04 ダメ出しされると泣いちゃいます
睦お姉さんの言葉に呆然とする。
面白くない!?
いったいどこが!?
お姉さんだって、あんなに集中して読んでくれていたのに!
「ど、どういう所が、面白くないんですか?」
「んー、そうねぇ……」
何を言われるんだろう。
唾を飲み込もうとしても、口の中がカラカラでうまくいかない。
お姉さんが柔らかな口調で、話し始めた。
「まずしょうくんはぁ、この漫画のどういうところが、面白いと思っているのかしらぁ?」
面白いところ?
そうだなぁ……。
「そ、それは、主人公が仲間と一緒に成長して、強大な悪と戦うために苦難の旅を乗り越えて、でもその旅だって苦しいだけじゃなくて、涙あり笑いありで、だんだんと友情や恋が芽生えて……」
饒舌に語る。
これこそが、ボクの書きたい王道漫画。
どれくらいだって話すことが出来る。
柄にもなく熱くなって、ボクは自分の描いた漫画の魅力を語り続けた。
「――でもそれだけじゃないんです! 他にもこんな所が面白いと……」
「はい、ストップ。もういいわぁ」
お姉さんが小さく嘆息した。
少し投げやりな態度。
なにかボクはおかしな事を言っただろうか……?
「あのねぇ、しょうくん? 熱意は伝わるわよぉ? でも今の漫画の面白さ。売りの部分っていうのはぁ、もっとシンプルでなくちゃいけないの。例えばぁ……」
どういう事だろう。
分からない。
睦お姉さんの話に耳を傾ける。
「例えば、『最強の主人公が、スカッと敵をやっつける!』だとか『登場する女の子が、みんな変人だけどなんか可愛い!』だとか『お酒を飲んで騒いでるのが、自分も混ざりたくなるくらい楽しそう!』だとか、そんな風に、一言で言い表わせる売りってないのかしら?」
一言で言い表わせる売り……。
ボクの漫画の場合だと、『主人公たちが大冒険を通じて成長する』だろうか。
お姉さんに、伝えてみる。
「うーん、成長ねぇ……。でもそれ、ちゃんとこの原稿で描けていると思うぅ?」
「そ、それは……」
ボクが持ち込んだ漫画のページ数は50ページ。
持ち込みの場合、普通のストーリー漫画なら、30ページほどに纏めるところを大きく超えてしまっている。
しかも50ページも描いたというのに、キャラの成長を描き切れているとは、とても言えない……。
「描けていないでしょう? それに構成の比重も不味いわねぇ」
「どういう、ことですか……」
「えっとぉ……。しょうくんの漫画はぁ、ちゃんと設定・対立・解決の三幕でしっかり構成されてるわぁ。そこのところは自信を持っていいと思うのねぇ」
そうなんだ……。
えへへ、褒められるとやっぱり嬉しいな。
「中学1年生でこれは、なかなか凄いことよぉ? でも、構成の比率が不味いの。わかるぅ?」
構成、比率……。
あんまりそういうことは、意識して描いたことがなかった。
そういえば、ちゃんとプロットを書いたこともないや。
「三幕構成の場合、設定・対立・解決の比率は1:2:1が良いとされてるわねぇ。私なんかは1:4:2くらいまで、序盤を早めてもいいと思ってるけどぉ?」
「そ、そうなんですか。えっとボクの漫画は……」
言われて気付いた。
ボクの漫画は、比率でいえば4:2:1くらいだ。
序盤の展開が圧倒的に長い……。
「……分かるかしらぁ? しょうくんの漫画は、何百ページも読めば、面白くなってくるのかもしれないわよぉ? でもその面白さはぁ、この50ページの原稿からは伝わってこないの」
睦お姉さんの言う通りだ。
ボクはそんなことも考えずに、好きなように漫画を描いていた。
「最後にもう一つ、厳しいことを言うわよぉ?」
「…………はい」
「そもそもの話なんだけどぉ。これってぇ、誰のための漫画なのかしらぁ?」
はっとして息を呑む。
これはボクの為の漫画だ。
ボクが漫画のなかのキャラクターたちと、大冒険に出かけるための漫画だ。
読んでくれるひとを、楽しませるための漫画じゃない……。
「……ぅ、……ぅう……」
思わずうつむいてしまう。
ボクはなんてバカなんだ。
構成の比率だけじゃない。
漫画作品そのものに向き合うスタンスが、根本的に間違っていた。
独りよがりじゃいけない。
まず第1に読者さんに楽しんでもらう。
自分が楽しむのは、その次なんだ。
こんなことも考えないで、漫画家になりたいとか大きなことを言っていたなんて……。
「……ぅ。……ふぇぇ……」
視界がぼやける。
膝の上で握った手の甲に、涙の粒がこぼれ落ちた。
服の裾で涙を拭う。
自分のダメな部分がよく分かった。
ショックがないとは言えないけど、ひとつずつでも改善していけばいいんだ。
……出直してこよう。
でもその前に、睦お姉さんにちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「……ぐすっ」
椅子を引いて立ち上がる。
ちゃんと腰を曲げて、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう……ございました……」
でもボクはまだうつむいたままだ。
こんなんじゃいけない。
しっかり感謝を伝えるためにも、ちゃんとお姉さんの目を見て話さなきゃ。
顔をあげた。
睦お姉さんの瞳に、ボクの泣き顔が映り込む。
「――きゃふはぁぁんっ!?」
お姉さんが仰け反った。
「あっ、あっ、あっ、あ゛ぁ……」
真っ赤になった顔を両手で覆って、ビクンビクンと震えている。
まるで陸に打ち上げられた魚みたい。
「ぐすっ……。大丈夫ですか、睦お姉さん。……ボクは帰ります。……よければまた、原稿みてください……」
最後にもう一度、お辞儀をしてから背を向けた。
玄関の自動ドアに向かって、トボトボと足を運ぶ。
そのボクの背中に、声が掛けられた。
「ひゅぅ……、ひゅぅ……。ま、待ちなさい、しょうくぅん……」
振り返る。
「はぁああああん!」
見つめ合うとまた、お姉さんが跳ね回った。
よく発作が出るお姉さんだ。
普段は大丈夫だろうか?
「ま、待ってぇ……。まだ帰っちゃだめよぉ、しょうくん……。ぜぇ、ぜぇ……」
「な、なんでしょうか、睦お姉さん……?」
息を切らせている。
こんなになってまで、ボクに何を話すつもりなのか。
「すぅ、はぁぁ……。よ、よし、もう大丈夫」
睦お姉さんが蕩けきった顔を引き締め直した。
「さ、戻ってきて、こっちに座りなさい。しょうくん。あなたに言いたい事があるのぉ」
「……は、はぁ。でも、これ以上、なんのお話ですか?」
お姉さんがコホンと咳払いをした。
ボクはもう一度、お姉さんのお話に耳を傾ける。
「じゃあ、言うわよぉ? しょうくぅん、あなたはウチからデビューしなさい」
「え!? デ、デビュー!? ボクがですか!?」
どうして!?
これまでの話とデビューが、まったく繋がらない。
「で、でもボクの漫画はダメなんじゃ……」
どういうことだろう?
急な展開に頭がついていかない。
「いいえ、しょうくん。よぉくお聞きなさい。……あなたはぁ、漫画の天才よぉ!」
戸惑うボクを放って、睦お姉さんが楽しそうに笑った。