雇い主と保護者
執事に誘われて執務室に入ると、主のアレクシスが立ち上がって出迎える。ヴィルヘルムとステファンに挟まれて並び立つエルネスタに、アレクシスが膝を落とし目線を合わせて言った。
「お帰り、エル」
腕を広げて待つアレクシスに、エルネスタは少し気後れした。暫く逡巡した後、その腕に収まるよう近付く。
「ただいま、アレクシス様」
アレクシスからの抱擁を受けて、エルネスタは嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。アレクシスはこんな親し気な振る舞いをする人だったろうか。言葉少なで眉間に皺を寄せたアレクシスしか、エルネスタには思い浮かばない。
執事が人数分のお茶を用意して、ソファに座るように促すと、エルネスタはアレクシスから離れて、三人掛けソファに座るヴィルヘルムとステファンの間に収まる。アレクシスがその後ろ姿を目で追うのを、ヴィルヘルムは黙って観察していた。
「この度は、うちの秘書がそちらにお世話になったようで、申し訳ない」
「いえ、エルはオレ達の妹分ですから。保護するのは当然です」
アレクシスがヴィルヘルム達に話を切り出すと、ステファンが返した。エルネスタが属するのはアレクシスではなく自分達だと仄めかすその言葉に、アレクシスが目を瞠る。続けて、ヴィルヘルムが話を継いだ。
「貴方がエルの雇い主か? エルから、この一連の騒動の話を聞いた。この子が不安定になるのも頷ける」
「私では力及ばず、エルには可哀相なことをした」
「事ここに至ったのは、貴方のせいではない。しかし、不安定になって精神的な支えが必要だった時に、エルは誰にも頼れなかった。それが問題だ」
「うちの侍女が相談に乗った筈だが」
「上司への報告と助言が、成人前のこの子に心の支えになると?」
ヴィルヘルムがそう言い切ると、アレクシスは返す言葉がなかった。エルネスタはアレクシスとヴィルヘルムを交互に見ては、オロオロと口を挟めずにいた。そこへ、ステファンが言葉を繋げる。
「オレ達の大事な妹分だ、エルの精神的な支えとなる保護者には、オレ達がなろう」
「エルの保護者は、街の養父母がいるし、王都での監督責任は私にある」
「思い悩んだエルが、魔力切れ寸前になりながら助けを求めて来たのは、養父母でもなく貴方でもなく、オレ達だ」
ステファンの言葉に、アレクシスは押し黙る。そのアレクシスに向けてヴィルヘルムが問い掛けた。
「そもそも、この子は街で小間使いに雇った子だろう? 何故秘書にしてまで王都に連れて来たんだ?」
「それは、エルが見所のある子で、育ててやりたいと思ったから」
「そこまで特別扱いして、後はおざなりに侍女任せでは、エルのためにならない。貴方がこの子を持て余すなら、俺達がエルを引き受けてもいいが、どう思う?」
「そんな、勝手に……エルの意志はどうなんだ?」
自分の頭越しに交わされる会話を、不安な気持ちで聞いていたエルネスタは、急に話を振られて戸惑いつつも、考え考え言葉を紡いだ。
「えーと、その、ボク……早く独り立ちしたかったのと、王都に興味があったのとで、あまり考え無しにここへ来ました。もしアレクシス様から声が掛からなかったら、街で他の仕事を探すか、テオのお師匠様を頼って見習いになるか、うーん……そのくらいしか思いつかないです」
「そうか。それで、これからはどうしたい? 私のところで秘書を続けるか、ヴィルヘルムさんのところへ行くか」
「ヴィルさんもステフさんも、ボクの大事な兄貴分です。頼りにしています。でも、ボクの職場はここです」
言い切るエルネスタに、両隣から手が伸びて優しく撫でられた。向かい側のアレクシスは驚いたように目を見開き、それから口角を僅かに上げて目を細めた。
「エルはここでの仕事を続けると言っている。私も出来る限り、待遇改善したい。それでどうだろうか」
アレクシスはそう言って、ヴィルヘルムを見遣る。ヴィルヘルムは隣のエルネスタを撫でながら、アレクシスに目を向けた。
「待遇改善なんて曖昧な言葉ではなく、貴方がエルを支えると言えないのか?」
「それは、文官としての習い性だ。私個人でも出来る限りのことはしてやりたい」
「その言葉、努々お忘れなく」
ヴィルヘルムはニヤリと笑う。アレクシスから、エルネスタの後ろ盾となるとしっかり言質を取った。これで、少しはこの雇い主もエルネスタに対して親身になってくれるだろう。
これから王都で宿を取り、一泊してから帰るというヴィルヘルム達を、エルネスタは門まで見送りに出た。別れ際に、ヴィルヘルムがエルネスタの耳元で囁く。
「雇い主に釘は刺して置いたから、これで変わらない様ならまた遊びにおいで」
「ありがとう、ヴィルさん」
「反対に過保護になるかもね。どっちにしろ、遊びにはおいでよ」
ステファンもエルネスタに一言囁いてから、手を振って離れた。エルネスタは、二人の姿が見えなくなるまで、手を振っていた。彼らの姿を、少し離れた玄関口から見送るアレクシスは、これからどうしたものかと密かに頭を悩ませた。




