騎獣と魔力
エルネスタは休日になると、クリストフのところに顔を出した。街で休日毎に、実家へ帰っていたのと同じ感覚だ。門から中を窺うと、庭先に以前見かけた女性が見える。確か、ここの大家の妻だった筈だ。
「こんにちは。クリス居ますか?」
「あら、エルじゃないの。いらっしゃい。今、呼んで来るわね」
声を掛けて取次を頼むと、大家の女性が快活に笑い掛け、リビングに招き入れる。エルネスタは手前にある椅子に腰掛けて、クリストフを待った。すると、リビングの奥に居た大柄な男性と目が合う。
「おや、クリスに客か? 珍しい」
「こんにちは、初めまして。兄がお世話になっています。ボクはエルといいます」
「そうか。クリスの弟か」
「えっと、弟じゃ……」
エルネスタが最後まで言い終わらないうちに、二階からクリストフが勢い込んで駆け寄り、エルネスタに抱きついた。
「エル!」
「うわっ、クリス! 驚かさないで」
「ごめん、ごめん」
ちっとも悪びれない謝りの言葉に、エルネスタは呆れつつも、受け入れる。その様子を微笑ましそうに見ながら、先程の男性が声を掛けた。
「クリス、随分とご機嫌じゃないか」
「トールさん! 済みません、お騒がせして」
「いや、構わないよ。このところ、クリスがやけに身を入れて修行に励んでいたのは、このエルっていう子のおかげかな?」
クリストフは頭を搔きながら、照れ臭そうにしつつも、否定しない。エルネスタは、二人を交互に見ながら、クリストフに聞いた。
「この人はどなた?」
「ここの下宿の大家さんで『黒槌』のトールっていう上級冒険者だよ」
「さすが、王都は上級冒険者さんが多いね! ボク、街ではヴィルヘルムさんしか知らなかった」
エルネスタの言葉に、離れて聞いていたトールが反応した。
「エル、ヴィルを知ってるのか?」
「街でお話したことがあります。従魔達を撫でさせて貰いました。モフモフで可愛かったです」
「モフモフ……触れたのか?」
「ステフさんに聞いたら、デューイとルーイに聞いてごらんって言って、そうしたら従魔達がいいよって」
「奴らが気を許したのか。エル、ちょっとおいで」
トールに手招きされて、エルネスタはクリストフと一緒に下宿に隣接した厩舎に案内された。そこには、沢山の馬や騎獣が居る。中でも、一際目を惹くのは、トールの騎獣で黒狼のディーンだ。トールはディーンの傍に、エルネスタを呼んだ。
「こいつはディーンっていうんだが、気難しくてね、俺の他はなかなか気を許さないんだ。例外はヴィル位だな。どうだ、撫でてみるか?」
「ディーン、撫でていい?」
エルネスタが黒狼に問い掛けると、黒狼はフンフンと鼻先をエルネスタに近付け、やがてその頭を擦り付けてきた。エルネスタは黒狼を撫でながら、トールに話す。
「ディーンもモフモフで可愛いです」
「こいつを可愛いなんて言う奴は、ヴィル位だと思ったが、ここにもう一人居たな」
トールは笑って、エルネスタの頭をわしゃわしゃと撫でた。エルネスタは力強い手の勢いに、頭がぐらぐらした。隣で、クリストフは複雑な表情を浮かべている。当番で騎獣の世話をする時など、威嚇されて大変な思いをするからだ。リビングに戻る道すがら、三人で話した。
「ヴィルも大概、従魔達に好かれ易い奴だが、エルも同じように好かれ易いようだな。もしかして、魔力持ちか?」
「はぁい、あります。魔力量は少ないし、ちょっと珍しい種類みたいですけど」
「ヴィルみたいな癒し系能力か?」
「魔術師のお師匠様は、精霊魔法だろうって言ってます」
「エル、魔術師に弟子入りしたの?」
「違うよ、クリス。魔術の訓練は受けてるけど」
「騎獣が懐き易いのも、多分、その魔力と関係あるんだろうな」
「そうなのかな?」
騎獣と魔力の関係は、はっきりとは分からないものの、無関係ではなさそうだ。分からないことはさておき、リビングに戻ってからのエルネスタは、クランでのクリスの様子に話題を移した。
「クリスは、毎日どんな修行をしてるの?」
「基礎訓練や、騎獣の世話、野営の仕方、近場の狩り場や初心者向けのダンジョンで実戦とか」
「覚えることいっぱいだね。楽しい?」
「まあな。エルの方はどうだ?」
「ボクは、主のアレクシス様に付いて外宮に行ってから、執務室で書類の仕分けとかお茶出しとかするの。帰り際に魔術師団塔へ行って魔術の訓練受けて、帰ってから夕食後にまたアレクシス様へのお茶出しするんだよ」
「エルも仕事がいっぱいだな。辛くないか?」
「そうだねー、やり甲斐あるよー」
二人で、どちらからともなく笑い合った。それから、トールの妻にお茶や手作り菓子を振る舞われて、皆でテーブルを囲んだ。そろそろお暇しようと席を立ちかけたエルネスタに、クリストフが言う。
「ちょっと部屋においでよ」
「なぁに?」
クリストフの私室に案内され、エルネスタはキョロキョロと辺りを見回した。こぢんまりとした部屋には、必要最小限の物しか置かれていない。エルネスタの肩を押して部屋に招き入れたクリストフは、すぐ扉を閉めると、エルネスタの背中側から腕を回してふわりと抱き込んだ。
「やっとエルを独り占めできる」
「クリス……?」
「ウチでは兄貴達が邪魔するし、ここでもリビングでは人目があるし……やっと二人きりだ」
クリストフはエルネスタを抱えたままベッドに移動し、膝抱っこして頬摺りしたり、額や耳にキスしたりして、存分に独り占めを堪能した。
「クリス、擽ったいよ」
「もうちょっと、いいだろう?」
「ちょっとだからね?」
結局、王都に来ても、クリストフのエルネスタを甘やかしたい欲求は変わらないようだ。エルネスタは、諦めモードでそれを受け入れた。




