表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/60

魔法使いの弟子

エルネスタが読み書きに慣れてきた頃、主の職場である街の役場へのお遣いが増えていた。役場のお堅い雰囲気に、最初は尻込みしたエルネスタだったが、何度もお遣いに行くうちに顔見知りも増え、次第に馴染んでいった。


役場のある街の中央へは、高級住宅地である北区を通り抜ける。ここは大きな敷地を持つ邸が多く、緑豊かな所だ。エルネスタはお遣いの行き帰りに、様々な木々や色とりどりの草花を楽しんだ。


そんなお屋敷町の一角に、周りの景観とはそぐわない、まるで廃屋のような邸があった。広い敷地は雑草が蔓延(はびこ)り、建物の手入れもされていない。かろうじて窓や門扉の破れはなかったものの、到底、人の住んでいる様には見えない。


その庭に、珍しく人影があるのを見掛け、エルネスタは足を止めた。好奇心に駆られて、生垣の隙間から覗いていると、その人物と目が合った。


「誰? 何か用?」

「あっ、こ、こんにちは! ここって、空き家じゃなかった?」


その人影が近付いてくる。黒っぽいローブ姿で、背格好も年頃も自分と大差なさそうに見える。肩に付くか付かないか位の銀髪に、銀色がかった蒼い瞳をした、冷たい印象を与える容貌だ。変声期特有の掠れた声で、エルネスタに問い掛けてくる。


「ここは、確かに先週までは空き家だった。で、君は誰?」

「ボクはエルだよ。ここに住んでるの?」

「俺はテオフィルだ。師匠がここを借りたんだ。それで、王都からこっちに移ったんで、俺も付いて来た」

「師匠?」

「魔術の師匠だよ。先週までは、王都の宮廷魔術師だった」

「凄いな! じゃ、キミも魔法使いなんだね」


エルネスタは目を輝かせて言った。身近に魔術を扱うような人はいなかった為、最近読んだ冒険小説の中の登場人物みたいで、格好良く見える。テオフィルは毒気を抜かれたように、暫くポカンとしていた。


「またお話してね! テオフィル」

「ああ、テオでいいよ」

「テオ、またね」


エルネスタは手を振り、帰って行った。その後ろ姿を見送るテオフィルが、その姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたのを、エルネスタは知る由もない。


それから、エルネスタは役場へのお遣いの度に、テオフィルの居る邸へ足を運んだ。そうして、束の間に雑談しては、交友を重ねていった。


生垣越しの立ち話では何だからと、二度目からはテオフィルの誘導で、生垣の破れ目から庭先へと招き入れられた。荒れ果てた庭の隅に、かろうじて四阿(あずまや)があり、そこで二人は会話に興じた。


「テオは魔術師見習いなの?」

「まあね」

「魔法と魔術って違うの?」

「魔法は元々持ってる魔力で出る力のことだよ。魔術は、魔法の力を体系化して効率良く使う術さ」

「……何かよく分からない」


エルネスタの理解力を超えた話に付いて行けず、話題を変える。


「テオは王都の人?」

「出身は北の方だよ。魔力が多いからって、王都に修行に出されたんだ。エルは、この街出身?」

「ボクは、孤児だから分からないや。この街の養父母の所で育って、今はこの近くの邸で侍従見習いだよ」

「そっか……」


少し気まずい沈黙が降りる。失言を悟り、気分を変えようと、エルネスタは明るく問い掛けた。


「テオは魔法が使えるの?」

「俺はまだ見習いだから、あんまり。魔力の量は多いらしいんだけどさ、自力で出せたことないんだ」

「魔力?」

「うーん……口で説明するの、難しいや。手、貸して。両手」


エルネスタが手を差し出すと、テオフィルはその手を握って、魔力を流す。テオフィルから発した少しひんやりした魔力は、エルネスタの両手にすーっと染み込んでいった。


「こういう感じ。分かる?」

「なんとなく」

「……あれ、エルにも魔力ある?」


握った手を通じて、ほんのりと感じるエルネスタの魔力をテオフィルが探る。しかし、反応が微かではっきりしない。


「よく分からないけど、有りそうだ。ちょっとゴメン」


そう言ってテオフィルは、エルネスタの額に自分の額を押し付けて、更に魔力を探ってみる。魔力は確かに有りそうだ。でも、魔力量が少ない上に、かなり特殊な質の様に感じる。


「魔力は有るのは間違いないんだけど、かなり珍しいのみたいだよ。こんな感じの魔力は初めてだ」

「それは分かったけど……テオ、近い!」


あまりにも無遠慮なテオフィルの接近振りに、エルネスタは顔が火照る。テオフィルの肩を少し強めに押して、躰を離した。


「あ、悪い」

「そういうの、『デリカシーが無い』って言うんだ」

「難しい事、知ってるな」

「マーサさんがよく言ってる」


微妙な空気になり、居た堪れなくなったエルネスタは、さっさと帰ることにして席を立った。


「じゃあ、またね」

「エル、一度師匠に鑑定して貰ったらいいよ。またな」


顔の火照りを冷ますのに、遠回りして帰るエルネスタだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