条件
Sランク含め周りの人間達は軽く頭を下げている。兵士はともかくSランクの人間たちは尊敬の念などないだろうに、とウェンは飽き飽きとその光景を見ていた。特にロンドなど今にもあくびをしそうな顔だ、と思っていると本当にあくびをしていた。
「頭を上げてくれ、皆」
王座についた王、ガラドは深々と腰掛けている。
派手な王族衣装は立派だが、その容姿は少年そのものだ。王座から足を付けるのが精一杯な王様はまさにSランク達の操り人形にぴったりと言える。
「ガラド王、ウェン・マストラダーをお連れしました」
ウェンを連れてきた兵士が恐縮そうに報告した。
「ああ、ありがとう。下がっていいよ」
ガラド王がそういうと兵士は敬礼、その後きびきびした動作で部屋を出た。
「さて、久しぶりだね。マストラダー」
「出来ればウェンって呼んでいただけますか?ガラド王」
ウェンの言葉に苦笑するガラド。
「今日呼び出したのは君の罪について再考するためだ。三か月前の殺人についてのね」
ガラドの言葉に嫌な思い出が蘇るウェン。雨の下の暗い路地。【騎士】達に囲まれ、手にはナイフ、目の前には無数の刺し跡を持つ重役の遺体。ウェンが弁明する間もなく【騎士】に連行され、今目の前にいるガラド王によって有罪とされた。
「どうして、しかも今更になって?」
ウェンの疑問にガラドはリアを見た。説明しろ、というアイコンタクトだ。
「ここ最近君の事件と酷似した手口の殺人が三件起きた」
リア神父はウェンを見て説明を始める。
「雨の日、裏路地、被害者は都市の重役でナイフによる無数の刺し跡。すぐに【騎士】達が駆けつけるが、決まって凶器と思わしきナイフを持った一般市民が状況を飲み込めず立ち尽くす。もちろん我々は事件について仔細を外部に漏らしてはいない。そして何より被害者の刺し傷の位置、傷の深さまでもが君の事件と一致している」
リアの説明にウェンは驚く。
「また、加害者と思わしき現場にいた人間は皆、君のようなAランク相当の実力者じゃなかった為、ここまでの再現は不可能と判断した」
「要約すると?」
「あの事件の犯人は別にいる可能性が高くなった。いや、この場合君が犯人の可能性が低くなったといった方がいいかな?」
「つまり……俺は釈放される?」
リア神父の言葉にウェンは思わず希望を持った質問をする。
しかし、その疑問に答えたのはロンドだった。
「そうは上手くいかねぇ。確かに後三件の犯行はてめえには不可能だ。だが最初の事件は別だ。他の容疑者と違って、てめえは犯行可能な実力を持っている」
「なぁ、俺の能力を買ってくれるのはうれしいよ。だがリアも言ってた通り仮に俺の犯行だとして、模倣できる奴はいないだろ。ロンド、お前にだって無理なはずだ」
「確かに、俺には無理だ。だがてめえもわかってるだろ?それができる糞野郎が一人いるってのを」
ロンドの言葉に想像するのはただ一人。失踪した【盗賊】のSランク。
「可能性は限りなく低いが、零ではない。彼の言うことを無視できないのも事実だ」
再びリアが話し出す。
「私含むSランク達で議論は大いに盛り上がったよ。そして一つの結論に至った」
リアはそこまでいうとガラドを見た。
ガラドは無言で頷く。
「君を条件付きで釈放しよう」
「条件?」
「君を一時的に死刑囚から容疑者として扱うことにする。期間は四か月間、その間に真犯人が捕まるか君の無実が証明されなければ君は再び処刑を待つ身だ」
「つまり俺に犯人捜しをさせるってことか?」
「まさか、死刑囚にそんなことを王が言えるわけがないだろう?仮に君が偶然にでも犯人を見つければ本当に釈放するというだけだ」
リアの言うことはつまり犯人を探すのは勝手だが我々は関与しない、王の命令の元で動くのは許さないということだろう。
「わかった。四か月だな」
「まだ条件を話し終わっていない」
リアは思考を急ぐウェンを静止した。
「まだ何かあるのか」
「そもそもこんな事態ヘルトが出来てから今までなかったことだ。何事も慎重に行いたい」
リアの言葉はこの都市の代表として重い責任を感じさせるものだった。
