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しょうくんはBL漫画家です!  作者: 猫正宗
第1章 BL漫画雑誌『タージマハル』創刊!
6/8

05 デビューの確約

 立ち去ろうとするボクを、睦お姉さんが呼び止める。


「ほらぁ。戻ってきて、ここに座るのぉ」


 ポンポンと自分の太腿を叩いている。


「……は、はぁ」


 ちょっと理解できない。

 もしかしてお姉さんってば、自分の太腿に座れって言ってるのかなぁ。


 ……そんなはずないよね?


 呼び戻されるままに踵を返して、打ち合わせのテーブルに向かう。

 すると睦お姉さんが、ボクの腕を握った。

 そのまま引き寄せて、ぽすっと自分の膝にボクを座らせる。


「ちょ!? ちょっと、睦お姉さんっ!?」


 お姉さんは驚くボクに構いもしない。

 後ろからぎゅーっと抱きすくめてきた。


 これでは身動きが取れない。

 後頭部にふにゅっと当たるおっぱいの感触が、マシュマロみたいに柔らかかった。


「暴れないの、しょうくん。……それよりほらぁ、原稿を忘れてるわよぉ?」

「あ……」


 そうだった。

 持ち込んだ漫画原稿を置いたまま、帰ろうとしてしまったのか。

 それで睦お姉さんは、ボクを引き止めてくれたんだ。


「す、すみません……。すぐに持って帰ります。……いえ、なんならこんな不出来な原稿、捨てちゃってくれても……」


 散々にダメ出しを受けた原稿だ。

 真っ直ぐ見れなくて、目を伏せる。

 悲しくて、情けなくて、涙が浮かんできた。


「こぉらぁっ。自分の描いた漫画を、そんな風に言わないの」

「……だって。……ぐすっ」

「言ったでしょ? しょうくんはぁ、漫画の天才なんだからぁ!」


 どういうこと?

