変化
エルネスタの日常は、表面上では元のまま続いた。王宮に通い秘書見習いとして走り回り、午後は魔術師塔へ研修生として出向く。休日には、里帰り代わりに兄を訪問して過ごす。穏やかな日々だ。
ただ、その内面は以前とは打って変わり、針鼠のように臆病になっていた。自分に対する周りの思いを知らされて以来、エルネスタは常に自分を律し、必要以上に踏み込まないように心懸けた。まるで、自分をぐるりと囲む線を引き、中に誰も立ち入らせないかのようだった。
エルネスタの変化は、多くの人には見落とされたが、彼女を思う者達は深刻に受け止めた。
主のアレクシスは、自分の言動が彼女に悪影響を与えたと思い、警戒心を和らげようと腐心した。
「エル、王宮での使い走りは不満か?」
「いいえ」
「そうか? 何なら、邸内で働くか?」
「今まで通りで充分です。魔術師団塔へも通えますから」
「そうか……」
兄のクリストフは、絶対に個室で二人きりにならないエルネスタに、やや不満を抱いた。
「エル、部屋に来ない?」
「行かない」
「リビングじゃ他に人も居て落ち着かないし、部屋に行こうよ」
「ボクはここで話すので充分だよ」
「……俺の癒しが……」
魔術師塔で会うテオフィルだけは、エルネスタの警戒振りを面白そうに見ていた。
「最近、エル一人で帰っちゃうんだな」
「この前みたいに、テオに隠遁で消えられたら嫌だもの」
「打ち消す魔法もあるよ」
「それ、何? 教えて!」
「魔法無効っていう術さ。武闘派との研修で習った」
そう言って、テオフィルは手本を示そうと、エルネスタに魔法を出すように指示した。エルネスタは魔力を練り、放つ。部屋の中に、精霊魔法の光がキラキラと浮かんだ。
「これを消すの?」
「まあ、見てて。魔法無効!」
テオフィルが魔力を放った範囲だけ、光の粒が消える。正確には、光の粒を外へ押し退ける感じだろうか。エルネスタは目を瞠った。
「こうやって、魔法が消えるんだ! 凄い!」
「やってみなよ。隠遁!」
テオフィルは、自分の周囲に霧を発生させて、景色に溶け込み身を隠す。エルネスタは、先程見た術を、自分の精霊魔法で再現した。
「魔法無効!」
エルネスタの放った光の粒が、魔法の霧を巻き込んで消え、その範囲だけ消えていたテオフィルの姿が覗いた。
「やった! 出来た!」
「相変わらず、再現が上手いな。大したもんだよ」
テオフィルがそう言って、エルネスタの頭をポンと叩く。エルネスタは嬉しいのか恥ずかしいのか分からず、頭を押さえてテオフィルを上目遣いに睨んだ。目の合ったテオフィルは、笑みを深める。
「これで、俺が姿を消しても問題ないな。送ってくよ」
「……うん」
魔術師団塔からの帰り道を、エルネスタはテオフィルと並んで歩く。もう精霊の近道を使っても問題ないのだが、帰りは歩く習慣になっていた。暫く、二人とも言葉は無く、静かに歩いていく。やがて、思い出したように、エルネスタは口を開いた。
「そう言えば、もうすぐヴィルさんのところ、産まれそうなんだよねーお祝い、何がいいかなー」
「俺も世話になったし、何か買うなら俺も出すよ」
「とりあえずーお金より案を出してー」
「服とか菓子ぐらいしか思い付かない」
「平凡だけどー無難かなー」
「調子、戻ってきたな」
「えっ?」
「喋り方、前みたいに戻ってる」
そう言われたエルネスタは、立ち止まり口を押さえて、目をぱちくりと見開いた。テオフィルはエルネスタに合わせて止まると、慈愛の眼差しで見下ろす。
「ビシバシ警戒して、距離置いてるのも面白いけど、やっぱりエルはその方がずっといいな。可愛い」
「……か、可愛いって、何……」
「エル、可愛い」
真っ赤になって俯くエルネスタを促して、テオフィルは歩を進めた。別れ際に、また霧で姿を隠し、魔力譲渡する。エルネスタは、これがもう単なる魔力譲渡とは思えなかった。送り込まれる魔力以上に、クラクラする。
エルネスタが躰を押すと、テオフィルはさっと離れた。無理強いはしない。霧で姿が消えたままのテオフィルに、エルネスタは魔力を放って霧を一部消した。顔が見えると安心する。もう、見知らぬ男の人じゃない。
「じゃ、また明日」
「お祝いの案があったら、伝言ちょうだいね」
テオフィルは浮遊と移動を放って、塔へ戻って行く。その後ろ姿を見送りながら、エルネスタは外宮へ戻った。
エルネスタは、自身の変化を自覚した。




