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霜逃げ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お前は今までに踏んだ、霜柱の数を覚えているか?


 今年ももう、冬に別れを告げる時が迫っている。こっからはそうそう、水たまりに氷が張ることもなくなるだろ。服屋じゃトレンチコートが並び出したし、食いもの屋だって、冬季限定製品はぼちぼち鳴りをひそめるころだ。

 季節の訪れってよ。顔を出してくるもの以外に、去っていくものでも判断できると思うんだ。学校で「諸行無常のなんとやら」は習ったと思うが、そのときどきでしか出会えないものを、俺もお前も大切にしているかねえ。


 ――何を言いたいのか、さっぱりわからない?


 姿を消していくものに、用心をしておく必要があるかもってことさ。

 ひとつ、去りゆくものへの送別に関する、昔話を聞いてみないか?


 むかしむかし。とある村では、朝に珍しく霜柱が突き立っていた。

 その年は過去に類を見ないほどの暖冬だと人々は口々に噂をしていて、ずっと袖なしで過ごす者もいた。昨年までは寒さが原因で体調を崩したり、命を落としたりする者がそれなりに出たというのに。

 それが春も近づいたこの時期、かつ昨晩もさほど寒かったわけでもないのに、このありさまだ。子供たちは今年、ろくに踏むこともできなかった霜柱をざくざくと踏み、引導を渡していく。だが大人たちはこれらの霜を、不審そうな顔で見つめていた。


 この村ではまだ田起こしを行っておらず、土はだいぶ固かった。その頑強さを押しのけて、広い範囲に姿を出すことは、これまでなかったからだ。

 霜柱の大量発生は次の日も、その次の日も続く。前の日に子供たちが踏み砕いたところにも区別なく土を持ち上げ、現れてくる。

 これはいかなる兆しなのか? 疑問に思う大人たちは、霜柱を踏みたがる子供たちを、いったん家の中へ留め置く。その間に易者や神職にあたる者たちは占いや祈祷を。他の大人たちは周辺の村や町へと散って、過去に同じような例がなかったかを尋ね歩いたらしい。


 子供たちが謹慎させられている間も、霜柱はその背を伸ばし続けた。

 陽の光にさらされ、暖かい空気に包まれているにもかかわらず、霜柱は一日ごと一寸(約3センチ)伸びたという。

 やがて七日七晩、祈りを捧げていたかんなぎが、とつじょ昏倒するという事態が発生する。小動物を思わせる弱い呼吸は、これまでの経験から交信状態に入ったものだと断を下された。

 神託はこれまで、目を覚ましてから行われるものだった。意識の回復が待たれる中、大人たちの一部が村へと戻ってくる。ここからおよそ10里離れた村でも、過去に同じようなことが起こったらしい。


 その村では、霜柱の成長がここに比べて著しく、一夜にして子供のかかとからすね辺りまで伸びてしまったこともあった。

 気味悪がった人々は、触らぬ神に祟りなしとばかりに、霜柱にできるだけ接しないように努めた。行き来に必要な霜柱のみを処理し、自然に溶けて消えるのを待つことにしたんだ。

 やがて、家ほどの大きさまで育つ霜柱。もはや塀と変わりない高さに視界を塞がれ、その間を縫って生活していた人々だが、やがて老人のひとりが突然倒れて、息を引き取ってしまう。ほんの少し前まで、元気に過ごしていたにもかかわらずだ。

 それからも老若男女を問わず、村人たちは次々と倒れていったんだが、その死体はおかしなことに、半刻(約1時間)足らずの間ですっかりなくなってしまう。

 息をしなくなった時より、勝手に汗らしきものが全身から浮かび、流れていくんだ。同時に、死者の身体はどんどんしぼんでいく。

 汗を拭ってもダメ。身体を冷やしたり温めたりしてもダメ。風呂桶の中へ入れてふたをしてもダメ。何をやっても止められない。

 そうして、まともに別れを告げる機会も与えられないまま、死者の身体はあとかたもなくなってしまうんだ。

 総勢20名あまりが同じ運命を辿ったあと、霜柱の壁は消えた。溶けるではなく、もとからその場になかったように、ふっとかき消えてしまったんだ。まるで役目を終えたかのようないさぎよさでな。

