心配とその先
暫くして、ドミニクに乗った二人が前線基地に辿り着いた。ヒューイが飛翔しているうちに、何処かで追い越したのだろう。
「エル!」
「クリス、無事で良かった」
「俺達の方が先に出たのに、早かったな」
「翼犬に乗ってたからね。ひとっ飛びだったよ」
エルネスタがクリストフと話している隣で、ヴィルヘルムとステファンの話し声が聞こえる。チラリと覗うと、ステファンがさり気なくヴィルヘルムの腰を抱き寄せている。ヴィルヘルムの躰を気遣っているようだ。
エルネスタは、こっそりステファンに耳打ちした。
「ステフさん、おめでとう」
「!?」
驚いて振り向くステファンに、エルネスタはえへへっと笑って舌を出した。
「じゃあ、テオの様子見たら、そろそろ帰るね」
そう言って救護所に向かうエルネスタに、クリストフも着いて行く。先程、デューイに運ばれて行った方を見ると、大勢の軍人や冒険者に混じって、魔術師の集まった一角がある。そこにテオフィルが寝かされていた。
「テオ、調子どう?」
「まだふらつくけど、寝てれば直るってさ」
「じゃあ、ボクはそろそろ帰るね」
「ありがとう。またな」
エルネスタはテオフィルとクリストフに手を振ると、その場で魔力を放ち、精霊の近道で王都の魔術師団塔へ戻って行った。それを見ている人物がいるとも知らずに──
「ヘルムート様、ただいま!」
「……エル」
「わっ! アレクシス様、何で?」
「何で、じゃない!」
魔術師団塔のヘルムート師の部屋に戻ったエルネスタは、待ち構えていたアレクシスから大目玉を食らった。事の次第を、ヘルムート師から知らされて、終業後に飛んで来たらしい。
「このような危険から、お前を遠ざけようと、ヘルムート師も私も腐心しているというのに!」
「……スミマセン」
「それを、わざわざ自分から飛び込んで行くとは! 呆れて物も言えん!」
「……ゴモットモデ」
「だいたい、お前ときたら……」
「……ゴメンナサイ」
エルネスタは、ひたすら小さくなっていた。アレクシスのお叱りが終わると、次はヘルムート師からかと身構える。
「私からは、何も言うことは無い。言いたい事は、全部アレクシス様が仰ったからね」
「済みませんでした」
アレクシスに連れられて邸に戻ったのは、いつもよりかなり遅い時間だった。邸中の人達から心配されて、エルネスタは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「もう遅いから、夕食は私室へ。エルも、自分の夕食とお茶を持って来なさい」
「はぁい」
エルネスタは、一旦部屋に戻って着替えると、ティーワゴンに二人前の夕食と茶道具一式を載せて、アレクシスの私室へ向かった。
「エルです。夕食をお持ちしました」
「入りなさい」
アレクシスの私室には、執務机の他はソファーとローテーブルしか無い。普段はお茶しか載せないローテーブルに夕食を二人前並べると、いっぱいになってしまった。満載のローテーブルを挟み、向かい合って座ると、二人で黙々と夕食を食べた。エルネスタの好物のシチューなのに、何だか味が分からない。
食後のお茶を出し、人心地ついたアレクシスが、漸く口を開く。
「エルが友達を心配する気持ちも分かる。しかし、幾ら助けに行く力があると言っても、エルは自分の身を守る術を持っていない。それがどれだけ危険な事か、よく考えてみなさい」
「それなら、ボクが攻撃魔法を身に付けたらいいんでしょうか?」
「エルは冒険者や武闘派魔術師になりたいのか?」
「いいえ」
「過ぎた力は身を滅ぼす。護身術ならともかく、それ以上は感心しないな」
「はぁい」
アレクシスが口を閉ざすと、俯いて聞いていたエルネスタは、そろりと顔を上げて顔色を窺った。見上げたアレクシスの顔は、怒りではなく不安や心配に満ちていて、エルネスタは胸が塞がる思いになった。
「アレクシス様、ごめんなさい。考え無しに動いて」
「これから気を付ければいい。エルが傷つけば、皆が心痛む」
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
エルネスタは思わず涙を溢した。アレクシスがエルネスタに手を差し伸べるが、テーブル越しでは届かない。
「エル、おいで」
アレクシスが腕を広げると、エルネスタはアレクシスに飛び込んで号泣した。泣く子の頭や背中を撫でながら、もし自分に子がいたら、とアレクシスは思う。今まで顧みなかった、妻を娶り子を成し家族を持つ未来を、想像してみる。煩わしさしかし思い浮かばなかったそれが、今なら違って見える。もしエルネスタのような子を持っていたら、どんなに色鮮やかな日々だろう。
今まで、どうせ家を継ぐ訳でもないと、自分が目を背けていたものの大きさ、重さを思って、アレクシスは溜め息をつく。エルネスタは泣き疲れて眠っていた。アレクシスは人を呼ぶと、駆け付けたマーサと共にエルネスタを部屋に運んで寝かし付けた。
「ごめんなさい……」
寝言でも謝るエルネスタに、アレクシスはその頬を一撫でして部屋を後にした。




