兄からの手紙
休みの日、家へ帰る度に、エルネスタは沢山の手紙を受け取る。王都に居るクリストフから、家にエルネスタ宛ての手紙が頻繁に届くのだ。邸へ持ち帰ると、それらをまとめて読み、返事を書くのが、ここ最近のパターンだった。
クリストフからの手紙は、王都での暮らしや冒険者生活のあれこれが綴られており、どの手紙にも最後には決まって、エルネスタに会いたいとか早く迎えに行きたいとかの文言が添えてある。
エルネスタは、毎回、書く返事の内容に困っていた。仕事の事は、エルネスタの独立を反対していたクリストフには書き辛いし、街での日常も、クリストフの居た頃と大した変化は無い。結果、当たり障りの無い話題ということで、食べ物の話ばかりになってしまった。
「これじゃあ、ボクがとんでもない食いしん坊みたいじゃないか」
少し不満はあるものの、他に思いつくこともないので、エルネスタはせっせと街のグルメ情報を書き綴って送った。自分に発現した魔力のことは、まだ何となく書き難くて、知らせていない。
クリストフへの手紙の宛先は、王都の下宿だ。何でも、その下宿の家主さんが、有名な上級冒険者だそうで、下宿に居る駆け出し冒険者は、その人から指導を受けて修行に励んでいるという。初心者には、いい環境のようだ。
翌日の昼、休憩を取ろうとエルネスタが席を立つと、主に呼び止められた。
「たまには昼を一緒にどうだ」
「済みません。行きたい所があるので」
「なら、夕食はいいな。予約しておこう」
「外でですか?」
「ああ。何か問題あるのか?」
「いいえ、ありません。ご一緒します」
主が外で夕食など、誰かから招待された時くらいで、自分から言い出すなど初めてではないだろうか。珍しいこともあったものだと、エルネスタは思った。
テオフィルの所に行き、いつもの魔力循環練習をする。終わり頃に、当然のような素振りで、テオフィルが顔を近付けてくる。エルネスタは、疑わし気にテオフィルを見ると、口をへの字に曲げた。
「本当に、この練習って必要?」
「勿論だ」
テオフィルは嬉々として、エルネスタに口吻する。わざと多目に魔力が流し、エルネスタが酔っ払う寸前で吸い戻す。エルネスタの少ない魔力容量を上げる効果はあるが、それ以上に、テオフィルがエルネスタの唇の感触を楽しんでいる節があった。エルネスタにすれば、翻弄されているようで、面白くない。
テオフィルから見れば、自分ばかりがエルネスタに気持ちを寄せていて、少しも靡く気配もない。何とか、自分の想う半分でも、気持ちが返って来ないだろうかと思うと、この位の役得があってもいい気がする。
「じゃあ、またね、テオ」
「……ああ、またな」
離れ難いテオフィルを押し退け、さっと立ち上がるエルネスタを見ると、溜め息しか出ない。まだ先は長そうだと、役場へ戻って行くエルネスタを切ない気分で見送った。
仕事が終わり、エルネスタは主に付いて行き馬車に乗る。今日の行き先は、邸ではなく、南の商業地区にある料理店だ。以前に連れて行って貰った店より、大きくて高級な感じがする。自分のような、マナーのよく分かっていない子供が来ていい店には見えなかった。
「ここですか?」
「何か問題あるのか?」
「アレクシス様にはありません。ボクが入るのは、分不相応だと思います」
「私が良しとしているのだから、問題無い」
主に押し切られ、エルネスタは店に入る。店内は、調度品も他に居る客も、給仕すらエルネスタを圧倒した。落ち着かない気持ちで、主の陰に隠れるようにして席に着く。主が合図すると、流れるように晩餐が運ばれて来た。
「ここのお店も、何方かのお薦めですか?」
「ああ、よく分かったな。部下の紹介だ。雰囲気の良い店という触れ込みだったが、どうだ?」
「お店はいいと思います。ただ、ボクが相応しくない感じで」
エルネスタは仕事柄、給仕の動きを食い入るように見つめてしまう。自分の経験不足がよく分かった。マナーは、向かい側の主に倣い、見様見真似で口に運ぶ。せっかくの高級料理も、味わう余裕がなかった。
「食事はどうだった?」
「味が分かりません。緊張して」
「こんなものは慣れだ。回数を熟せば緊張など無くなる」
主の口振りでは、こんな夕食がまた度々ありそうに聞こえる。エルネスタは、もう沢山だと言いたい気持ちを飲み込んだ。主は意地悪で言っているのではないだろう。
「それで、本題だが、もう少ししたら、私のこの街での任期が終わる。王都へ戻るのに、付いて来ないか、エル?」
「え、任期って?」
「私は元々、王都からの出向でこの街に来ていたのだ。任期が終われば戻る。王都で働く気はあるか?」
「……考えさせて下さい。返事は何時までにしたらいいですか?」
「では、今月末までに、答えを聞こう」
「分かりました」
邸に戻ってから、自室で悶々と悩んでいたエルネスタは、日課の魔力循環練習にも身が入らずにいた。一人では決めかねる。誰かに相談したい。誰に。養父母か、兄弟達か、それとも。
「明日、聞いてみようかな」
エルネスタ独り言ちると、その誰かを思い浮かべながら眠った。




