失われた魔法
エルネスタは休みの日、いつもなら家に帰っているところを、予定を変えてテオフィルの居る邸へ来ていた。エルネスタの変わった魔力について、テオフィルの師匠に鑑定して貰えるよう口利きすると約束していたからだ。
「テオ、おはよう。師匠様は?」
「今日は珍しく朝起きているよ。話はしてあるから、行こうか」
テオフィルといつもの四阿で待ち合わせると、挨拶もそこそこに邸の中へ誘われた。テオフィルの師匠は、生活が不規則らしく、なかなか時間を合わせられなかったので、エルネスタが休みの日に約束し、師匠の起きている時に対面することにしていた。
邸の中は、外側よりはいくらかマシな印象だった。殺風景ではあるが、荒れ果ててはいない。テオフィルに師匠の部屋へと案内され、付いて行く。扉を叩くと、誰何の声がした。
「テオフィルです。エルを連れて来ました」
「お入り」
部屋に入ると、中は薄暗くて目が慣れるまで暫くかかった。エルネスタが目を凝らすと、ぼんやり辺りが見えてくる。部屋の中は雑然としていて、 本や何かの模型、実験器具が溢れ返っていた。
「いらっしゃい。君がエルかい?」
「はい、そうです」
「ふむふむ……」
テオフィルの師匠は、中肉中背の中年男性で、茶髪茶目の、これといった特徴のない人だ。なのに、近付くと妙な威圧感がある。テオフィルのとよく似た黒っぽいローブ姿だ。師匠から矯めつ眇めつ眺められて、エルネスタは身の置き所がない気持ちになった。
「確かに、ちょっと見ない魔力の様だね。手を貸してくれるかい?」
そう言って、師匠はエルネスタの両手を握ると、前にテオフィルがした様に魔力を探り始める。暫くそうしていると、徐に師匠が口を開いた。
「少なくとも、四大属性ではないね。後は、使ってみることだ」
そして、握った両手から、師匠は魔力を流す。ひんやりした魔力はテオフィルと似ているが、より一層強い波動が、エルネスタの体内を巡る。
「ひゃあ! 目が回るー」
師匠の魔力に翻弄されて、エルネスタは悲鳴を上げる。なけなしの魔力がかき回されて、眩暈がした。
「出せるかい?」
「……うーん……こう?」
師匠に促されて、エルネスタは適当に力を入れてみた。ほんの少し何かが師匠の手に押し返された感じがする。
「そうそう、その調子」
そう言って師匠は、エルネスタの手をぱっと放して、その両手を揃えるように掌を上に向け、そっと手を添える。
「思いっ切り出してみて」
エルネスタが更に力を加えると、揃えた両手からほわんと光が現れた。薄らと色を帯びた光は、ゆらゆらと色を変えながら揺蕩い、消えていった。
「今の、何ですか?」
「確たることは言えないが、恐らく精霊魔法の一種だろうね」
「精霊魔法?」
「失われたとされる、古い時代の魔法だよ。使える人も、他に居るかどうか……」
師匠の言葉に、エルネスタは何と言っていいか分からなかった。テオフィルも、何とも言えない顔をしている。
「じゃあ、この光を出しても、どう使うか分からないんですか?」
「魔法の効果は分からないね。ただ、魔法なんて元々、色々試行錯誤して身に付けるものなんだ。まず最初の一歩で、もう光が出せたんだから、エルは優秀だよ」
そう言って、師匠はエルネスタの頭を撫でた。エルネスタも、褒められて嬉しい。分からない事は棚に上げて、今はとりあえずそれを喜ぼう。
「先を越されたな、テオフィル」
「え?」
「テオフィルは、まだ魔力を外に向けて出すことが出来ないんだよ」
驚いたエルネスタが振り返ってテオフィルを見ると、複雑な表情を浮かべていた。
「だって、テオ、ボクに魔力流せたし、出せないって、何故?」
「俺にも分かんねぇ」
「ほら、やって見せて?」
エルネスタがテオフィルの両手を握る。暫く逡巡していたテオフィルが、気を取り直してエルネスタに向けて魔力を流した。ぐるぐる巡る魔力を感じながら、エルネスタがテオフィルに魔力を押し返す。それを受けたテオフィルも、同じように押し返してみる。エルネスタは、先程師匠がした様に、ぱっと手を放して、テオフィルの両手を揃えると、そっと手を添える。
「そのまま押し出して、さあ!」
「……あ」
テオフィルの両手から、ぽわんと丸い光が現れて、それがゆっくりと水の玉に変化した。
「出せた」
「わぁ、テオは水の魔法使いなんだね」
はしゃいでいたエルネスタが、不意に躰をぐらつかせた。元の魔力量が少ないエルネスタが、許容量を超えて魔力を使ってしまった為に、魔力切れを起こしたらしい。慌てて手を差し伸べるテオフィルより早く、師匠がエルネスタを支えて、手を握り魔力譲渡する。程無く、エルネスタの体調は元に戻った。
「びっくりしたー」
「エルはあまり魔力が多くないから、使い過ぎないように」
「はぁい」
「エルのお陰で、テオフィルも最初の一歩が踏み出せた。ありがとう」
「えへへ、どういたしましてー」
そうこうするうちに、もう昼近い時間になっており、エルネスタは家に戻ることにした。魔力切れを起こしたエルネスタの体調を気遣い、テオフィルが送って行くと言う。
「じゃあ、ついでにうちに遊びにおいでよ、テオ」
「え? ああ、いいよ」
師匠はこれから眠るという。暇を告げると、エルネスタはテオフィルと連れ立って家へと帰って行った。




