英雄都市ヘルト
英雄都市ヘルト。八年前、世界を支配していた魔王を九人の英雄達が討伐した。魔王討伐後、広大な土地と魔物を生み出していた無限のエネルギーを持つ魔王城に興味を持った英雄達は魔王城を改造してこの都市を作り上げた。
魔王城だった部分だけでなく、周辺の魔王が所持していた土地も含め新たな都市として再利用した結果、今では二百万人以上が住んでいる都市となった。魔王が魔物を生み出すのに使用していたこの土地のエネルギーは、生活や都市の発展に使用するには十分すぎるもので、ヘルトは短い期間であっという間に世界有数の魔法先進都市となった。元々は緑一つない禍々しい魔王城も今では英雄率いる名だたる魔導士達によって華やかになったものである。
そんな魔王城は今やほとんど面影もないが、一つの建物だけがその外観を受け継いでいる。それが王宮である。王族が住むこの建物は色合いや装飾こそ色鮮やかに映っているが形は魔王城の一部そのものである。それは魔王城のセキュリティシステムをそのまま流用しているからなのだが、王宮にある地下牢もその一つで牢には魔力を封じる特別な素材が使われている。
「忌々しい地下牢を出たって言うのに、まだ魔力が使えないなんて」
王宮の中、謁見の場に跪きながら自分の両手を繋げる手錠をカチャカチャと鳴らし、呟く青年。栄養不足気味な顔色をしているものの、やせ細ってはなく必要最低限の筋肉が腕や脚から見て取れる。ストレート気味の黒髪は目が隠れる程度には伸びていた。
「静かにしろ。間もなく王がいらっしゃる」
後ろで見張る兵士が低い声で注意する。
馬鹿みたいに大きく、金色に輝くこの部屋には今二人しかいない。跪く青年の前には王座がおいてあり、高い天井は神秘的なステンドグラスが一面に広がっている。
青年は手探りで今掛けられている手錠の情報を得ようとするも、後ろの兵士に小突かれた。
大人しく待っていると、後ろにある大きな扉が渋い音を鳴らしながら開き、数人が部屋に入ってきた。青年にとっては見るも懐かしいメンバー、この都市を作り上げた英雄達、そして青年に有罪を決したもの達だ。
「何だ、元気そうじゃねぇか。ウェン」
大剣を背負う全身傷だらけの男が青年に話しかける。
「おかげさまでね、ロンド」
ウェンと呼ばれた跪く青年は皮肉をこめてロンドという男の言葉に答えた。
「ちっ、相変わらず気に食わねぇ野郎だ」
「お互い様だろ」
ウェンは入ってきた人間をそれぞれ一瞥する。今入ってきたのは五人、内四人はロンドと同じく英雄と呼ばれる最高権力者だ。そして鎧に身を隠しているのが一人。
この都市では王がいるが、権力は持っていないに等しい。この都市を作る際に政治を行うのに便利だからという理由だけで別の街から王を招いたが、この都市を管理しているのは魔王を倒した英雄達だ。
英雄は九人いて、それぞれが役職を率いている。例えばロンドは主に魔物や魔王軍の残党の殲滅を目的としている集団【剣兵士】の長だ。役職にはそれぞれDランクからSランクが実力相当に分けられていて、魔王を倒した英雄だけがSランクにあたる。
「これから王様に会うっていうのにあまりいい健康状態じゃないみたいね」
綺麗な金色の長髪に白い服装をした穏やかな女性がウェンを見てそういうと、呪文を高速で唱えた。
途端にウェンの身体に蓄積されていた疲労は消え、血流のよい顔色になる。
この女性はSランクの【治癒士】だ。【治癒士】はその名の通り傷ついたり病気の人間の治療を行う。
「……どうもありがとうございます」
「いえいえ」
「ちっ」
二人のやり取りに舌打ちするロンド。どうやら心底ウェンのことが嫌いらしい。
ウェンはその他の三人に目を配る。ウェンを連れてきた兵士に似たグリーンの制服を着ている男がいる。名前は覚えていないが都市の秩序と王族を守る【騎士】のSランクだ。
そしてもう一人のSランク、赤髪に黒い祭服を着た男。都市にある教会の管理を行う【聖職者】、リア神父だ。彼はウェンとの親交も深く、この場にいることはウェンにとって何よりの救いだ。
最後に謎の鎧の人物。この人物は明らかに知らない顔だが、その鎧が何かはウェンも知っていた。だが、Sランクでないことは明白なので今は考えないことにする。
この場にいないSランクは【闘拳士】、【銃兵士】、【魔導士】、【召喚士】、そして【盗賊】の五人。ウェンは【盗賊】に属していたが、【盗賊】のSランクは数年前から失踪しているため、この場にいないことに違和感はない。
「それで、何のために俺は呼び出されたんだ?」
「落ち着け、それは王が来てから話す。……と丁度いらしたようだ」
ウェンの質問にリア神父が答えると、再び後ろのドアが開く音がした。