嬉しい知らせ
その知らせは、エルネスタがまだ目を覚ましたばかりの朝方に届けられた。ゆらりと柔らかく光る魔法の輝きは、ヴィルヘルムの癒し系魔法だろうか。
『産まれたよ。元気な男の子だ』
伝言魔法の声は、ヴィルヘルムの伴侶ステファンのものだった。あの二人は、魔力の質も似ているらしい。エルネスタは微笑ましく思いながら、嬉しい知らせに心浮き立つ。即座に魔力を練り、返事の伝言魔法を放った。
『おめでとうございます!』
エルネスタは浮かれ気分のまま、朝の身支度を整えて、朝食を食べて、仕事に向かう。行きの馬車で、この喜びを誰かと分かち合いたかったエルネスタは、誰に知らせるべきか、考えを巡らせた。まず、向かい側に座る主に目を遣る。
主のアレクシスは、ヴィルヘルム達と面識がある。ただ、こんなプライベートな報告をしていい相手かは微妙だ。対面して言葉を交わした時も、あまり友好的な雰囲気ではなかった。
では、ヴィルヘルム達と懇意の上級冒険者達は、どうだろう。お祝いを探している時に行き合ったサイラスには、知らせてもいいと思う。後、もうお祝い品を用意しているらしいラインハルトにも、知らせた方がいいだろう。とりあえず、その二人に向けて、伝言魔法を放った。
目の前で、小声でブツブツ呟きながら魔法を放つエルネスタを見て、アレクシスが怪訝な顔をして問う。
「エル、何をしている?」
「済みません。知り合いに伝言を魔法で届けていました」
「こんな朝早くに? 急用か?」
「お目出度い話なので、早い方がいいかと思って」
「そうか。その目出度い話とやらは、私には聞かせられない話か?」
「いえ、そう言う訳ではないんですけど。目の前で、お目汚し失礼しました」
「それで、何だ?」
エルネスタは困惑した。アレクシスが、こんなに食い付いて来るとは思わなかった。これ以上はぐらかすのも無理があると、エルネスタは報告する事にした。
「今朝方、ボクに伝言魔法が届いたんです。ヴィルさん達の所のお子さんが、無事産まれたそうなので、知り合いにも伝言していました」
「ヴィル? 『翠聖』ヴィルヘルムか? あの二人の所に、子供?」
「はぁい、そうですよ。ヴィルさんが産んだんです」
「は!?」
アレクシスは、顎が外れそうな程口を開けて叫んだまま、固まってしまった。エルネスタは、どうしようかと暫く悩んだが、王宮に着くまでそっとして置いた。それからアレクシスは、馬車が止まり馭者が声を掛けるまで、ずっとそのまま固まっていた。
その日は一日中、アレクシスの仕事振りは冴えなかった。エルネスタは、言わなければ良かったと後悔したが、アレクシスは頭を振る。
「エルのせいではない。私が首を突っ込んだのだから」
「ボクも、そこまでアレクシス様がショックを受けるとは思わなくて……何か済みません」
「いや、いいんだ。目出度い話には違いない」
そう言いながらも、アレクシスは額を押さえる。頭痛か眩暈がするのだろう。エルネスタはそっとその場を辞して、魔術師団塔へ向かった。
塔のヘルムート師の部屋へ行くと、丁度ガイラル師が来ていた。エルネスタは二人に向かって、このお目出度い話をする。
「ヘルムート様、ガイラル様、大ニュースです!」
「何かね、エル?」
「ヴィルさんの所にお子さんが産まれました!」
「それは目出度い話だが……誰が産んだんだ?」
「ヴィルさんですよ」
「「はぁ!?」」
師匠二人が、アレクシス同様、固まってしまった。エルネスタは、この話をする度に相手が固まってしまう事に、だんだんと疲れてきた。他の見習い達と、いつもの魔術訓練をすると、エルネスタは早々に塔から引き上げて、演習場へ出た。そこでテオフィルと鍛錬メニューを熟す。合間に、エルネスタはつい愚痴を言った。
「今日、ボクは何だか散々だよ」
「どうした?」
「朝一でいいニュースを聞いたのに、それを教えた相手が一々固まっちゃうんだよ。もういい加減、疲れた」
「そりゃあ災難だったな。で、そのいいニュースって、何?」
「ヴィルさんのお子さんが産まれたの」
「良かったな。相手が固まるのは、まあ放っとけばいい」
「そうだね。お子さん、男の子だって」
やっとまともに話を聞いて喜び合える相手が居て、エルネスタはホッとした。
「そうだ、お祝い品をインゲさんの所に取りに行かないと」
「インゲさん?」
「クリューガー・ブランドのオーナーさんだよ。ヴィルさんへのお祝い品を持って行って欲しいって頼まれてるんだ」
「精霊魔法で転移して行くんだろう? 大きな荷物になったら、魔力切れにならないか?」
「手で持って行ける位までなら、大丈夫と思うんだけど」
テオフィルは、暫く考え込んでいた。そして、考えが纏まったらしく、エルネスタの方を振り向く。
「俺も一緒に行く。エルの魔力切れ防止に」
「人が増えたら、負担も増えるんだけど」
「俺の魔力量は知ってるだろう? エルの魔力タンク兼荷物持ちに、着いて行くよ」
「まあ、テオならヴィルさん達とも面識あるし、いいかな? 聞いてみるね」
「よろしく言っといて」
「任された」
その日の夜、サイラスからもお祝い品を預けたいと伝言魔法が、エルネスタに届いた。これは、いよいよ二人掛かりの案件になったと、エルネスタは思った。




