魔術師団長と冒険者
合同討伐クエストが終了して間もなく、魔術師団塔のヘルムートを訪ねて来る者が居た。
「今度は何の用だ? イェレミアス」
「そう邪険にするな。聞きたい事がある」
魔術師団長のイェレミアスは、殊更気安い態を装って、ヘルムートに尋ねた。
「先の討伐で、お前の弟子を借りただろう。その弟子の窮地に現れた、従者の態をした小僧は誰だ?」
「何のことだか、話が見えん。大体、テオフィルのことなら、彼は私の弟子ではない。ガイラルに聞け」
「ほう、惚けるつもりか。ならば、本人に聞くより外はないな」
「討伐クエストは緊急事態だったから、見習いの召喚にも応じたが、早々こちらの領分を荒さないで貰おうか」
「さて、な」
イェレミアスは含み笑いを残して立ち去った。それを見送ったヘルムートは、エルネスタの身に危険を感じた。土術の遣い手であるヘルムートは、魔力を放ち小型ゴーレムを召喚すると、伝言を持たせて送り出した。
一方、アレクシスの執務室に、何かがそろりと入り込んで来た。それを見つけたエルネスタが、歓声を上げる。
「わぁ、子猫! 可愛いー」
抱き上げようとするエルネスタの腕をすり抜けて、子猫はアレクシスの足元に擦り寄った。アレクシスは子猫を見留めると、腕を差し出す。子猫は迷い無くアレクシスの腕を登って、耳元で口を開いた。
「イェレミアスがエルを探している。暫くは魔術師団塔に近付けない方がいいだろう」
子猫はヘルムートの伝言を再生すると、サラサラと砂になって消えた。その砂さえも、床に落ちる側からから消えていく。
「アレクシス様、今の何?」
「ヘルムート師のゴーレムだ。伝言を持って来たんだ」
「初めて見ました」
「エルも伝言を魔法で届けるだろう」
「ボクのは形がない、光の粒です」
「それはエルの魔力の型で、そのような形になっているのだろうな。ヘルムート師は土術型だから、ゴーレムを使っているだけだ。他の術型なら、また別な形じゃないのか?」
「そういうものなんだ……」
エルネスタがふむふむとと感心していると、アレクシスが呆れたように言う。
「問題は、そこではない。イェレミアスの動向だ。エル、何か奴に目を付けられるようなことがあったのか?」
「イェレミアスって、魔術師団長さんでしたっけ? 塔で見かけることはありますけど、直接会ったことはないです」
「では、討伐クエストの最中か」
「討伐の間は、ずっと友達や兄と居たし、助けに来てくれたのは、冒険者さんです」
「そうか、目立った接点は無いのだな。しかし、警戒するに越したことはない」
エルネスタは当分の間、魔術師団塔へ行くのを自粛した。
しかし、塔に近付かなくとも、手を拱いているイェレミアスではなかった。王宮内を、アレクシスのお遣いで駆け回るエルネスタを、イェレミアスは回廊で見付けて呼び止める。
「おい、そこの従者の小僧。待て」
「え、ボクのことですか?」
「そう、お前だ」
書類を抱えたエルネスタが立ち止まると、イェレミアスは正面に立ち、睨み据える。
(うわぁ……拙いかも……)
ピキッと固まり冷や汗をかくエルネスタに、イェレミアスは追い打ちを掛ける。
「小僧、よく魔術師団塔に出入りしているな? 先の討伐クエストでも、前線基地に居ただろう?」
「さぁ、何を仰っているのか、分かりません」
「まぁいい。ちょっと来い!」
「今、仕事中です」
「いいから来い!」
イェレミアスの腕がエルネスタに伸びる。捉まる、と身を竦め目を閉じるエルネスタだったが、次の瞬間、ふわりと抱き上げられた。
「うわぁ、だ、誰!?」
「よぉ、また会ったな」
現れたのは、イェレミアスそっくりの赤髪琥珀眼を持った大柄な冒険者だった。
「あっ、協会の前で会った冒険者さん」
「ラインハルト、何しに来た! 俺の邪魔をするな!」
エルネスタとイェレミアスが、それぞれに反応を示す。当のラインハルトは、抱き上げたエルネスタを下に降ろすと、ニカッと笑って言った。
「俺は依頼で魔術師団塔へ呼ばれてるんだ。案内してくれ」
「え、でもボク仕事中で……」
「お前の主も承知の上だ。行こうか」
「はぁい」
二人が立ち去ろうとすると、イェレミアスが立ち塞がった。
「待て! 俺が先に声を掛けたんだ、こっちの用が先だろう!」
「生憎、俺の方は正式な協会経由の依頼なんだ。そっちの用ってのは、何か? 辞令でもあるのか?」
「くっ……」
イェレミアスは渋々引き下がり、ラインハルトはエルネスタを伴って悠々と魔術師団塔へ向かった。
「ありがとうございます。助かりました」
「俺は受けた依頼で動いただけさ」
塔への道すがら、お礼を言うエルネスタに、ラインハルトは気安く答える。エルネスタは、ふと浮かんだ疑問を、ラインハルトに聞いてみた。
「ラインハルトさんって、魔術師団長さんと似てますね」
「嬉しくはないが、仕方ないな。同じ一族の出だから、髪や目の色は同じだし、どうしても顔の造作も似てくる」
ラインハルトとイェレミアスは、元は同じ貴族家の出自だった。ラインハルトは本家の庶子、イェレミアスは分家の末子という違いはあるが、共に現在は家を出ている身だ。気性も似通っているせいか、幼い頃から事ある毎にイェレミアスからライバル視され、ラインハルトはほとほと厭気がさしていた。
「奴への牽制なら、俺は適役さ。任せろ」
「頼もしいです!」
僅かな間に、二人は意気投合していた。