「条件はあと二つ。一つ目だが、これを装備してもらう」
そういうとリアは細いシルバーの楕円がクロスして出来ている腕輪を取り出した。
「これは君の魔力を制御するものだ。君はAランクだが、……そうだなCランク程度には力が抑えられると思ってほしい」
「真犯人がSランクかもしれないっていう話はそっちがしただろ。なのに俺の魔力を抑えるのはおかしいんじゃないか?」
ウェンの主張にリアは、
「たしかに。だが、何度も言うが死刑囚を簡単に外に出すわけにはいかない。まして安易に殺人が可能な状態で出せるわけがない。君が何らかの手段で真犯人が自分の手に負えない相手だと突き止めた場合は、大人しく我々に報告してくれ」
と、返した。その言葉にウェンは何も答えられない。
「そして、もう一つの条件だが……」
そこまで言うとリアは件の鎧の人物を紹介した。
「彼女は【女神騎士】の一人、リーフ・パールだ。君の監視をしてもらう」
【女神騎士】というのは特殊な役職だ。何より他と違う点は二つ。一つ、英雄が存在しない役職であること。二つ、ランクが存在しない役職であること。
英雄が率いている他の役職に対し、その名の通り【女神】が長となって行動する。その女神の名は【アーリーメージ】。この都市の守護神のようなものだ。
【アーリーメージ】は他の役職から適任とされる人物を【女神騎士】に引き入れることができる。そうして女神に認められた人間は、持っている実力に加え、女神の加護を受け他役職を圧倒する力で都市と女神を守っている。
「……よろしく」
鎧の上から容姿は判断できないが、声はウェンと同じ歳くらいの少女のものに聴こえる。
「こちらこそ、……よろしく」
鎧のせいで顔が見えない相手にウェンはどんな接し方をするのが正解かわからず、言葉が詰まる。
「重ねて言うが、リーフには君の監視をお願いしている。仮に君が殺人を企てていると判断した場合は、容赦なく処刑することも許可した。【女神騎士】の力は君も知っての通りだと思う。かつての君ならいざ知らず魔力を抑えられていては勝ち目はないだろう。行動にはくれぐれも気を付けてくれ」
リアの言葉にウェンは静かに頷く。
「さて、条件については理解してもらえたと思う。では早速だが、手錠を外してやろう」
そういってリアが軽く手を振るとウェンの両手をつないでいた手錠は、まるで最初からなかったかのように消滅した。
こういう場面においてガラド王が操り人形である様子が伺える。
説明の時ばかり王に確認するが、死刑囚の手錠を外すなんていう重大なことは独断で進めてしまう。これはもしも王が、やっぱりダメじゃないか?なんて言わないようにする為だろう。最も王が異議を言っても結果は変わらないと思うが。
しかし当の本人は何も考えていないような顔。まさに操り人形だ。
ウェンがそんなことを考えているうちに、リアがリーフに腕輪を渡していた。
リーフはウェンの方へと歩き出す。ウェンは立ち上がり自由になった腕をリーフに差し出した。
「抵抗するなら最後のチャンスだと思いますよ?」
「生憎と、そこまで馬鹿じゃない」
鎧で見えないが、その言葉にリーフが少し笑った気がした。
リーフがウェンの左腕に腕輪を付けると、腕輪は一秒程度青白い光を発した。光が収まり、著しい魔力の低下がウェンにこの装備の着用を知らせた。
「言い忘れたわけじゃないが、それを装備している状態で都市の外へは出られない。そして、無理やり外したり、破壊するとすぐにわかるようになっている。まぁ、破壊できるのはSランク相当の人物だけだが」
リアは最後の補足を言い終えたようで、それ以上は何も言わなくなった。
「それで?もう行っていいのかな?王様」
ウェンがこれ見よがしに腕輪のついた自分の腕を見せる。
「ああ、君が犯人でないことを切に願うよ」
「王様は旅をさせる前に勇者に使い物にならないような装備を渡すのがセオリーだが、呪いの装備を渡して送り出すのはあんただけかもな」
ウェンの言葉に困るガラドだったが、静かに
「君はやっぱり皮肉屋だな」
とだけ言った。
その言葉にウェンは何も答えず、部屋を出た。