06 七海お姉ちゃんと晩ご飯
「ただいまー」
お家に帰ってきた。
時刻はもう夕方だ。
あの後もボクは、睦お姉さんに捕まったまま、なかなか離してもらえなかった。
同僚の編集さんらしき人が、お姉さんを呼びに来てくれて、ようやくボクは解放されたのである。
『おい、大藤! いつまで油を売ってるんだ!』
『……ちっ、編集長ですかぁ』
『ちょ!? し、舌打ちってお前……。いいから早く戻ってこい!』
『はぁ……。仕方ないわねぇ。しょうくぅん、またメールで連絡するからぁ、待ってるのよぉ?』
柔らかな手つきで、頬っぺたを撫でてくる。
去り際に睦お姉さんは、ボクのお尻をさわさわしていった。
靴を脱いで玄関にあがる。
すると2階からトントンと、階段を降りる足音が聞こえてきた。
お母さんは今日も仕事で遅くなるはずだから、きっとお姉ちゃんだ。
「しょうくん、お帰りー」
「うん。ただいま、七海お姉ちゃん」
この綺麗な栗色の髪の人は、七海お姉ちゃん。
ボクの実の姉で、女子大生。
たしかいま、二十歳だったかな?
「持ち込み、どうだった?」
「んっと、聞いてお姉ちゃん! なんとそれがね!」
話をしかけたとき、ボクのお腹が「くぅー」と鳴いた。
それを聞きつけたお姉ちゃんが、優しく笑う。
「お話は、ご飯を食べながら聞こっか。しょうくんは手を洗っておいで」
「はーい!」
お腹がなって気付いたけど、どうも腹ペコになっていたみたいだ。
元気よく返事をして、洗面所へと向かった。
ダイニングテーブルに、並んで座る。
食事はすでに用意されていた。
「今日の晩ご飯は、お姉ちゃん特性、手ごねハンバーグよー!」
「わぁい! やったぁ!」
七海お姉ちゃんの作る料理は、みんな美味しい。
なかでもハンバーグは最高だ。
「たくさん食べるのよ。さ、いただきます、して」
「はぁい! いただきまぁす!」
鉄板の上で肉汁が、じゅうじゅうと音を立てている。
女手一つで家庭を支えてくれている母さんは、いつも仕事で帰りが遅い。
だから普段からご飯は、七海お姉ちゃんとふたりだった。
ハンバーグにお姉ちゃん特製のオニオンソースをかける。
すこし酸味のある香りが、食欲を刺激してくる。
つられて胃が動き出して、また「くぅ」とお腹がなった。
「ん、しょ、っと……」
お姉ちゃんがハンバーグを切り分けた。
フォークに刺してふぅふぅしながら、粗熱をとっている。
「はい、しょうくん」
そのままボクの口元に、ハンバーグを差し出してきた。
美味しそうな匂い……。
「あーん……」
「も、もうっ。ひとりで食べられるよぉ」
「だぁめ」
七海お姉ちゃんは、いつもこうやってご飯を食べさせてくれる。
なんかボクにこうするのが好きなんだって。
仕方ないので、ボクもそれを受け入れていた。
ホントはひとりで食べたいんだよ?
でもあんまり拒絶すると、お姉ちゃんが悲しい顔をするから、これはもうやっぱり仕方がないのである。
「はい、あーん……」
「あーん。もぐもぐ」
パクッとハンバーグを食べる。
染み出した肉汁が口いっぱいに広がって、すごく美味しい。
七海お姉ちゃんは、料理がうまいなぁ。
「ふふ。美味しい?」
「うん! とっても!」
お姉ちゃんが幸せそうに微笑んだ。
目がとろんと下がって、頰が赤い。
口は少し半開きになって、ふやけた表情でボクを見つめてくる。
「ふわぁ……。ホントに美味しいね! このハンバーグ!」
「はぁ、はぁ……そ、そう? なら良かった」
「いくらでも食べられちゃう! ボクお腹ぺこぺこだったんだぁ」
今度は自分でハンバーグを食べる。
大きく切って、もぐもぐ、ごくん。
とっても美味しい!
お姉ちゃんは自分のご飯に手もつけずに、さっきからずっとボクを見つめている。
これもいつものことだ。
お腹は減ってないのかな?
不意にお姉ちゃんが、口を開いた。
「……あ、しょうくん。口元にソースついてるよ?」
「え? ほんと?」
指で拭おうと、腕を持ち上げる。
その手を七海お姉ちゃんに掴まれた。
「だぁめ。指が汚れちゃうでしょ?」
「でも、ソースついたままだと……」
「はぁ、はぁ、こ、こうすれば……いいのよ?」
お姉ちゃんの顔が近づいてきた。
吐息が頰にかかる。
荒い息遣いだ。
唇のはしに、ちゅっと口付けられた。
お姉ちゃんの下唇が、ぷにっと柔らかくて、こそばゆい。
「あぁ……しょうくぅん。……はぁ、はぁ」
七海お姉ちゃんが体を寄せてきた。
体が密着する。
お姉ちゃんは小鳥が餌を啄ばむみたいにして、何度もちゅっちゅ、ちゅっちゅしてくる。
「はぁ、はぁ。しょうくん、しょうくぅん……。お姉ちゃんもう……。もぅう……!」
「な、七海お姉ちゃん! 自分で出来るからぁ!」
軽くお姉ちゃんを押し返す。
するとお姉ちゃんは残念そうな顔をして、最後に唇のはしをネロンと舐め上げてから、体を離してくれた。
「はぁ、はぁ……。綺麗に、なったわよ……?」
「もう、お姉ちゃんは過保護なんだから」
「そ、そんなことないわよ。これくらい、姉と弟なら普通なんだから」
本当かなぁ?
つい疑ぐり深くなってしまう。
「なぁに、しょうくん。その目は?」
「……お姉ちゃんって、ホントに普通なんだよね?」
家ではずっとお姉ちゃんとふたりだ。
他所のお家のことも知らないし、ボクはどういうのが普通なのか、あんまりよく分かんないんだよね。
「へ? もちろん普通よ? むしろわたしは大学じゃあ、才色兼備で通ってるんだから」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
だって七海お姉ちゃん、綺麗だし勉強もできるし、料理も上手で漫画も描けるもんね!
「それにこれでもわたし、結構モテるんだぞー?」
「うん、わかる! 七海お姉ちゃんってば、美人だし優しいもんね!」
お姉ちゃんが楽しそうに笑う。
その笑顔に、なんだかボクも嬉しくなってしまった。