保護
そこは、見慣れた王宮の執務室ではなかった。何処かの家の裏庭といった感じの場所だ。全然、記憶にない所に来てしまって、エルネスタは焦った。辺りを見回してみても、長閑な風景が広がるばかりで、王都の中ですらなさそうだった。
仕方がないので、エルネスタは落ち着いて周りを観察してみる。今居る裏庭は、そこそこな広さがあり、すぐ傍に厩舎が建っている。母屋はやや古い建物だが、広過ぎず狭過ぎず、居心地良さそうだ。街の養父母の家と似ている。
そこまで考えて、ふと家の周囲を見回すと、すぐ近くに外壁が見える。外壁沿いに視線を辿ると、外門が見えて、それがエルネスタの知る街の東門そっくりだった。
「え、まさか、ここって……街なの?」
エルネスタが呆然としていると、背後から声が掛かった。
「あれ? そこにいるの、エルかな?」
「ステフさん!?」
ちょうど厩舎から出てきたばかりのステファンから呼ばれて、エルネスタは仰天した。ステファンはヴィルヘルムと共に、普段は街に住んでいる。ということは、ここはやはり街なのだろう。ステファンのすぐ隣には、従魔のデューイが控えており、傍らをルーイがふよふよと飛び回っている。
「ここって、ステフさんの家?」
「そうだよ。エルはどうしたの?」
「ボクはいつも通り、魔術師団塔からの帰りに、王宮の執務室へ行こうとして魔法を使ったの。そうしたら、ここへ……」
エルネスタは事情を説明するうちに、少しふらついてきた。この感覚には覚えがある。魔力切れを起こした時に、こんな感じだった。もし王都から街まで精霊の近道で来てしまったのなら、魔力切れも当然あり得る。
「ちょっと、エル、大丈夫か?」
ステファンがエルネスタに駆け寄ると、ふらつくエルネスタを支えてくれた。横からデューイが手を伸ばし、エルネスタを抱き上げる。
「ありがとう、ステフさん、デューイ」
「とりあえず、中で休むといいよ。話はそれからだ」
エルネスタは、ステファンに家へ招き入れられた。
家の中は、外から見た印象と変わらず、広過ぎず狭過ぎずいい感じだった。家具やファブリックの配置や選び方に、住む人の趣味嗜好の良さを感じる。総じて、居心地良さそうな部屋だった。
リビング中央のソファに、この家の主でステファンの伴侶のヴィルヘルムが座っていた。膝に暖かそうなブランケットを掛けている。ふよふよと飛んでいったルーイが、ソファの背もたれに落ち着き、ヴィルヘルムに頬擦りしている。
「ヴィル、庭でエルを保護したよ。魔法でうちに迷い込んで、魔力切れ起こしたみたい」
「おや、災難だったね。おいで」
ヴィルヘルムに手招きされて、デューイに抱き上げられたエルネスタはヴィルヘルムの座るソファの隣に降ろされた。ヴィルヘルムはエルネスタを労るように背を撫でて、もう一方の手でエルネスタの手を握った。
「魔力切れしたままだと、躰が怠いだろう? 少し魔力譲渡しようね」
「ありがとう、ヴィルさん」
「後は、ゆっくり休んで回復してからお帰り」
手からはじわりとヴィルヘルムの魔力が流れ込み、ソファの背もたれにいるルーイがヴィルヘルムにするのと交互にエルネスタにも頬擦りする。足元には、エルネスタを運んでくれたデューイがごろごろと寛いでいるので、モフモフし放題だ。エルネスタは、思いっきり癒された。
「じゃあ、オレは冒険者協会に行って、通信魔道具で連絡を頼んでくるよ」
「頼んだよ、ステフ」
「任された!」
ステファンが出掛けて行くと、エルネスタはヴィルヘルムに尋ねた。
「冒険者協会の通信魔道具って、何ですか?」
「協会の支部を結んだ、声を伝える魔道具があるんだよ。ステフはそれで、王都の協会に伝言を頼むつもりなのさ。エルがここに居るって、エルの雇い主にね」
「あ、そうだった。アレクシス様に何も言ってなかった」
「魔法で迷い込んでしまったんだから、仕方ないさ。今日はここで休んでおきなよ。明日、王都へ送ってあげるから」
エルネスタはヴィルヘルムの言葉に、思わず涙腺が緩んだ。ヴィルヘルムは何も言わず、ただエルネスタの背を撫でてくれた。
夕食は、ステファンが腕を振るった。ヴィルヘルムから教わって、少しずつ料理を覚えたそうだ。
「ステフさん、凄い! ボク、料理はさっぱりです」
「エルならすぐに覚えるよ」
ヴィルヘルムは以前会った頃より、かなり腹部が目立ち始めていた。そろそろ、立っているのも辛いらしく、家事のかなりの部分をステファンが担っているという。
「ステフは過保護なんだよ。俺はまだ動けるのに」
「そんなこと言って、子供に何かあったらどうするんだ!」
「運動不足も良くないらしいぞ」
二人の会話を横で聞きながら、エルネスタは微笑んだ。こんな暖かな家庭を作るなら、所帯を持つのも悪くないかも知れない。そんなことを思っていると、そもそもの悩みの種だった事に思い至った。




