王宮での仕事始め
週明けから、主の出仕に同行して、エルネスタも王宮へ通うことになった。新しく誂えたお仕着せは、街で着ていた物と比べより一層洗練された雰囲気だ。袖を通すと、否が応でも緊張感が増す。
王宮とは言っても、王族や貴族達の居る内宮ではなく、行政機関のある外宮なので、機能は街の役場と変わりない。ただ、広さと豪華さが桁違いだった。敷地内に、幾つもの建物が並び、回廊で繫がっている。装飾や調度品等、絢爛豪華な雰囲気で圧倒される。初めて中を見たエルネスタは、口をポカンと開けて見入ったまま立ち止まった。
「エル、口を閉じて、早く来なさい」
「……! はぁい」
主のアレクシスに指摘を受け、エルネスタは慌てて口を閉じ、いつの間にか離れてしまった距離を小走りして詰めた。
アレクシスの勤め先は、外宮の中でも端の方で、王宮正門から長い回廊を通り、かなり歩く。窓から覗く庭園の風景や敷地内に聳え立つ塔を眺めながら進み、漸く目的地に辿り着いた。エルネスタは、もし一人でお遣いに出されたら、迷って帰って来られないかもしれないと思った。そんな不安が顔に出ていたのか、アレクシスから宥めるような言葉が掛けられた。
「いきなり遠くまで遣いに出したりしないから、安心しなさい。簡単なことから、順に教えるつもりだ」
「え? は、はぁい。ありがとうございます」
エルネスタは気まずさから、肩を竦めて俯いた。アレクシスは殆ど無表情ながら、気にするなとでも言うようにエルネスタの頭をポンと撫でて、仕事の指示を出す。エルネスタは弾かれたように動き出した。
初日の仕事は、室内でする書類の仕分け作業やお茶出し等で、それでも指示された仕事を熟すだけで精一杯だった。無我夢中のエルネスタは、昼の鐘が鳴ったのに気付かなかった。
「エル、もう昼休み時間だ。後は午後にしなさい」
「えっ、もう昼ですか?」
「食堂に行く。付いて来なさい」
「はぁい」
王宮内には、そこで働く人々のための食堂が複数ある。アレクシスは、最寄りの食堂にエルネスタを連れて行った。外宮一階にあるのはビュッフェスタイルの食堂で、好みの料理を欲しい分だけトレイに取り分けるので、エルネスタにも馴染み易いだろうとアレクシスは考えた。もちろん、近いこともあるが、以前、食事に連れ出した時に、コース料理で萎縮していたことが思い出された為だ。
「うわぁ、ご飯がいっぱいある!」
「トレイに食べられる分だけ載せなさい」
「どれにしようかな……そうだ、ここのお勘定はどこでするんですか?」
「王宮内で働く者は、賄いにお金は掛からない」
「食べ放題? 凄い!」
トレイを空いた席に置き、食事をする。食べながら、アレクシスはふと思い出したことをエルネスタに尋ねた。
「そういえば、エルは街で役場の食堂には来なかったな」
「お昼休み時間に、魔術師のお師匠様のところに通っていたんです」
「魔術師か。確か、紹介状を持っていたな。問い合わせたら、空いた時間に来るようにと回答があった。午後に行ってみるか?」
「はぁい、行きたいです」
午後の仕事が一段落した頃、アレクシスに伴われてエルネスタは宮廷魔術師団のところへ向かった。魔術師団は、回廊から見えた塔に拠点があるという。庭園を横切り、敷地の端まで歩いて行くと、外壁に蔦の這う重厚な造りの塔が間近に見えてきた。
「ここが宮廷魔術師団の塔だ」
「遠いですね」
「魔術師達は、研究好きの引き篭もりが多いから、離れた場所に拠点を構えたらしい」
「そうなんだ……」
エルネスタは、魔術師というとテオフィルとお師匠様しか知らないので、アレクシスの言葉の真偽は分からない。確かに、お師匠様は引き篭もり気質かな、とは思うが、全員がそうとは限らないだろう。
塔の入口に立つ衛士に取次を頼むと、奥から魔術師のローブを纏った見習いの少年が現れた。少年は、副団長の弟子だという。弟子の先導で塔の階段を上ると、かなり上の階にある部屋へ案内された。部屋の中には、ローブ姿の年配の男性が待っていた。
「よくいらした。私は魔術師団の副団長で、名をヘルムートという」
「お時間を頂戴し、感謝する。この子の雇い主で、リーベルトという者だ。外宮に勤めている」
「初めまして、こんにちは。ボク、エルっていいます。ガイラル師からご紹介頂きました」
エルネスタは、街から持ってきた紹介状を副団長に手渡した。ヘルムートは受け取った紹介状の封を開けると、中を検める。そして、手紙を読み終え顔を上げると、エルネスタの方に向かい、言った。
「君は随分と珍しい魔力を持っていると聞いた。一度、見せてくれるか?」
「はぁい」
エルネスタは両手を祈るように組むと、いつも練習する時のように魔力を循環させる。勢いをつけてから、組んだ手をパッと開いて、魔力を押し出す。掌の上に、色とりどりの光の粒が玉となってキラキラと輝いた。
「おお、これは!」
「……!」
エルネスタの魔法を初めて見た二人は、驚きに目を見開いた。ヘルムートは興味深く見入り、アレクシスは言葉もなく呆然と眺めた。ヘルムートは暫く考えると、エルネスタに話し掛けた。
「これはガイラルの見立て通り、失われた古き魔法の可能性が高いな。恐らくは、精霊魔法ではないかと思うが、今となっては文献も殆ど無い状態で確証が得られない」
「じゃあ、どうやって使うか分からないものなんですか?」
「使うこと自体は可能だ。ただ、教えられる人がいない。自分で試行錯誤して見極めるしかないな。まあ、手伝う位の事は出来るだろう」
「うーん……せっかくなんで、試してみたいです。お手伝いをお願い出来ますか?」
「では、来られそうな時に、此処へいらっしゃい」
「ありがとうございます!」
アレクシスも了承し、エルネスタの魔術師団塔通いが決まった。




