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遙か彼方  作者: 岩尾葵
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第五射撃/昔話

 暫くして大曾根、岩崎、荒巻の三人が合流し、部室の掃除は順調に進んだ。散らかっていたゲームや漫画はひとしきり棚に収納し、破れたカーテンは破棄。机の上に散らかっていた文房具類も、あるべき場所にきちんと戻した。今使われていない射撃コートは、使えそうなものだけを残して燃えるゴミとして捨てた。

 見違えるほどすっきりした部室を見て、栗塚が頷く。

「うん。きっとこれなら大丈夫。だよね?」

 同意を求められた荒巻は、これだけ捨てれば、と答えた。

「これも君たち一、二年生のお陰だよ。僕らだけじゃ無理だ」

 現三年生は主将の荒巻と副将の栗塚しかいない。本来この部を機能させるためには、部長兼主将、副将、会計、渉外、主務の最低五人は必要なはずなのだが、部室が大学の僻地に位置しているためか、はたまたライフル射撃という名の活動内容に渋い印象を持たれているためか、知名度が極端に低いこの部活は例年新入部員の確保に難航し、学年によっては現三年や一年のように二人しか入らないこともある。部で管理している銃の数にも限りがあるため、あまり多く入りすぎても困るが、少なすぎると運営自体が立ち行かなくなる恐れもあり、毎年少ない部員の中での役職決めが重要になっている。主将と副将は三年と二年に各一人ずつ設けられるはずだが、今年は栗塚が他の役職を回された場合に就活と被って仕事が出来ないからという理由で副将となり、比較的仕事の重い渉外、会計、主務の役職が二年生に回ってきているというわけだ。

「ところで、未だによく分からないんすけど、どうして本新歓前に部室の掃除なんかするんすか? ここにはOBの人たち来ないんじゃないでしたっけ」

「はあ?」

「あれ、説明してなかったの?」

 天平が不機嫌そうに声をあげ、荒巻が当然説明しているものかと思った、というニュアンスを込めて首をかしげる。そういえば先日は本新歓の内容だけを説明したに過ぎなかったのだと、藤枝は思い出した。

「実はこれからとある人が部室に来るんだよ」

「とある人?」

「あ、私分かりました。綾田さんでしょう」

「その通り。さすが大曾根さん」

 藤枝は首を縦に振る。

「というか、その話はこの間天平先輩がしてましたよ。綾田さんが来るから部室を片付けなきゃって。ショータ君が言いたいのは、なぜ綾田さんが来ると部室を片付けなきゃならないってことなんじゃないでしょうか」

「まあ、そうなんだろうけど、そればかりは来れば分かるとしか言えないというか」

 言葉を濁した藤枝に一年二人を除く部員たちの間に苦笑いがこみ上げる。あの人を具体的にどのように説明すればいいのか。皆言葉のチョイスに悩むのだ。年度末に行なわれるOB・現役対抗戦でも未だに好成績を残し続けるほどの射撃の実力があるだけに、見習うべき点も多くあるのだろうが、それ以上に部の状況に関しての口出しが多い。OBなのだから現在の部がどのような状況にあるのか知りたがるのは当然なのかもしれないが、それにしても他のOB・OGからは綾田のようには干渉してこないし、半ば愚痴に近いような説教もあるため現役生としては手をこまねいているのだ。しかし下級生の手前、それを直接口にしてしまうことは憚られる。皆も同じようなものだろう。

「と、そんなことを言っている間に、もうそろそろ時間じゃない?」

 荒巻が時計を見ながら尋ねる。確かにもうすぐ綾田の来ると言っていた時間だ。

「出迎えた方がいいね。俺が行ってこよう」

 栗塚が迎えのために外へと出て行った。皆は荒巻の指示で先に整列して椅子に座り、綾田が来るのを待った。栗塚は二分も経たないうちに帰ってきた。どうぞ、綾田さん、ようこそいらっしゃいました、と普段聞かないような栗塚の丁寧で高い声が、ドアの外から聞こえてきた。それに反応して、皆の背筋が伸ばされる。

