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食事の効果

それから暫く、エルネスタは気恥ずかしさからテオフィルのところへ行くことが出来ずにいた。寝る前の自主練習は続けていたものの、魔力の交流無しには、大した成果は上がらない。職場環境の変化によるストレスも若干あり、仕事中に気も(そぞ)ろになることが度々あった。


「どうしたのかね、エル」

「済みません」

「役場での仕事は嫌か?」

「そういう訳では……まだ慣れないだけです」


アレクシスから問われて、エルネスタは口籠もった。その、そわそわと落ち着かない様子を見て、アレクシスは言った。


「今日の昼は、外でご馳走しよう。付いて来なさい」

「……はい」


主の気遣いに、有難いとは思うものの、主への苦手意識が抜けないエルネスタには、やや迷惑な申し出だった。しかし、断る訳にはいかない。お昼時になり、席を立つアレクシスに続いて、エルネスタは街へ出掛けた。


アレクシスは、役場を出て中央広場を横切り、南の商業地区へと足を運ぶ。大通りを半ばまで進み、商人同盟の建物より少し手前の路地を入った所で、立ち止まった。そこは、小さいながらも洒落た感じの趣味の良い店で、中から美味しそうな匂いが漂ってくる。


「ここだ。エル、おいで」

「わぁ、いい匂い!」

「少しは元気が出たようだな」


店内は、程良く混んでいる。空いた席に掛けると、間もなく給仕がメニューを持ってくる。アレクシスは慣れた仕草で、昼のセットメニューを二人分注文した。


「アレクシス様は、ここによく来るんですか?」

「いや、初めてだが」

「えぇっ? じゃあ、どうしてこの店に?」

「部下に、美味い店は知らないかと聞いた」

「そうなんだ……慣れてるみたいに見えたのに」

「外食など、何処もそう変わらん」


木で鼻をくくった様なアレクシスの態度に、エルネスタは暫くポカンとしてしまった。すると、唖然とした表情のエルネスタを見咎めて、アレクシスが問う。


「どうかしたか?」

「……プフッ」


失礼かもと思い堪えていたが、とうとう耐え切れず、エルネスタは吹き出した。何処に居ても何をしても、ずっと変わらぬ仏頂面としれっとした態度を崩さないアレクシスに、笑いのツボを刺激されて、クスクス笑いが止められなくなった。


「アレクシス様って、いつもそういう感じですよね。面白い」

「何が面白いのか、分からん」

「何か、じわっとくる面白さ」

「……益々分からん。が、元気が出て良かった」


出て来た食事も、匂いに(たが)わず美味しかった。パンは焼き立てでふわふわだし、スープも味付けが良かった。メインは鳥肉のソテーで、皮目がパリッと焼けていて、香ばしい。付け合わせの野菜も、彩り豊かで目にも楽しい。気分良く、食事を楽しめた。


アレクシスは、食事の間、ずっとエルネスタを見ていた。唖然とした顔、クスクス笑う顔、美味しそうに食べる顔、くるくると表情の変わるエルネスタを、ずっと見ていても見飽きないように思えた。


昼食を共にしたことを切っ掛けに、エルネスタは主への苦手意識が薄いだ。マーサの言うように、悪い人ではないと思える。打ち解けたとまでは言えないが、夕食後のお茶出しの間ぐらいは、話し相手になるのを苦にしなくなった。


数日が経ち、そろそろ気まずさも薄れてきたエルネスタは、再びテオフィルの邸へ行こうかと、お昼休みに役場の外に出た。すると、役場の玄関前に所在無さ気に佇むテオフィルが居る。


「テオ!」

「エル……この間のこと、まだ怒ってる?」

「え? 怒ってなんかないよ」

「じゃあ、どうして……」


役場の玄関前で立ち話は、あまりにも場所が悪い。知り合いの目に入ったら、後で何を言われるか、分かったものではない。


「テオ、こっち来て」


エルネスタはテオフィルを引っ張って、中央広場の隅にあるベンチに連れて行く。並んで座ると、改めて話し出した。


「テオ、ボクは怒ってないよ」

「じゃあ、どうして練習に来ないの?」

「……なんだか、恥ずかしくて」

「……ゴメン」


またこの間の微妙な空気になり、お互いに視線が泳ぐ。


「れ、練習、しよう? 魔力循環の」

「先に、お昼ご飯にしようよ」

「うん、そうだね。お詫びに、俺が奢るよ」


そう言って、テオフィルは駆け出す。暫く露店を巡って、串焼きや揚げ芋など数品を抱えて戻って来た。


「はい、これ。足りなかったら、また買って来るよ」

「ボク、そんなに食いしん坊じゃないってば」


そう言いながら、エルネスタは受け取った串焼きに齧り付く。あっという間に平らげたエルネスタに、テオフィルは大笑いした。


「誰が食いしん坊じゃないって?」


テオフィルは手を伸ばし、エルネスタの口に付いた串焼きのタレを指先で拭うと、その指をペロリと舐めた。エルネスタは思わず赤面し、プッと膨れる。


「テオの意地悪!」

「ゴメン、ゴメン。これもあげるから」


テオフィルが半分残った自分の串焼きを差し出すと、エルネスタは奪い取って食べ尽くした。暫くプンスカ怒って見せたエルネスタだったが、次第に笑いが込み上げて来て、終いに声を上げて笑った。テオフィルもつられて笑う。二人して笑い合ううちに、(わだかま)りも薄れ、消えていった。


その夜、エルネスタは魔力循環の自主練習をしながら、ぼんやり思った。人と打ち解けるには、一緒に食事するのが一番、と。眠る前、最後に出した光の玉は、楽し気に揺らめいて、消えた。

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