継縁神社物語 始
こちらは秋月忍様の『和語り』企画参加作品です。
作者としては、和に分類されると、そう思っています。
縁、誰しもが持つ大切なもの。しかし、一度狂えば、それらは不幸を呼ぶ縁へと、変わってしまう―――――。
ここは、継園神社。
地元でも、階段が多く山を登る事でも有名な神社である。大きな神社でも、派手な神社でも無いのだが、知る人ぞ知る、特別な“縁”を司る神社であり、落ち着いた荘厳な雰囲気が漂っていて、縁結び神社として、一部の方々には大変人気の神社でもあった。
ピンポ――ン
その日、玄関のチャイムが鳴り、ここに住む子供の一人、瑞季が足早に玄関へ向かっていた。今年8歳になる瑞季は、同い年の子達よりも大人びた姿で、巫女服を着こなしていた。身長は小柄ながら、歩くたびに、腰まである髪がサラサラ動く。
因みに、今日は日曜日で、学校はお休みである。
「ようこそ、継園神社へおいで下さいました、御電話下さった、佐藤様ですね?」
ハキハキと瑞季が問うた先には、今時珍しく、目深に帽子を被り、サングラスにマスクを付けた、落ち着かない様子の、佐藤と呼ばれた女性が居た。今日予約をとった、依頼人である。
「えぇ」
言葉少なげな女性は、玄関で靴を脱ぐと、礼儀正しく靴を整え、待っていた瑞季の後に付いてくる。その歩く姿は凛としており、彼女の育ちの良さを表しているようだった。
何度目かの曲がり角を曲がり、とある部屋へと案内した。そこは、御神体が祭られた本殿であり、厳かな空気が流れている。
「御師匠様、お連れしました」
可愛らしい声で、報告する瑞季。本殿の御神体の前には、一人の女性が座っていた。彼女は巫女装束を着ており、柔和で優しい顔立ちで、見る者を落ち着かせる、不思議な空気をまとっていた。その空気により、彼女を年齢不詳に見せてもいる。
「ようこそ、おいで下さいました、さぁ、まずはお座り下さいな」
御師匠様と呼ばれた女性は、案内してきた瑞季に合図すると、立派な座布団を少し離れた下座に礼儀正しく置き、お客様へと勧める。瑞季は、お客様が座るのを確認しつつ、端の方へ移動し、自分用の薄い座布団へと座った。実はフカフカした座布団は、瑞季が座るとバランスが悪く転んでしまうため、あえて薄い座布団に座って居たりする。因みに、転ぶのは瑞季だけだ。
「私目がここの宮司で、正園と申します、縁を視てほしいとの事ですが、宜しいですか?」
「はい、宜しくお願いします」
緊張した様子のお客様に、にこりと微笑んだ正園は、しかし直ぐに眉を僅かに寄せる。
「あら、随分と絡まってますねぇ、これでは人間関係、特に異性の方とトラブルがあったりしません?」
「え!? は、はい、そうです…………もう、どうしていいか分からなくて……………」
今にも泣きそうなお客様を、優しく慰めながら、正園は瑞季に、もう一人の子供であり、一緒に住んでいる斎を呼ぶように言った。それに素直に頷き、瑞季は斎がいるだろう場所へと足早に進む。
「あ、斎! 御師匠様が呼んでるよ」
斎は、瑞季より4つ年上の12歳。男の子だけあって、瑞季が見上げる程に背が高い。瑞季が小さいだけだが。顔立ちは中性的で、何処か静かな空気をまとっていた。その彼は今、エプロンを着けて、お鍋に向かっている最中だった。匂いからして、何かの煮物らしい。
「え? 僕を? 今日の依頼人は視るだけのはずだけど…………分かった、今いく」
火を消して、エプロンを外した彼は、私服のままだった。ここでは原則として、着物で仕事をすると決まっている。
「斎、早く着替えて! 御師匠様が待ってる!」
「分かったから、後ろ向くなりしてくれない? 恥ずかしいんだけど」
真顔で言われて、瑞季は顔を一気に赤くした。
「バカッ!」
くるりと背を向けて、廊下に出た瑞季。斎と瑞季は、遠い親戚同士で、御師匠様も親戚筋にあたる。子供らしい瑞季に対し、斎は年齢のわりに落ち着いた、物静かな性格をしていた。
ガサゴソと音がして、2分程で手早く着替えた斎は、廊下で待っていた瑞季と一緒に、お客様が待つ御神体がある本殿へ向かう。
その道中、耳が赤い瑞季を、斎がからかう場面があるが、まぁ、いつもの事の為、割愛する。
「御師匠様、斎を連れて来ました」
2人で礼儀正しく入ると、ちょうどお客様が落ち着いたところだったようで、2人は近くに来るように、手招きされる。