「よう、お久しぶり」

 栗塚の案内の直後に、白髪混じりの見た目四十代くらいの男性が部室に入ってきた。ようこそいらっしゃいましたあ、と立ち上がり、皆が一斉に声を合わせて出迎える。部長の荒巻が一目散に駆け寄り、本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます、と折り目正しい挨拶でお辞儀をした。男性は手刀を切ってそれに答え、案内された部室の入口一番近くに置いてあったパイプ椅子に腰かける。そこが彼の定位置だ。去年と全く変わらない。

 綾田蓮。以前、一年に天平が説明していた通り、この部活を十年前に卒業したOBである。年度末のOB・現役対抗戦はもちろんのこと、毎年、本新歓の前には必ずこのように早めに部室を訪れ、現役生の様子を見に来る。主将には大会前に時々直接電話を掛けてくることもあり、何かと部への提言が多い。他のOB・OGと一線を為す射撃の成績の腕前と特別な部への思い入れのためだろうと踏んでいるが、果してそれがあったとしてもどうなのか、と藤枝などは思ってしまう。

 遠路はるばる北陸からやってきた綾田は椅子に腰かけるなり辺りを見回した。

「部員はこれだけだっけ?」

「はい、四年生がいませんが現役として活動しているのはこれで全員ですね」

「少ないねえ。体育会の部としてどうなの、全部で七人って」

 荒巻の返答に綾田が不服そうに声をあげる。来年はもっと部員確保に力を入れないと、そのうち潰れちゃうよ、というもっともな指摘もされた。綾田曰く、多くの部員の確保が部の安定した存続につながるらしい。

「自分たちも、一応部のHPを作成したり、サークルの日にビラを配ったりもしているのですがなかなか入らなくて」

「それは他のサークルもやってるでしょ。もっと差別化をしていかないとこの部活には入ってくれないよ。それにね、何より女子が少ない。今だって三人集まってないから、団体にも出られないでしょ、大会の時」

 ライフル射撃の公式試合には予選・本戦があり、予選のボーダーを越える得点を取れたものが本戦に行くことが出来る。予選でボーダーの得点を越えられなかった者が本戦に行くためには、団体でエントリーして出場権を得なくてはならないが、その人数は三人一組となっている。今の女子部員は桐原と大曾根の二人だけなので、団体が組めない。必然、二人が大会に出るためにはそれなりの好成績を残さなくてはならなくなるが、綾田は本戦出場のチャンスそのものが減ることを懸念しているようである。部のためならばそう考えるのも道理であるが、こればかりは部員を勧誘しなければどうにかなる問題でもない。

「それにこの部室は女性に入部してもらうには汚すぎるし。まあいいや、その話は後で。それじゃあ始めましょうか」

 閉口する一同に対して話を打ち切り、持ってきたバッグから紙を取り出して配る。回ってきた紙には見覚えがあった。射撃部入部に当たっての心構え。一部作りかえられてはいるが、去年の本新歓前に綾田が配ったものと同じものだ。

「ええ、新入生の皆さん。入部おめでとうございます。私はこの部活のOBの綾田です。今年は男性一人、女性一人とやや少ない人数ですが、来年はもっと多くの部員を獲得できるように勧誘に力を入れてほしいと思います。さて、今日は、一年生の皆さんに射撃部に入部するにあたっての覚えておいて欲しい心構えを持って来ました。そこにコンプライアンスの順守、と書いてありますね。一年生の二人、コンプライアンスとは何のことだか分かりますか? 法令、のことです。射撃部は空気銃という非常に力を持った道具を使うスポーツですので、コンプライアンスは順守しなくてはならないのは言うまでもないです。そこに大学生が銃を持ったことで起きた事件の記事を載せました。目を通して分かる通り、犯人も皆さんと同じく銃の所持許可を受けていた人で……」

 その後、綾田の話は一時間以上続いた。

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