでいて鎧がなくとも一目で歴戦の騎士とわかるオーラを持つリーフに、ウェンは思わず心を引き込まれるような感覚に陥る。


「ウェン?」

「ああ、ごめん。ちょっと意外で」

「意外?」


 リーフは首を傾げるが、仮にもウェンは死刑囚だった身だ。彼にとって自分の監視役でここまで華奢な女の子を意外に他ならない。


(だが、これは好都合だ)


 ウェンにとって、一番最悪な事態なのは真犯人を捕まえるための行動を妨害されることだ。その点、リーフは多少意思疎通に難があったが、結果的には鎧を外してほしいというウェンの要望を聞き入れてくれた。

 まだリーフの性格はまるでわからないが、それはこれから掴めば何も問題ない、とウェンは打算を働かせる。


「とにかく、これから四か月間よろしく。リーフ」


 ウェンはリーフに向かって手を伸ばす。


「ふふ、それ王宮でも言いませんでした?」


 ウェンの行動にリーフは少し笑いながら握手を受け入れた。


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