「斎、瑞季、糸を解きます、手伝いなさい」
そう言われて、近寄っていくと、流石に2人も気付く。今まで、瑞季が視たことない程に、糸が絡まっているのだ。赤い糸と他の色とりどりの糸が、ここまで絡まったのは、中々視る事はないだろう。瑞季は初めて視た。斎は何度かあったからか、表情が険しい。
「丁寧に糸を解くんですよ、話はそれからです」
糸が絡まったままでは、人間関係も上手くいかないもの。3人は直ぐに、黙々と作業を始めた。
――――――2時間経った頃。
ようやく、幾つかの糸がスルリと解けた。残ったのは、小指から伸びる赤い糸と、薬指から伸びるピンクの糸、そしてそこに執拗に絡む“黒い糸”。
小指は運命の人を、薬指は友達を表す糸だ。それが絡んでしまうと、上手くいかない事が多くなってしまう。だから最初、正園は問うたのだろう。確認する意味で。
「斎、糸切りハサミを持ってますね?」
正園の問いに、呼ばれた斎は素直に頷くと、懐から丁寧に白い布に包まれた物を取り出す。斎は、丁寧に布を開くとそこには、一つの糸切りハサミが出てきた。使い込まれ歴史を感じるものの、繊細で綺麗な彫刻が施された、特別なハサミである。
「あの…………それは?」
依頼人であるお客様が、興味を持ったようで、不思議そうに聞いてきた。答えたのは、正園だった。
「これは“縁切りハサミ”と申します、糸を切るのは糸切りハサミでしょう? これは、人の縁を切るハサミなのですよ」
これは許可ある人しか、持つ事が許されない特別なハサミである。今、これを持つのは、正園と斎のみ。瑞季は、残念ながらまだ、許可が下りないため、持っていないのだ。
「この黒い糸は、悪い縁ですから、切ってしまいましょう、いいですか、ここと、ここにハサミを」
斎は言われた通りに、ハサミを入れていく。
――――――チョッキン、チョッキン
小気味よい音が、場に広がっていく。緊張感ただよう、斎と正園だが、未だにハサミを持たない瑞季は、実はこの瞬間が好きだったりする。この音を聞くと、無性に安心するのだ。その人が幸せになる音だから。
「あの………?」
不思議そうなお客様は、見えていないからだろう。どこか不安そうである。
「黒い糸――――悪い縁を切ったんですよ……………ただ、これは貴方の運命の人に、悪い影響を与えているみたいですね」
困ったような正園の言葉に、お客様は何か心当たりがあるらしく、困惑しているのが分かった。
「本来ならば、これで終わりと言いたいのですが、この黒い糸は本当に悪いモノです、もし良ければですが、婚約者さんも連れてくるといいでしょう、このままではその方は破滅しかないでしょうから」
これには、瑞季と斎が驚いて、正園を見ていた。瑞季に至っては、目を真ん丸に見開いている。今まで正園は、誰かを連れてくるようになんて、言った事がなかった。つまりそれだけ今回は、危険な状態なのだと言うのが分かった。
お客様も、何かを感じとったのか、真剣に頷き、今日の依頼は無事に完遂されたのだった。
◇◇◇◇◇
事態が動いたのは、三日後だった。
急な予約は受けない正園だが、その依頼には何かを感じとったのか、直ぐに予約を入れた。
それから四日が立ち、あの複雑な絡みを解決してから、一週間経った。
玄関のチャイムが鳴り、また瑞季がお出迎えした。
立っていたのは、一週間前に会った女性と、何やら複数人の人影があった。そして、喧騒もついてきたらしい。
女性が困り顔になっていた。
不思議に思った瑞季が、女性の後ろをそっと覗いて、理由は直ぐに分かった。
見目がいい、タイプの違う男性が四人、ボディーガードみたいな、いや、ボディーガードの屈強な人達に、両脇をしっかりと掴まれて、身動きが取れないようにされていた。
思わずガン見した瑞季だが、そこは躾をしっかりされた神社の娘。見ないフリをした。多分、その方がいいんだろうな、と思ったから。
「佐藤様ですね、ご案内致します」
今日は人数が多いから、忙しくなるなぁと、内心気合いを入れながら、馴れた廊下を先導していく。着いた先は勿論、御師匠様がいる本殿である。
「ようこそいらっしゃいました」
いつものように、すっと頭を下げて出迎えた御師匠様は、お嬢様の後ろについてきた4人の少年、いや、青年たちを見て、目を細めた。押さえているボディーガードの方々には、労うように頭を下げる。
