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遙か彼方  作者: 岩尾葵
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第六射撃/次期主将

 皆を伴って本新歓会場の居酒屋に入り、OB・OGと現役生が全員集まった所で、藤枝が前に出て挨拶をした。乾杯の音頭と同時に様々な方向からグラスを鳴らす涼しい音が聞こえ、暫し一年生とOB・OGが対面で話しあっていた。自己紹介が終わって席移動が自由になると、何やら疲れ切った様子の岩崎と大曾根が席を外して藤枝が座る場所へと移動してきた。隣に天平もいる。先ほどまで桐原もいたのだが、久々に三年生と話したいと言って、二年生席から少し離れたところに移動していた。

「はあ……」

「お疲れ、二人とも」

 盛大なため息を吐いた岩崎と眉根を顰めて静かに疲労を顕わにする大曾根に声を掛ける。予約席上座に配置された新歓用の一年生の席では、綾田を始めとしたOB・OGがこの日のために用意してきた話題を散々ぶつけていたのだろう。特に一年生の今の時期では今後、この部活に入ってどうしたいのかが固まりきっていないため、綾田の詳しい追求からは逃れようがない。おそらく食事を楽しむどころではなかったのだろう。

藤枝は二人をねぎらうべく、鍋の具財を取り分けて二人に差し出した。白滝やネギ、白菜などを煮た鍋をお玉で掻きまわし、自分の器にも適当な具材を盛る。二人はありがとうございます、と礼を言うが、その顔に笑顔はない。

「何と言うか、先輩たちが本新歓を前にして焦る理由が何となくわかりました……」

 がっくり、というように頭を垂れて身震いする岩崎。大曾根が、うんうんと青い顔を縦に振って同意している。よほど疲れたらしい。

「まあこれが終われば一年生は解放されるから。二年生になったら新歓準備は忙しいけどね。とりあえず今のところは、冷めないうちにタダ飯を満喫しておけ」

 器に盛られた鍋を指す。味噌ベースのスープに絡められた白菜や鶏肉から湯気が立ち上り、スパイスに入れられた香辛料の香りに食欲がそそられる。岩崎と大曾根は言われるままに器に手をつけ、具材を咽喉の奥へとかき込んだ。夢中で食べている。かなりの空腹に耐えていたようだ。綾田の相手で何となく手が出しづらかったのも理由にあるだろう。

 二人が一通り鍋の具財に食べている所に、桐原と話し終えたらしい荒巻がやってきた。鍋取り用の小皿と箸を持っている。

「おや、随分と良く食べてるね」

「俺が勧めたので」

 はは、そりゃあたくさん食べなきゃダメだ、と冗談っぽく笑う。荒巻は空いていた藤枝の左隣の席に腰をおろした。一年生二人を見やり、一度簡単に挨拶を交えたあと、興味深そうに言う。

「ねえねえ、君たち、今年の二年を見ていてさ、ぶっちゃけどう思う?」

 思わぬところから問いかけられた質問に、岩崎と大曾根が狼狽する。右隣で粛々と鍋を啜っていた天平も、いきなり何を言い出すんだこの人は、というような気だるい視線を荒巻に投げた。普通、こういう話題は、本人たちのいない場所でするものなのではないかと藤枝も思う。

「ね、どう思う」

「どうって、まだ入ったばっかりで良く分からないですけど、とてもお世話になってます」

 私も、と大曾根が岩崎に同意する。大曾根の場合は二年紅一点の桐原がいるだけに尚更だろう。

 荒巻はふむふむと頷いて天平と藤枝を見た。

「確かに今年の二年は射撃の成績は三年よりもいいくらい頑張ってるしねえ。カズ君と藤君で、部内のツートップ。今の一年生のいいお手本だ。君たち二人も、見習うと良いよ、今の二年を」

 いまいち意図の読めなかった質問からなぜか褒められた。良く分からないが何となく照れる。隣の天平は、話が右から左に抜けているようで、表情一つ変えない。一年生二人はぽかんとしながらあまり話したことのない三年主将に恐縮している。実際、彼等から見れば三年生はOB・OGと変わりなく見えるのだろう。が、藤枝にとっては一年の時から面倒を見てもらった相手であるだけに、荒巻の言葉には卒業生よりも含蓄がある。一年の最初の大会で、慣れない手つきから暴発して始末書を提出するように言われた際、履歴から雛型を探しだし現地にメールで送ってくれたのは荒巻だ。荒巻の柔和な笑みを見て慰められるだけで、不思議と自分に自信が持てるような気がする。

