悩み相談
エルネスタは、二人に今回の迷子になった件の事情を説明した。
「ボクは毎日、仕事上がりに魔術師団塔で訓練しているんです。そして、訓練が終わると、また仕事場に戻るんですけど、その時にちょっと考え事をしていて、目的地が変わっちゃったみたいで」
「成る程ね」
「それで、その考え事って、何?」
二人にいきなり核心を突かれて、エルネスタはたじろいだ。少し、いや、かなり言い辛い。口籠もるエルネスタに、察したヴィルヘルムがステファンに用事を頼んで遠ざけた。
「無理に話さなくてもいいよ。話せる事だけ言ってごらん」
「はぁい。あの、実は……」
エルネスタは、言葉を選びながら少しずつ悩みを打ち明けた。
「ずっと兄として慕っていた人から、所帯を持とうと言われて、困ってしまって……それで、こういった悩みを相談する相手もいないことに気が付いたんです」
「確かに、デリケートな話は相手を選ぶね」
「職場の上司に当たる人には、事情を話したんですけど、それも説明って感じで相談とは違うなって思って……」
「エルは、どうすればいいかって事より、悩んでるエルを受け止めて欲しいんだな」
ヴィルヘルムにズバリと指摘されて、エルネスタは言葉に詰まった。そして、頬を染めてコクリと頷く。ヴィルヘルムは手を伸ばし、エルネスタの頭を撫でて言った。
「詳しい話は後でゆっくり聞かせて貰うから、まずは寝る支度をしておいで」
「はぁい」
エルネスタはステファンに用意して貰った着替えを持って、浴室に行った。使い方をステファンから説明されて、エルネスタは湯に浸かった。邸でも、普段は沐浴で済ませていて、湯に浸かることは滅多にない。自分でもびっくりする程リラックス出来て、有難かった。
続いて二人が湯を使う間、エルネスタはブランケットに包まってデューイにくっ付いていた。モフモフで暖かい。ヴィルヘルムが戻って来てソファの中央に座ると、デューイはブランケットごとエルネスタをヴィルヘルムの隣に置いて、自分はその足元に丸まった。
エルネスタはブランケットをヴィルヘルムと分け合い、くっ付いて座る。ヴィルヘルムが頭を撫でて、先程の続きを促すのに任せて、エルネスタはゆっくりと言葉を紡いだ。
「ボクは、皆同じように好きで、誰かを特別に思ったことがないんです。だから、兄から想いを告げられても、何て返せばいいか分からなくて」
「無理に返さなくてもいいんだよ、君はそのままで。その時が来たら、勝手に気持ちのまま動いてしまうものなんだから」
ヴィルヘルムからそう言われ、エルネスタはキリキリと自分を締め付けていた罪悪感から解放された気持ちになった。気が軽くなると同時に、好奇心が頭をもたげる。
「ヴィルさんの場合はどうだったんですか?」
「俺? そうだなぁ……よく分からないうちにグイグイ来られて、いつの間にか絆されてたかな?」
「そうなんだーステフさんの粘り勝ちだったんだー」
「オレとしては、そのいつの間にかと流された辺りを詳しく聞きたいところだね」
そう言って、ステファンも会話に入ってきた。ソファの反対側にヴィルヘルムを挟んで座る。
「ボクも聞きたいなーお二人の馴れ初め話ー」
「ヴィル、依頼が来たぞ」
「俺かよ! ステフが受けてもいい依頼だろ?」
「じゃあ、オレから」
そう言ってステファンが語った馴れ初め話は、エルネスタの心を和ませてくれた。
「オレさ、ほんの駆け出し冒険者だった頃、魔物討伐に失敗して行き倒れたことがあるんだ」
「えー大変ー死んじゃうーって、生きてるよね?」
「そう。行き倒れたオレを助けてくれたのが、ヴィルだったんだ」
「きゃー運命の出会いー」
「もう駄目だと思って目を閉じて、次に目を開けたら、目の前にこの綺麗な顔だよ? 惚れるだろう? 当然!」
「惚れるー当然ー分かるー」
「それ、俺は顔だけって事かよ?」
「他もイイが顔もいい!」
「他が気になるー」
盛り上がるエルネスタとステファンを尻目に、ヴィルヘルムがぽつりと溢した。
「思えば、その時に俺、無意識に魔力放出して回復かけていたんだろうな。その頃は、魔力持ちの自覚無かったから」
「そうなんだー自覚かぁーどうやって?」
「それは、あの魔眼持ちの野郎が……まあいいや、それは置いといて」
「えー気になるー魔眼持ちって、ラインハルトさんの事?」
「エルは『紅刃』を知っているのか?」
「はぁい、知ってます! ボクの護衛をして貰ってました」
エルネスタは、先日起こった魔術師団の派閥争いの顛末を語った。巻き込まれたエルネスタに、護衛としてラインハルトが付いていた事を聞いて、ヴィルヘルムは複雑な顔をしていた。ステファンは笑って、ヴィルヘルムを宥めている。その二人の仲睦まじい様子に、エルネスタは羨まし気に言う。
「いいなーボクにも運命の出会い、あるかなー」
「エル、今は分からなくても、そのうちに分かる時が来るよ」
「分かるかな?」
「頭では分からない。むしろ、邪魔する。心ははっきりと唯一が分かるよ。それまでに、心の声を聞けるようにしな」
「はぁい」
話しているうちに、疲れからエルネスタは寝入っていた。