「では、早速行いましょう、斎、瑞希、今回は二人で一人を、担当してちょうだい」
「「はい、御師匠様」」
流石に人数が多いため、今日は一日がかりになるだろう。
瑞希と斎が担当するのは、冷静ならば知的と言えるだろう青年だ。今は顔を赤く染めて、我を忘れているような状態で、屈強なボディーガードの方々に、両脇をしっかりと拘束されている。
「瑞希、サポートよろしく」
「うん、任せて」
それからはまさに、瑞希たちは忙しく動き回る事になった。
斎の指示に従いながら、糸を解いていく。しかし、糸は彼の指に伸びた全ての糸を絡めた、中々に手がかかるものだった。
それでも、二人は糸を解いていく。少しずつ、少しずつ、慎重にやってはいるが、黒い糸が邪魔をして、部分的に上手くいかないのだ。
「斎、ここ、ほどけない・・・」
「分かった、瑞希はこっちをほどいて」
「分かった」
どうしても、子供の手では難しい時がある。しかし、二人は幼い頃から、ほどく事を遊びの中で覚えてきており、大抵の絡まる糸はほどく事が出来る。
が、それでも今回の糸は難しい。絡まりが凄いのである。
更に、面倒にしてくれているのが、たまにふいを付いて暴れる、顔を赤くした青年達だ。瑞希も斎も、ボディーガードの方々が庇ってくれるから、助かっているけれど、これは強制的に眠らせたら駄目だろうか? このクソガキがっ! と、自分を棚に上げて思ってしまう。
チラリと、御師匠様を見るけれど、彼方は更に暴れまくっていて、かなり大変そうだった。特に、足を押さえているボディーガードの人、鼻血が出ていて、可哀想過ぎる・・・。あ、仲間の方が加勢にきた。でも、鼻血はそのままみたいだ。
「ねぇ、斎、術で寝てもらったら駄目?」
「僕も瑞希も使えないでしょ? それに、術を使ったら余計に力を使うよ、それなら普通に解くよ」
どうやら、駄目らしい。あの鼻血のボディーガードさん、不憫だけど頑張ってほしい。
瑞希も、斎も、神道を教えられているけど、人に使う術は未だ教えてもらってない。中学生になったら、と御師匠様は言っていたけれど。
「ふぅ、瑞希、斎、解けそうですか?」
御師匠様は、どうやら無事に一人、解き終わったらしい。先程まで、手が付けられない程に暴れていた青年は、状況が理解出来ないみたいで、キョトンとしている。あれほど暴れたのが嘘みたいに。
「ここは・・・お前たち、何してるんだ?」
よく分かってない彼には、あの依頼人が近寄って、何やら説明してるみたいだし、あちらは大丈夫だろうと思う。
「御師匠様、厄介な部分が残ってて、解けなくて」
困り顔の斎がそう言って、その部分を見せる。
「そうね、・・・斎、ここにハサミを入れて」
「はい」
斎は言われた通りに、そこにハサミを入れて、ほどいていく。あれほど手こずっていた絡まりは、あっさりとほどけた。すると、あれほど暴れたのが嘘みたいに、またしても我にかえるみたいに、ピタリと落ち着いた。これで二人は終わった事になる。
「瑞希、休憩するから、ポットとお茶を用意してね」
「はい、御師匠様」
「あ、瑞希! 僕も行く」
時計を見れば、時刻はもうすぐお昼と言う時間。今日は人が多いから、ご飯の準備は大変である。
「あ、あの!」
何だろうと、声を上げた依頼人たる佐藤様を向けば、手が空いたボディーガードの方が、何やら大きなビニールの包みを手にしていた。
「お昼を準備してきたので、宜しければ」
見れば、一人一人用の箱に入った、老舗有名店のお弁当であった。
「まぁ、ありがとうございます、二人とも、お茶をお願いね」
力を使い続けていた為か、御師匠様は少し顔色が悪い気がする。それでも、笑顔がとても優しかった。
いかがでしたでしょうか? ちょっとドキドキしています。
子供を主役に持ってくるのは、前にしましたが、三人称で書いたのは久しぶりだったものですから、皆さまが楽しめるか、ちょっと不安でもあります。
全て書きあがっていますので、一日置きで投稿しようと思います。
改めまして、秋月忍様、素敵な企画をありがとうございますm(__)m 秋月の作品で花・・・葉っぱくらいにはなっていたらいいですが、になるかは分かりませんが、参加させていただけて本当に良かったと思っています。
次回も宜しくお願いします。