帰省
お昼時に帰宅したエルネスタは、開口一番に空腹を訴えた。
「ただいまーお腹空いたー」
「あらあら、ご挨拶ねぇ。お帰り、エル」
苦笑しつつ、温かく迎えてくれる養母に、エルネスタは抱きついた。
「後、お友達も連れて来たよ。テオっていうの」
「いらっしゃい、テオ」
「お邪魔します」
玄関口から居間へ移動すると、そこには次兄のフリッツが居た。エルネスタが独立したと聞いて、帰省し様子を見に来たらしい。
「あ、リッツ、久しぶり!」
「遅かったな、エル。元気にしてたか? 独立したんだって?」
「北区の邸で住み込みの侍従見習いだよ」
「小間使いじゃないのか。凄いな」
「えへへ」
エルネスタは、久しぶりに会った次兄と挨拶の後、居間の入口で所在無さげに立っているテオフィルのところへ行った。
「この子、テオっていうの。凄いんだよ。魔法使いの弟子なんだ」
「ほう、それはそれは」
いきなり話題を振られて戸惑うテオフィルに、フリッツが話し掛ける。
「この街に魔法使いとは珍しい。君は冒険者か何か?」
「いえ、俺の師匠は宮廷魔術師で、その見習いです」
「宮廷魔術師がこの街に? 何でまた……」
「師匠に聞いても、大人の事情とか何とか言って、教えて貰えないです」
意外に話の弾む二人に、食堂から声が掛かる。
「続きは、お昼を頂きながらにしましょ」
養母に促されて、皆は食堂へと場を移す。食卓には、エルの好きなチーズ入りのオープンサンドが並んでいた。喜んで齧り付くエルネスタをよそに、フリッツとテオフィルは、食べながら続きを話す。
「俺は街の西にある職人地区で、魔道具職人に弟子入りしたんだ。客は大半が冒険者で、魔術師は滅多に見ないな」
「王都には、それなりの人数がいますよ」
「ここは田舎だからね。修行積むなら王都がいいよな」
フリッツの言葉に、エルネスタが反応した。
「リッツも、王都へ行くの?」
「まだ当分は街で修行するつもりだよ」
「クリスも王都へ行ったきりだし、リッツも行くなら、寂しくなるね」
「まだ先の話だ」
エルネスタの話に、知らない人物の名前が出て、テオフィルが聞いた。
「クリスって?」
「ボクのすぐ上の兄さんだよ。この間、成人してすぐ王都へ冒険者修行に行ったんだ。それから、一度も帰省してないんだよ」
「冒険者なら、この街でも出来ただろうに」
「だよね? 手紙はくれるけど帰って来ないし、なのにボクには家に居ろって言うし、変なの!」
「家に居ろって?」
「そう。独立しても家を出なくていいって! 変でしょ?」
エルネスタから話を聞く限り、テオフィルにはその人物が変というより過保護に思える。ちらりとフリッツの方に視線を遣ると、苦笑したフリッツが説明した。
「クリスはエルにべったりだったからな。過保護もいいところだ」
「成る程」
「俺たち兄弟は皆、末っ子のエルを可愛がってはいるが、クリスは別格だ。あの過保護っぷりは無いわ」
「そこまで言う?」
話が弾むうちに食事が終わり、エルネスタは養母と後片付けをしに厨房へ行った。テオフィルはフリッツに促され、居間に移った。
「そう言えば、テオは魔術師見習いなんだって? 属性は何?」
「水属性です。実は、今日分かったんですけど」
「今まで分からなかったのか?」
「俺、魔力量は多いのに、魔力の発現が出来なかったんだけど、エルのお陰で、今日初めて出せたんです」
「へぇ……」
そう言うと、テオフィルは祈るように両手を組んで、魔力を循環させた。そして、エルネスタがしてくれたように、掌を上に向けて揃え、力を込める。すると、掌の上にぽわんと水の玉が現れた。
「やっと出せたんです。エルのお陰で」
テオフィルは、現れた水の玉を両手に包み込んで消した。フリッツはそれを見ながら、テオフィルにクリストフと同じような空気を感じた。
「ねぇねぇ、何の話ー?」
「ああ、テオに魔法を見せて貰ったんだ」
「魔法? ボクもやるー!」
厨房から戻るなり、話に混ざったエルネスタは、その勢いのまま魔法を出そうとした。聞いていたフリッツは、ギョッとしてエルネスタを止める。
「おい、こら、エル! お前まで魔法って何だ」
「ボクも出来るのー」
「え?」
エルネスタが暫くうんうん唸っても、先程のような魔法は出なかった。それを見ていたテオフィルが、エルネスタの両手を握って言う。
「エルはまだ魔力循環が自力で出来ないから、無理だよ」
「じゃあ、テオ手伝って!」
朝と同じように、エルネスタとテオフィルは両手を繋ぐ。テオフィルが魔力を流し、エルネスタが押し返す。そのタイミングで手を放して掌を揃えて、手を添える。
「ほら、出来た!」
エルネスタの掌に、ほわほわと浮かぶ光の玉があった。テオフィルの水属性とは、一見して違う。フリッツは目を剥いた。
「はぁ……これは、早々に家族会議モンだな」