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しょうくんはBL漫画家です!  作者: 猫正宗
第1章 BL漫画雑誌『タージマハル』創刊!
5/8

04 ダメ出しされると泣いちゃいます

 睦お姉さんの言葉に呆然とする。


 面白くない!?

 いったいどこが!?

 お姉さんだって、あんなに集中して読んでくれていたのに!


「ど、どういう所が、面白くないんですか?」

「んー、そうねぇ……」


 何を言われるんだろう。

 唾を飲み込もうとしても、口の中がカラカラでうまくいかない。

 お姉さんが柔らかな口調で、話し始めた。


「まずしょうくんはぁ、この漫画のどういうところが、面白いと思っているのかしらぁ?」


 面白いところ?

 そうだなぁ……。


「そ、それは、主人公が仲間と一緒に成長して、強大な悪と戦うために苦難の旅を乗り越えて、でもその旅だって苦しいだけじゃなくて、涙あり笑いありで、だんだんと友情や恋が芽生えて……」


 饒舌に語る。

 これこそが、ボクの書きたい王道漫画。

 どれくらいだって話すことが出来る。

 柄にもなく熱くなって、ボクは自分の描いた漫画の魅力を語り続けた。


「――でもそれだけじゃないんです! 他にもこんな所が面白いと……」

「はい、ストップ。もういいわぁ」


 お姉さんが小さく嘆息した。

 少し投げやりな態度。

 なにかボクはおかしな事を言っただろうか……?


「あのねぇ、しょうくん? 熱意は伝わるわよぉ? でも今の漫画の面白さ。売りの部分っていうのはぁ、もっとシンプルでなくちゃいけないの。例えばぁ……」


 どういう事だろう。

 分からない。

 睦お姉さんの話に耳を傾ける。


「例えば、『最強の主人公が、スカッと敵をやっつける!』だとか『登場する女の子が、みんな変人だけどなんか可愛い!』だとか『お酒を飲んで騒いでるのが、自分も混ざりたくなるくらい楽しそう!』だとか、そんな風に、一言で言い表わせる売りってないのかしら?」


 一言で言い表わせる売り……。


 ボクの漫画の場合だと、『主人公たちが大冒険を通じて成長する』だろうか。


 お姉さんに、伝えてみる。


「うーん、成長ねぇ……。でもそれ、ちゃんとこの原稿で描けていると思うぅ?」

「そ、それは……」


 ボクが持ち込んだ漫画のページ数は50ページ。


 持ち込みの場合、普通のストーリー漫画なら、30ページほどに纏めるところを大きく超えてしまっている。


 しかも50ページも描いたというのに、キャラの成長を描き切れているとは、とても言えない……。


「描けていないでしょう? それに構成の比重も不味いわねぇ」

「どういう、ことですか……」

「えっとぉ……。しょうくんの漫画はぁ、ちゃんと設定・対立・解決の三幕でしっかり構成されてるわぁ。そこのところは自信を持っていいと思うのねぇ」


 そうなんだ……。

 えへへ、褒められるとやっぱり嬉しいな。


「中学1年生でこれは、なかなか凄いことよぉ? でも、構成の比率が不味いの。わかるぅ?」


 構成、比率……。

 あんまりそういうことは、意識して描いたことがなかった。

 そういえば、ちゃんとプロットを書いたこともないや。


「三幕構成の場合、設定・対立・解決の比率は1:2:1が良いとされてるわねぇ。私なんかは1:4:2くらいまで、序盤を早めてもいいと思ってるけどぉ?」

「そ、そうなんですか。えっとボクの漫画は……」


 言われて気付いた。

 ボクの漫画は、比率でいえば4:2:1くらいだ。

 序盤の展開が圧倒的に長い……。


「……分かるかしらぁ? しょうくんの漫画は、何百ページも読めば、面白くなってくるのかもしれないわよぉ? でもその面白さはぁ、この50ページの原稿からは伝わってこないの」


