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遙か彼方  作者: 岩尾葵
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第四射撃/部室

 六月第四週。本新歓の日がやってきた。藤枝はビームライフル大会後にとったメーリスのアンケートを参考に、飲み屋に予約を入れ、集合時間である十二時半に間に合うようにマンションを出た。部室に向かって体育館脇を歩いていると、前方に見慣れた人影を発見した。岩崎以上の身長とそれを支える小太りの体型。後ろから見てもわかるほど丸まった背中からは、長らく坐り通しの作業ばかりしているらしい彼の私生活が伺える。三年の栗塚だ。藤枝は一言、先輩、と声を掛けると、栗塚に近づいて行った。駆ける音に気付いた栗塚が、こちらを振り返る。

「おお、藤君じゃん。お久しぶり」

「お久しぶりです」

 栗塚は肉付きの良い丸い頬をほころばせながら藤枝を迎えた。最後に栗塚に会ったのは一月半ほど前になる。三年になってからあまり授業がないため、学校に来ること自体が少なくなり、部室で顔を見かけることも少なくなったのだった。三年同期の荒巻をサポートする名目で、役職は副主将を務めているが、本人いわく特に仕事らしい仕事はないらしい。

「珍しいですね、栗塚さんが来るの。失礼ながら、てっきりまた何か理由をつけて来ないのかと思っていました」

「いやあ、久々に飲めると聞いたら行かないわけはないよ」

「綾田さんがいても、ですか」

「おいしいご飯が食べられるなら面子は何でもいいのさ」

 確かに綾田さんは厄介だけどね、と言って微笑む。つられて藤枝も笑った。

 そのまま二人で歩いて部室に辿りつくと、ドアの前に靴が二足置いてあった。使い古された青いスニーカーと、洒落たコサージュ付きの女性靴だ。あの二人が早く来ているとは珍しい。

「あれ、この靴」

「天平と桐原のですね。もう来てたのか」

 藤枝は自分も靴を脱いだ。もしかしたら今日が本新歓であることを意識して、二人で早めに部室の片付けを始めていてくれたのかもしれない。それならば、自分にも話を通してくれれば手伝ったのに。一人でも多い方が片付けも捗るというものではないか。

 藤枝は鉄製の扉を二回ノックした。中から返事はないが、構わずにドアノブを回す。

「はい、こんにちはっと」

 適当に挨拶して正面を見る。と同時に動きが止まった。部室の片隅で天平と桐原が抱き合い見つめ合いながら、キスしていた。しかも電気も点いていないため、薄暗い。昼間だと言うのにカーテンも閉めっぱなしだ。

「ふあ……あ、あれ、藤君?」

 後ろを向いた天平に抱きしめられている桐原が藤枝に気付いた。良い夢から覚めた寝起きのようなうっとりとした声、薄く開けられた瞳がこちらに向けられる。と数瞬後、とても恥ずかしいことをしていたのではないかとはたと気付いたらしく、顔を真っ赤にして未だ抱きついたままの天平の背中を激しく叩いて身悶えた。

「おい、ちょっと! カズ! 離れんかこのどアホ!」

 桐原に背中を叩かれた天平がようやく体の重心を後ろへと戻す。いつも通りの気だるげな様子で、桐原から離れて、部室のドアの前で固まっている藤枝を見やった。

「何だお前か。今日はいつになく早いな」

 それはこっちの台詞だ、と思いながら藤枝は、はは、と曖昧に笑った。後ろから栗塚が、ちょっと藤君早く中入ってよー、と背中を叩いてくる。そうだ、彼がいることを忘れていた。ああ、すみません、と答えて部室の中に入る。当事者の桐原は、天平とも藤枝とも気まずそうに目を逸らしたまま、口元を押さえている。下を向いたり上を向いたりと忙しい。耳まで真っ赤だ。天平はと言うと、桐原にも藤枝にも口を開かず、何事もなかったかのように本棚から漫画本を取り出し、いつものように目を通し始めた。部室であんなことをしていたというのに、髪の乱れ一つないのがひどく癇に障る。

 というか、一応ノックしたんだからそれならせめて返事くらいしろよ、お前ら。

 部室に上がってきた栗塚が、おお、カズ君、桐原さん、こんにちは、と場違いに呑気な挨拶をして、席に着いた。天平も桐原も、声も出さずに会釈して答えたが、栗塚はあまり状況がわかっていないようで、どうしたの? 二人とも今日は元気ないね、と頭に疑問符を浮かべている。

「とりあえず、先に部室の掃除をしましょう」

「頑張れ」

「おいカズお前」

 漫画を取りあげてやろうと手を伸ばした直前に、薄赤い髪の毛が何者かの襲撃によって前につんのめる。

「って」

「口答えせずにさっさと始めんかい、こんのアホんだらぁ!」

 顔も耳も真っ赤にした桐原が口角泡飛ばしながらわなわなとふるえ、天平を怒鳴り散らした。

そんなに見られるのが嫌なら待つように言うとか、最初から人が入らないように部屋に鍵を掛けるとかすればよいのに、と思いつつ、この場の桐原の行動に心の中で感謝した。

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