 だってお姉さんが、ボクの漫画は面白くないって言ったのに……。


 後ろから抱き止められたまま、肩越しに振り返る。

 目が合うと、睦お姉さんが震えた。


「――きゃふん!? あ、あ、あ……」

「睦お姉さん……?」


 小首を傾げてみせる。

 瞬間的にお姉さんの顔が真っ赤になった。


「〜〜〜#*☆〒%¥っ!? んぁっはぁあんっ!」


 睦お姉さんはガクガクしている。

 白目を剥いて、失神寸前だ。


「ま、またこれぇ?! お姉さん大丈夫ですか!?」

「あ、あ、あ、あ゛……」


 お姉さんの体が、一際大きくぶるるっと震えた。

 体が急に緊張したかと思うと、すぐに弛緩した。


 ふぃーと惚けた声を出す。


「……ふぅ。もう、だいじょうぶよぉ? ちょおっと内腿に、ゾクゾクきちゃっただけぇ」


 舌舐めずりをするお姉さんの頬は、まだかすかに火照ったみたいに上気している。


 ボクを見つめる視線。

 それが獲物を凝視する猛禽類みたいに思えて、ちょっと怖い。


「そ、それより! ボクが漫画の天才って、どういうことなんですか!」


 怖くなって話題を戻した。


 このお姉さんは危険かもしれない……。

 ボクの本能がそう伝えてくる。


「そうそう。その話なんだけどぉ、厳密にはしょうくんは、漫画作画の天才なのよぉ!」

「さ、作画ですか……」

「そうよぉ! 例えば見なさいな、この表情……!」


 睦お姉さんの膝に乗せられたまま、原稿に向き直る。

 白くて細長い指がしめすコマを見た。




 そこにはボクの漫画キャラクターの少年『タック』が、歯を食いしばり戦っている姿が描かれている。


 タックは魔法使いの少年だ。

 いつもビッグに兄貴ぶるんだけど、ここぞという場面では臆病風に吹かれる。


 このコマはそんなタックが初めて奮い立ち、勇気を振り絞って、ビッグの為に敵に立ち向かうシーンだった。


「あ、あのぉ、このコマがどうかしたんですか? 確かにボクもお気に入りのシーンですけど……」

「もうっ。シーンなんてどうでもいいのぉ。この表情よぉ。キッと相手を見据えながらも、怯えを孕んだこの顔ぉ……。堪んないわぁ」

「は、はぁ……」


 それは確かに、タックは内心の怯えを隠して戦ってるんだから、そんな表情にもなるだろう。


「それにぃ……」


 お姉さんが原稿を捲る。

 すごい勢いだ。

 ついでに空いた方の手のひらで、ボクの胸をまさぐってくる。

 こっちもすごい勢いである。


「このページのここ! いいわぁ、すっごくいいわぁ!」

「あっ! そこはだめ! 睦お姉さぁん……!」

「ユンケルが、倒れたタックを抱き上げるこの構図! 見つめ合うふたりの表情! ぁあ……。なんて素晴らしいのかしらぁっ!」


 お姉さんは段々とヒートアップしていく。

 はぁはぁと息を荒くして、興奮状態だ。


「あっ、あっ、だめ! そこだめぇ……!」

「ここも! ここも! このコマもぉ!! あ、あ、あ、あ゛……!」


 睦お姉さんが落ち着きを取り戻すまで、ボクは体をまさぐられ続けた。




「ん、んー。んほん……」


 お姉さんがわざとらしく咳払いをする。


「あ、あ〜、しょうくぅん?」

「……ぅっ。……ひっく。……ぐすっ」

「ご、ごめんなさいね? 私ってばぁ、つい夢中になっちゃってぇ……」


 ボクの服は、乱されきっていた。

 色んな場所をさわさわされてしまった。

 もうこんなんじゃボク、どうしていいのか分かんないよぉ……。


「ふぇ……、ふぇぇ……」

「あわ、あわわ……」


 泣き出すと、お姉さんが慌てた。


「ご、ごめんねぇ、しょうくん。私ってば、ホントに……」

「ぐすっ……」

「きゅるふーん! って、それは置いておいてぇ!」


 睦お姉さんが真面目な顔をした。

 ボクも鼻をすすってから、なんとか泣き止む。


「しょうくんはぁ、誰かに絵を教わったりしてるのかしらぁ?」

「……はい。お姉ちゃんに、教えてもらって……」

「それはきっと、凄く優秀なお姉さんなのねぇ」


 お姉ちゃんは、とっても絵が上手だ。

 本人は自分のことを『同人びーえるのクイーン』なんて呼んでいるけど、ボクにはちょっと意味がわからない。


 お姉ちゃんはボクが漫画を描きたいと言ったあの日から、文字通り、手取り足取りギュッて体をくっ付けながら、漫画の描き方を教えてくれた。


 ボクがこうして曲がりなりにも漫画が描けるようになったのは、お姉ちゃんのおかげなのである。


「それでねぇ、しょうくん。デビューの件なんだけどぉ……」


 そうだ。

 その話をしなくちゃ。


 本当にボクは、双花社さんからデビューさせて貰えるんだろうか……?

 睦お姉さんの話に耳を傾ける。


「しょうくんの漫画はぁ、お話はだめ」

「……う。……は、はい」

「でも絵はすでにぃ、素晴らしい実力を持っているわぁ」

「ほ、本当ですか!?」


 良かった。

 ボクの漫画は、全部がダメなわけじゃないんだ!


「それでぇ、漫画原作者はこちらで用意するわぁ。ひとり、扱いにくいけどぉ、凄いお話を書く原作者に、心当たりがあるのぉ」


 睦お姉さんが、ボクのほっぺたを優しく撫でた。

 冷やっとした手のひらが気持ちいい。


「だからねぇ……」

「は、はい……」


 頬を撫でていた指を下唇に移したお姉さんが、すぅっと息を吸い込んだ。


「だから、しょうくんにはぁ、漫画作画担当として、双花社からデビューしてもらうわぁ!」

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