 睦お姉さんの言う通りだ。

 ボクはそんなことも考えずに、好きなように漫画を描いていた。


「最後にもう一つ、厳しいことを言うわよぉ?」

「…………はい」

「そもそもの話なんだけどぉ。これってぇ、誰のための漫画なのかしらぁ?」


 はっとして息を呑む。


 これはボクの為の漫画だ。

 ボクが漫画のなかのキャラクターたちと、大冒険に出かけるための漫画だ。


 読んでくれるひとを、楽しませるための漫画じゃない……。


「……ぅ、……ぅう……」


 思わずうつむいてしまう。

 ボクはなんてバカなんだ。


 構成の比率だけじゃない。

 漫画作品そのものに向き合うスタンスが、根本的に間違っていた。


 独りよがりじゃいけない。

 まず第1に読者さんに楽しんでもらう。

 自分が楽しむのは、その次なんだ。


 こんなことも考えないで、漫画家になりたいとか大きなことを言っていたなんて……。


「……ぅ。……ふぇぇ……」


 視界がぼやける。

 膝の上で握った手の甲に、涙の粒がこぼれ落ちた。




 服の裾で涙を拭う。


 自分のダメな部分がよく分かった。

 ショックがないとは言えないけど、ひとつずつでも改善していけばいいんだ。


 ……出直してこよう。


 でもその前に、睦お姉さんにちゃんとお礼を言わなくちゃ。


「……ぐすっ」


 椅子を引いて立ち上がる。

 ちゃんと腰を曲げて、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとう……ございました……」


 でもボクはまだうつむいたままだ。

 こんなんじゃいけない。

 しっかり感謝を伝えるためにも、ちゃんとお姉さんの目を見て話さなきゃ。


 顔をあげた。

 睦お姉さんの瞳に、ボクの泣き顔が映り込む。


「――きゃふはぁぁんっ!?」


 お姉さんが仰け反った。


「あっ、あっ、あっ、あ゛ぁ……」


 真っ赤になった顔を両手で覆って、ビクンビクンと震えている。

 まるで陸に打ち上げられた魚みたい。


「ぐすっ……。大丈夫ですか、睦お姉さん。……ボクは帰ります。……よければまた、原稿みてください……」


 最後にもう一度、お辞儀をしてから背を向けた。

 玄関の自動ドアに向かって、トボトボと足を運ぶ。

 そのボクの背中に、声が掛けられた。


「ひゅぅ……、ひゅぅ……。ま、待ちなさい、しょうくぅん……」


 振り返る。


「はぁああああん!」


 見つめ合うとまた、お姉さんが跳ね回った。

 よく発作が出るお姉さんだ。

 普段は大丈夫だろうか?


「ま、待ってぇ……。まだ帰っちゃだめよぉ、しょうくん……。ぜぇ、ぜぇ……」

「な、なんでしょうか、睦お姉さん……?」


 息を切らせている。

 こんなになってまで、ボクに何を話すつもりなのか。


「すぅ、はぁぁ……。よ、よし、もう大丈夫」


 睦お姉さんが蕩けきった顔を引き締め直した。


「さ、戻ってきて、こっちに座りなさい。しょうくん。あなたに言いたい事があるのぉ」

「……は、はぁ。でも、これ以上、なんのお話ですか?」


 お姉さんがコホンと咳払いをした。

 ボクはもう一度、お姉さんのお話に耳を傾ける。


「じゃあ、言うわよぉ? しょうくぅん、あなたはウチからデビューしなさい」

「え!? デ、デビュー!? ボクがですか!?」


 どうして!?

 これまでの話とデビューが、まったく繋がらない。


「で、でもボクの漫画はダメなんじゃ……」


 どういうことだろう?

 急な展開に頭がついていかない。


「いいえ、しょうくん。よぉくお聞きなさい。……あなたはぁ、漫画の天才よぉ!」


 戸惑うボクを放って、睦お姉さんが楽しそうに笑った。

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