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新しい仕事

邸に戻ったエルネスタは、仕事の空き時間に、マーサからお茶を淹れる特訓を受けた。お湯を沸かす。ポットとカップを温める。ポットの湯を捨て、茶葉を計って入れる。ポットに湯を入れ、保温カバーをかける。時間を計って、湯を捨てたカップに注ぎ分ける。


「落ち着いて、丁寧に淹れたらいいのよ」

「はぁい」


これを毎日、主の前でするのかと思うと、溜め息が出る。その上、慣れたら茶葉の種類や、入れるミルクや砂糖の数なども覚えるという。さっぱり、出来る気がしない。


バルドルの教える内容も、徐々に侍従向けのものになっている。やはり、主は本気でエルネスタを侍従にしたいらしい。


もし、侍従になったら、長兄の言うような「二人きりにならない」ことなど、守り様がない。気楽な小間使い生活のつもりが、当てが外れてしまった。


夕食の給仕は、元通りバルドルが受け持った。そして、バルドルが皿を下げて戻って来てからが、エルネスタの仕事になる。


「失礼します」


ティーワゴンを押して食堂に入ると、書類に目を通していたアレクシスが、エルネスタに顔を向けた。心なしか、いつもの仏頂面にジトーッとした目つきよりは、柔らかい表情をしている。


「お茶をお持ちしました」

「ああ」


あまり表情豊かなタイプではないアレクシスが、明らかに機嫌が良さそうに見える。今日、何かいい事があったのだろうか。それとも、エルネスタがお茶出しするのが、そんなに嬉しいのか。


マーサに教わった基本通りに、お茶を淹れていく。時間を計るのに、マーサは懐中時計を使っていたが、エルネスタは持っていないので、砂時計を借りた。茶漉しを通し、慎重にカップへ注ぎ入れる。


「どうぞ」

「初めてにしては、堂に入っている」

「……ありがとうございます」

「随分と、練習した様だな」

「は、はい……」


褒められたらしい。分かり難いが、多分、そうだろう。お茶を一口飲むと、更に話し掛けてくる。


「エル、読み書きの勉強は進んでいるかい?」

「えっと、まだあまり読めないです。書く方も、さっぱり」

「始めたばかりだからな。何か要る物はあるか? ペンとか、紙とか」

「いえ、あの、多分、大丈夫、です」


主と世間話などした事がないので、エルネスタの口調は辿々しくなる。この場に居るのが苦痛に感じるが、アレクシスはお構いなしに、何かと話し掛けて引き留めようとする。お茶一杯がなくなるまでに、エルネスタはガリガリと忍耐力を削られる心地だった。


カップを下げて厨房に戻ってくると、やっと肩の力が抜けた。控室で賄いを食べて人心地つけると、バルドルやマーサに泣きつく。


「ボク、お茶出しするの、無理!」

「どうした? 失敗したのか?」

「お茶を淹れるのはいいんだけど、何だかんだ話し掛けられて引き留められるの、何て言っていいか分からない!」

「ははは……そういうことか」


バルドルは、エルネスタの頭をくしゃくしゃと撫で、笑った。


「アレクシス様は、エルが気に入っているようだからな。少しでも長く傍に置きたいんだろう」

「何それ、どんな拷問?」

「難しい言葉知ってるな」

「兄ちゃん達が言ってた」


マーサも、エルネスタの背を撫でながら言う。


「確かにご主人様は気安い方ではないけど、悪い人ではないよ」

「うん、それは分かるんだけど、でも……」

「気詰まりなのね?」

「……」


エルネスタは無言で頷く。バルドルとマーサは、顔を見合わせると、やれやれと肩を竦めた。


「その内、慣れるさ」

「気長にね」


二人からそう言って慰められたが、エルネスタは頷けなかった。自室に引き上げると、気疲れからか、間もなく眠りに落ちた。


それから、エルネスタは毎日、夕食後に主のお茶出し仕事を続けた。始めは苦痛だった主との雑談も、バルドルやマーサの言う通り、徐々に慣れてきた。苦手な相手には違いないが、然程(さほど)消耗すること無くあしらえるようになった。


読み書きの勉強も進み、最初に渡された絵本を全文読めるようになった。クリストフからの手紙も、代読無しで読めるし、簡単な返事も書けるようになった。日常使う物の名前は殆ど書けるようになり、買い出しのメモも自分で書いている。最も、時々自分でも読めない字を書いてしまい、出先で困ることもあったのだが。


お遣いに行った帰り、中央広場を通ると、エルネスタは不思議な生き物と出会った。自分の背丈程もある猿で、褐色の艶やかな被毛に覆われていて、首には鮮やかな柄のスカーフを巻いている。暴れる様子もないので、どこかの冒険者の従魔かも知れない。


「うわぁ、もふもふ! 触ってもいい?」

ウキィー(いいよ)


エルネスタは大喜びで、その猿に抱きついてもふもふな毛皮を堪能した。猿の方も満更でもない様で、エルネスタの頭を撫でてくれる。そうしていると、隣に背の高い薄茶色の髪の青年が来て、話し掛けた。水色の目が優しげだ。


「うちのデューイと仲良くしてくれて、ありがとな」

「この子、デューイっていうの?」

「そうだよ。デューイ、行くぞー」


青年は猿と連れ立って、東の方へ行った。彼らの行く先で、ものすごく綺麗な人と合流するのを見て、エルネスタは気がついた。


「あ、あの人、有名な冒険者だ。ええと、何て名前だっけ?」

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