「でさあ、ここからが本題と言うか、部長として聞いてみたいことなんだけど」

 綾田さんも気になってるっぽいことみたいなんだけど、と付け加えた。藤枝と一年二人が耳を傾ける。

「今の二年生で、来年の主将誰になるのかなあって思ってさ。成績からすると、ツートップのうちのどっちかなのかなって思うって、さっき桐原さんと話してて。まあ三年の俺が口出しするようなことではないかもしれないんだけど、カズ君と藤君は、どう思う?」

 思いがけない質問だった。先ほどといい、今といい、この人の話題は唐突で、一瞬にして会話に巻き込んだ相手を悩ませてしまう。自分と天平のどちらが主将に相応しいかなど、成績からすれば聞かなくてもわかることだが、そんな先のことを、この酒の席で今決められるはずもない。自分は部内で永遠の二番手だ。力ある者こそ主将に相応しい。それを認めなくてはならないのは、藤枝自身にはとても心苦しいことではあるが、事実は変えようがないのだ。二番手である自分は、主将となった者を補佐するために、副将として活動していればいい。

「俺は」

「俺は主将にはなりません。主将には、藤枝を推薦します」

 藤枝が口を開こうと思った矢先、隣からはっきりと聞こえてきた天平の宣言に考えていた言葉がかき消された。はっとして、思わず素早く右隣を見る。同時に耳を疑った。今彼は何と言ったのか。主将を自分に任せる。そう言わなかっただろうか。

 天平の宣言に荒巻がほう、と唸る。品定めするような、いつもと違う鋭い眼光が、天平を射抜く。

「カズ君は部で一番成績いいのに?」

「主将に必要なのは成績だけじゃないでしょう」

「君なら人望もあると思うけど」

「俺は面倒くさがりですから部をまとめるには不向きです」

「何かあった時の対応力も大事だよ」

「どこぞの誰かから電話がかかってくるような立場になるのは嫌です」

「でも誰かがやらなきゃならない」

「だから藤枝を推薦してます」

 ふむ、とまた荒巻は押し黙った。自分が口出しするようなことではないと前置きをしておきながら随分と天平に詰め寄っている。

「そこまで言うなら、藤君に……」

「ちょ、ちょっと、待って下さい」

 藤枝は思わず飛び出した。天平と荒巻の視線が同時にこちらを向く。

「まだ自分は意見を言ってません。俺は天平が部長の方がいいと思います。金のない自分がバイトと掛け持ちで主将をするなんて、到底無理です。こいつなら、時間もたくさんあるはずです」

 責任ある立場になることに特に抵抗はない。だが、自分よりもその立場に相応しいものがいるならそこにはその人物が入るべきだ。金がないことを盾にするつもりはなかったが、こういえば天平が断れなくなるのではないかと藤枝は思っていた。それならばいっそ、自分のどういう状況でも利用してしまえばいい。

天平は苛立った様子でこちらを睨みつけていた。一瞬だけ心の奥底まで入り込んでくるようなどす黒いオーラを感じたが、すぐにいつもの態度に戻る。どうかな、と詰め寄る荒巻に、天平は軽く舌打ちをして、テーブルの上に肘をついた。頑なに引き受けようとしない。彼にしては珍しい。ちらり、と天平の視線がこちらに泳ぐ。瞳にうっすらと反射する天井の暖色の光が、僅かに揺れた気がした。

「俺はお前を信じて推薦している。主将には俺より、お前が適任だ。金がないなら今まで通りバイトと掛け持ちしろよ。仮にお前がそれを出来ないと言いだしたとしても、何にせよ、俺は主将なんて引き受けねえからな」

 天平はそれだけ言うと、箸と小分け皿を持って席を移動してしまった。普段からやる気のない彼ではあったがここまで物事に拒否を示すのは未だかつて見たことがない。何か、面倒くさい以外に主将を引き受けたくない理由があるのだろうか。

事態を静観していた岩崎が唸る。

「カズ先輩、どうしたんでしょう」

「ねー。そんなに嫌なのかな、主将。確かに大変だとは思うけど」

 天平先輩ならアリだと思うのに、と大曾根までもが言う。

「少し意地悪しすぎたかな」

 残念、と言って、荒巻は飲み干してしまったグラスにビール瓶に手を伸ばす。それを見た岩崎が、ああ、俺がやります、と積極的に瓶を持ち、以前教えた通りの手順で慣れたように金色の液体を注いでいった。OB・OG相手の席でかなり鍛えられたのか、七対三の見事な割合で、ビールと泡が分かれる。ありがとうねえ、と上機嫌に笑う、荒巻の顔は赤い。

「先輩、それ何杯目です?」

「忘れた」

 藤枝の質問にあっけらかんと言い放ち、主将の件は君たちで何とかしてくれと言わんばかりに荒巻は追加でグラスを煽った。最終的に主将が誰になるのか、決まるのは大学祭後だ。それまでかなりの時間がある。

 その間に、天平が引き受けてくれる気になることを藤枝は酒の席で密かに願った。

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