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秘書見習いと魔術研究生

エルネスタの秘書見習いの仕事は、室内での書類仕分けから、徐々に他の部署へのお遣いが増えてきた。アレクシスは慎重に、お遣い先への行き方を教えては、少しずつ増やしてくれたので、広い外宮で迷子にならずに済んだ。


行動範囲が広がると、自然と顔見知りも増える。エルネスタは元々、あまり人見知りしないので、同じような年頃の侍従見習いや小間使いの子と挨拶しては、友達になった。


「こんにちは」

「あ、エル。ねぇ、聞いた?」

「何?」

「実はね……」


仕事で行く先々で、顔見知りに挨拶しては、世間話をする。そうして噂話を小耳に挟む機会が増えると、知らず知らずのうちに主のアレクシスや、世話になっている魔術師団の王宮での立ち位置などが、なんとなく分かってきた。


「エルのところの雇い主ってさ……」

「アレクシス様が何?」


噂話に拠ると、アレクシスは今でこそ平民の立場だが、出身は貴族階級らしい。ただ、三男だか四男だかなので、家督や家の持つ爵位を継げずに、平民として文官になったそうだ。下級貴族家にはよくある話で、家を継げない子息達の身の振り方は、他所の家の婿養子か軍人、文官のいずれかだという。


「そう言えば、エルって魔術師団塔に出入りしてるんだって?」

「うん、魔術の訓練に通ってるよ」

「その魔術師さん、どっち派? 武闘派か、学究派か」

「うーん……引き篭もりの方、多分」


魔術師団は、王宮の中でも特殊な立場らしく、地位はさして高くないが、その能力から重用されているという。魔術師にも色々あって、研究がメインのグループと、実践がメインのグループとがあり、エルネスタの師事する副師団長は、研究者タイプの筆頭らしい。おそらく、テオフィルの師匠も同じように研究者タイプだろう。


「じゃあ、大丈夫かな? もし武闘派なら、今、焦臭(きなくさ)いから」

「何かあったの?」

「それがさぁ……」


魔術師でも、実践がメインのグループは、軍部に同行して前線に出ることもあるそうなので、アレクシスがエルネスタを魔術師団に預けることに反対したのは、その辺りの事情を考慮してのことらしい。万が一にも、エルネスタが前線に出ることなど無いように、アレクシスは魔術師団との関わりを制限したようだ。


「このところ、王都の傍でも、魔物の大量発生が続いてるじゃない。もし武闘派に縁があるなら、下手したら前線に出されるかもよ?」

「まさかぁ! ボク、魔術師の見習いですらないんだよ?」

「分からないよ? 偉いさんに目を付けられたら、理由なんてこじつけてでも取り込まれるって!」

「怖っ!」

「だから、エルも気を付けなよー」

「はぁい」


都会の人は口さがないな、とエルネスタは思った。


一方、魔術師団塔では、副師団長の所へ師団長が訪れていた。引き篭もりな学究派の副師団長と異なり、師団長は現役バリバリの武闘派である。


「ヘルムート、最近、ちょっと面白い子を預かってるって?」

「弟子ではないよ。通いの魔術研究生ってところかな」

「失われた古代の魔法を使うそうじゃないか。どうだ、今度の野外演習にこっちへ預けてくれよ」

「冗談じゃない。イェレミアス、お前なんぞに預けたら、せっかくの有望株が台無しになる」

「酷い言われようだな」


ヘルムートは、厄介な奴に目を付けられたと、溜め息が出た。このイェレミアス師団長という男は、思い立ったら何としてでも押し通すような、傍若無人なところがある。先日、雇い主から釘を刺されたこともあるが、それ以上にヘルムート自身がエルネスタを大事に思っていた。


師団長の暴挙から、どうやってエルネスタを守れるか、ヘルムートは考えを巡らせる。部屋の隅に控えている自分の弟子をちらりと見るが、即座に諦める。真面目さだけが取り柄のこの弟子では、引き合いに出してもイェレミアスの気を惹くことなど出来そうも無い。


「いやいや、あの子はとてもじゃないが、実戦には不向きだよ。魔力量も少ないし」

「ほう、そうか。それは残念だな」


言い訳のようにして口にした魔力量のことで、ヘルムートの記憶に引っ掛かるものがあった。


「そうだ……魔力量と言えば、ガイラルのところの弟子が、飛び抜けて多かったな。何て名前だったか……」

「ガイラルの弟子か? 確か、魔力発現が出来ない奴だった筈だ。例え魔力量が多くても、それでは意味ないだろう」

「おや、聞いてないのか? ガイラルが調査に連れて行った先の街で、魔力発現したそうだ。その後も、身を入れて修行に励んでいるというが」

「それは興味深いな」


咄嗟に、エルネスタを紹介してくれたガイラルの弟子を引き合いに出して、師団長の目を逸らしてしまった。ヘルムートは心の中で、名前もうろ覚えの弟子に謝った。


ヘルムートのこの言葉が、後に波紋を呼ぶなど、今この時には及びもつかないことであった。

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