将来の夢
「この間は、駆け付けてくれてありがとう」
「何かよく分からないけど、驚いたよ」
「騒がせてごめんね。魔術師さん達の派閥争いに巻き込まれて、大変だったんだ」
「災難だったね」
エルネスタは、翌日から御礼行脚に勤しんだ。魔術師団塔の知り合い魔術師や見習い達は勿論のこと、王宮内の顔見知りの従達など、あの場に駆け付けてくれた人達に会った際に、軽い事情説明とお礼を言って回った。
二派閥の魔術師達は、一応の話し合いはしたものの、物別れに終わった。それは想定範囲内らしく、元々相容れない彼らにとっては、とにかく話し合いの場を設けたという実績だけでも、かなりの前進と言えるのだろう。相互理解への道は遠いが、とりあえず接点だけは作ることが出来た訳だ。
ここから先は当事者達の問題となので、エルネスタには与り知らぬ領域だ。再び巻き込まれないことを祈りつつ、日常へ戻って行った。
護衛依頼が終わった後も、ラインハルトは度々、魔術師団塔に顔を出した。エルネスタを気に入ったらしい。
「エル、冒険者にならないか?」
「ボクは戦えないから」
「冒険者は戦闘職ばかりじゃないぞ。採集専門もいるし、輸送専門もいる。生産職も自前で素材を得るのに冒険者を掛け持ちしたりする」
「そうなんだ」
「最低限の自衛手段はいるが、エルの特性を生かすのは冒険者だと思うがな」
魔術訓練の合間に、そんな話をした。エルネスタは、自分の特性を生かすといった観点はなかったので、目から鱗が落ちる思いだった。
「そう言えば、エルの兄にも冒険者がいるんだろう? 一緒にやったらいいんじゃないか?」
「兄は、トールさんのクランにいます」
「トールのところか。奴は面倒見が良いからな」
「休みの日、兄に会いに行くと、よくお話しますよ」
「それなら、ますます好都合だ。冒険者になれよ! 俺も鍛えてやるぜ?」
「あははっ」
ラインハルトの勧誘に、エルネスタは笑ってお茶を濁すしかなかった。思えば、ラインハルトは初対面の時から、エルネスタを冒険者に勧誘している。魔力持ちというのは、冒険者としてはかなり有利になるという。
エルネスタは、自分が冒険者になるつもりは全くなかったが、冒険者の知り合いが増えるにつれて、以前に持っていた冒険者のイメージとは変わっていた。もっと荒々しくて厳つい、自分とは無縁な人達と思っていたのだ。それが、随分と気さくで柔らかい雰囲気の人も多い。目の前のラインハルトにしても、最初はその覇気に圧倒されたものだが、今となっては気楽に話せる人という位置付けだ。
エルネスタ達の会話を隣で聞いていたテオフィルも、何か思うところがあるらしい。魔術訓練を重ねながら、物言いた気な表情を浮かべている。エルネスタが顔を向けると、ふふっと微笑まれて終わった。まだ話す気はないようだ。
エルネスタも、後僅かで成人を迎える。だが、この先何がしたいのか、今まで考えたりしなかった。自分にも出来ることをして、それなりに暮らせたらいい──という位の、漠然とした将来への展望しか持たなかったが、もう少しよく考えてみる気になった。寝る前の習慣にしている、魔力放出で出した光の粒が、キラキラしながら空間に広がって消えていくのを見ながら、そう思った。
休日にクリストフのところを訪ねると、先日の魔術師団の派閥争いやら、ラインハルトの冒険者勧誘のことを話題にした。
「もう、大変だったんだよ。大騒ぎになってさ」
「エルの魔法で切り抜けた訳か」
「まあ、きっかけ作る位の役には立ったかな? その魔法だけど、ラインハルトさんったら、ボクが冒険者に向いてるなんて言い出して、びっくり! 鍛えてやるぜ、なんて言うんだよ」
エルネスタは、笑い話のつもりでいたのだが、クリストフの受け取り方は違った。下宿の共用リビングで話していたのを、クリストフの私室に呼び込まれて、思いがけない事を言われた。
「エル、もし冒険者になるなら、他の冒険者とじゃなく、俺と一緒にやろう。もっと強くなって、絶対に守るから」
「ボクは冒険者なんて考えたこと無いよ。意外な話ってつもりで言ったのに」
「冒険者になってもならなくてもいい、一緒になろう。俺、もうすぐ中級に上がるんだ。そうしたら、ここを出て家を借りる。だから、一緒に住もうよ」
「ボクは住み込み仕事だよ?」
「仕事なら通いでもいいし、何なら働きに出なくてもいい。俺と所帯を持ってくれ」
「ええっ!?」
エルネスタは頭の中が真っ白になった。将来の夢を考え始めたばかりで、まだ何の展望もないのに、まさかプロポーズされるとは。それも、よりによって、兄から──
エルネスタは養い子なので、クリストフと血縁関係は無い。とはいえ、幼い頃からずっと一緒に育ってきた兄という認識は変わらない。それに対して、クリストフの方は、エルネスタを将来の伴侶として見ていたということになる。
「ごめん、クリス。ボク……」
「返事は急がないから、考えてみて欲しい」
「……はぁい」
エルネスタは、複雑な気持ちで邸へ戻って行った。