 村には高々と持ち上げられ続けていた土が降り注ぎ、一瞬だが地面を大きく揺らすほどだったとか。

 

 その報告が終わったところで、かんなぎが目を覚ます。

 これまで神託を告げる時、彼女は白目をむいたまま、うつろな口調でことを告げていたんだが、今回は違う。

 目には茶色い虹彩がともっている。はっきりとした言葉で伝える彼女は、意識を失っている間に見たものを語る。

 彼女は大きい八脚門の前に立っていた。一対の仁王像が控えている前で、ぐらぐらと火にかけられた釜がゆだっている。

 この釜そのものも、とてつもない大きさだ。立っている彼女は、せいぜい釜の底を熱する炎と並べるか程度の背丈しかない。首が痛くなるほど見上げた先で、ようやく見える釜のふちと盛大な量の湯気。そしてその奥にうっすらと、そびえ立つ大きな影が浮かんだ。

 湯気のはるか上から、釜の中へ落ちていくものがある。枯れ葉くずのように思えたが、更に目を凝らすと、それは人ほどの大きさにまとまった、霜柱たちであることが分かったんだ。

 釜全体に比すれば木っ端に過ぎないそれらが、次々に飛び込み、ときおりふちからしぶきをあげる。だが、それらの降下が止んだかと思うと、身体が揺れんばかりの大声がかんなぎを襲った。


「足りぬ、足りぬ。わずかに足りぬ。とく滅ぼし、とく供せ。

 うつしよにあるきゃつらを滅し、その身をとく放り込め」


 重々しい声が響き渡り、同時にかんなぎは目を覚ましたんだ。


「みな、急いでほしい。外にある霜柱たちを何も残らぬほどに、砕き散らせ」



 かんなぎの指示を受け、人々はすでに自らの背に及ぼうとしている霜柱たちに、農具を振るっていった。

 立ち続けようとする霜は、鉄を相手にしているかのような頑健さ。そこへ何度も刃を打ち込み、削っていく。低くなったものは上から何度も押しつぶして、粉砕し続けていった。

 子供たちは、かんなぎの話を聞かされないままに手伝わされる。大人たちが削って崩して、いつもの高さに落ち着いた霜たちに、容赦なく引導を渡していく。


 ジャリ、ザクッ、ゴリッ、ガツン……。

 

 霜たちが、めいめいの断末魔をあげ出した。何日も高々と持ち上げられていた土が、地上へと帰ってくる。

 霜柱の撤去は一日中続いた。もしも砕いた霜の量が足りなければ、人の死を持って埋め合わせとする。そう大人たちは悟っていたからだ。

 村の内外を問わず、霜を始末し終えた時、かんなぎはまた突然に、意識を失ったらしい。今度はさほど時間を置かずに目覚めたとか。

 

 夢の中で、再び門と釜の前に立ったかんなぎは、新しく湯気の中を落ちていく霜たちを見た。次々に落とされていく霜たちを受け、やがて釜のふちからは湯があふれ出す。

 釜の肌を滑り落ちたいくつもの筋は、すぐに火元まで届く。耳障りな音を立てて、あっという間に火を消し去ってしまったんだ。

 煮立っていた釜は沈黙した。湯気はいまだ立ち上ることをやめないが、その向こうの顏が満足げにうなずくのを、かんなぎは見たという。


 地上に生えてきた、異常な霜柱。あれらはきっと、釜の責めから逃れるために、地上へ姿を現わしたのだろう。他の何かを代わりにしてでも、自分は助かろうとした強い執念。

 だからこそ、始末をつけなくてはいけなかった。本来、冬が奪うべきものが今年は少なかったのだから。彼らの死をもって、幕を引かなくてはいけなかったんじゃないかな。


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