王都へ
「じゃ、行くね、テオ」
「エル、元気でな。すぐ追い掛けるから」
いよいよ、エルネスタが王都へ行く日となった。テオフィルや養父母に見送られ、主の馬車に乗り込む。兄達とは、既に挨拶を済ませてあった。
王都へは、馬車で一週間程かかる。この馬車は、主の持ち馬車で、冒険者を二人、護衛に雇っていた。馬車には、主とバルドル、マーサ、エルネスタが乗っていて、馭者台には、王都から呼び寄せた使用人らが乗り、交代で手綱を握る。
馬車は、日のあるうちに街道を進み、小まめに休憩を挟みながら、夜には宿のある町や村に入る。街道沿いに魔物が出ることは稀だ。むしろ、盗賊などの被害が多く、威嚇の為にも、護衛は欠かせない。
エルネスタは、街の外へ出るのが、物心ついて以来初めてで、見るもの全てが新鮮だった。慣れない長距離移動で、躰が強張るのは辛いが、目に映ることのどれもが、珍しくて飽きない。
「ねぇ、バルドルさん、あれは何?」
「ああ、あれはこの辺りの特産でな。次に寄る村で食べられるぞ」
「マーサさん、あっちのは?」
「この辺り一帯では、よく見掛ける家畜よ。エルの膝掛けや毛布も、あの家畜から獲れる毛で織った物なの」
「バルドルさんもマーサさんも、物識りだね!」
興味を惹かれたものを、エルネスタはその都度、バルドルやマーサに尋ねて、楽しそうに笑う。そんなエルネスタの様子に、主のアレクシスは微笑ましい者を見るような目をしている。
護衛の冒険者二人は、馬に乗って馬車に併走していた。エルネスタが窓越しに観察すると、一人は槍遣いで、もう一人は弓遣いらしい。時折、弓遣いの方が街道から外れて、森に入って行く。戻って来た彼の腰には、角兎が下がっていた。
「わぁ、護衛さん、狩りもするんだねぇ」
「森には、角兎や灰狼がいるからな。手馴れた冒険者なら、狩るのは容易いだろうよ」
その日の昼休憩に、角兎は捌かれて、昼食の一品になった。毛皮は、冒険者協会で買い取りに出すという。冒険者には、いい小遣い稼ぎだろう。
「クリスも、こんな風にお仕事しているのかな」
「冒険者をしているっていう、エルのお兄さんのこと?」
「そう。王都で修行しているんだよ。まだ初心者かな、それとも、初級に上がったかな」
「街でも冒険者は出来るのに、わざわざ王都で修行ねぇ」
「王都に、駆け出し冒険者の集まる下宿屋があるんだって。そこは上級冒険者さんが経営していて、目に留まれば、指導して貰えるらしいよ。クリスが手紙でそう言ってた」
エルネスタがマーサと話していると、それを聞いたバルドルが口を挟む。
「王都で下宿屋をやっている上級冒険者といえば、『黒槌』のトールじゃないか?」
「名前は知らないんだ。その人かも知れないね」
「『黒槌』のトールは、夫婦で下宿屋をしながら、初心者向けのクランをやっていると聞いたぞ」
「クランって、何?」
「クランっていうのは、集まりとか、氏族とかの意味だな。一般的には、同じ目的を持つ集団ってところか。初心者向けクランなら、冒険者として早く一人前になろうっていう集まりだ。トールのところは面倒見が良いらしいよ」
クリストフは、早く一人前になりたいとエルネスタに言って、王都へ旅立った。おそらく、そのトールのクランの評判を聞いて、決めたのだろう。
エルネスタは、王都行きを決めてから漸く、クリストフへの手紙に自分の仕事のことや、家を出たことを書いて知らせた。その返事が来る前に、王都へ旅立っている。そのせいで、エルネスタはクリストフに会いたい気持ちと、少し気まずいのとが綯い交ぜになっていた。
王都への行程も後僅かとなった頃、街道の先で何やら不穏なざわめきが聞こえてきた。馬車を止め、護衛の一人が先行し、様子を窺って来る。戻って来た護衛は、アレクシスに報告した。
「この先で、商隊が盗賊の襲撃を受けた模様です。如何致しましょうか」
「状況は? 加勢が要るのか?」
「商隊側の護衛が盗賊を撃退し、ほぼ事態は終息していると思われますが、残党が潜んでいる可能性はありますね」
「では、こちらが距離を置いたまま、単独でこの場を抜け出すのは、得策ではないな。商隊と合流して、責任者と話そう」
「御意」
護衛が再び先行し、今度は馬車も後から続く。商隊の馬車が見えて来ると、周りは傷の手当てを受ける者や、捕縛された盗賊達など、荒事の後始末の最中といった様相を呈している。馬車を商隊近くに停めると、アレクシスが馬車を降りた。商隊側から、責任者と覚しき人物が、こちらの護衛と共にやって来た。
馬車の窓越しに、外の様子を窺っていたエルネスタは、バルドルやマーサを振り返り、訪ねた。
「ボク達、どうなるの?」
「王都までは、後僅かだ。このまま、商隊と一緒に馬車を連ねて進んだ方が、危険が少ないだろうよ」
「こんな事、よくあるの?」
「まあ、全く無いことはないな。そう頻繁でも無いが」
やがて、商隊側と話をつけたアレクシスが馬車に戻る。馬車は隊列の中程に組み込まれて、出発した。商隊の馬車は荷の重さの為か、かなり遅い。単独で進めば、宿のある町まで着けたところを、その夜は野営する羽目になった。




