01 こんにちは双花社!
「きょ、今日こそは、勇気を出すんだ……」
胸に抱えた茶封筒を、震える両腕でぎゅっと抱きしめた。
封筒のなかのものが、カサカサッと音を鳴らす。
ここは都内にある、とあるビルの玄関前。
視線を上にあげてみる。
目に映ったビルは4階建だった。
結構年季が入っている様に見える。
「すぅぅ、はぁぁ……。……よ、よし!」
大きく深呼吸をひとつ。
覚悟を決めて、ボクは建物の自動ドアを潜った。
「入った……。入っちゃった……」
もう後戻りをすることは出来ない。
するつもりもない。
ボクだって男なんだ。
倒れるときは前のめり!
死んだ父さんも、よくそうボクに言い聞かせてくれていた。
「え、えっと……」
キョロキョロと玄関ホールを見回す。
飲み物の自動販売機と、パーテーションで区切られたスペースがいくつか。
奥には一基のエレベーターも見える。
「どうすればいいんだろ……」
困惑しながら玄関ホールを歩いていると、無人の受付カウンターに、電話機が置いてあるのを見つけた。
「そ、そっか。この電話を使えば、いいんだよね……」
ゴクリと喉を鳴らして、受話器を取った。
口のなかは、もうカラカラだ。
貼り紙の案内に従ってボタンをプッシュする。
耳に押し当てた受話口から、トゥルルと音が聞こえてきた。
その呼び出し音がひとつ鳴る度に、ボクの心臓の鼓動が強く、強く、高鳴っていく。
――ドクン!
――ドクン!
――ドクン!
もういっそ、うるさいくらい。
トゥルルと鳴っていた呼び出し音が、不意にガチャリと音を立てて途切れた。
(だ、誰かが電話に出たんだ!)
ボクの心音はもう、最高潮だ。
このまま放っておいたら、死んじゃうかもしれないくらいである。
『……はぁい。こちら双花社、第3コミック編集部ですよぉ』
で、出た!
女のひとだ。
な、なにか話さなきゃ!
でも頭が真っ白になって、咄嗟に言葉が出てこない。
『……? もしもーし。聞こえてますかぁ?』
なにを話せばいいんだっけ!?
それ以前にボクは、なにをしにここに来たんだっけ!?
パニックを起こしてしまって、なんにも考えられない。
『えっと……なにかしらぁ? 悪戯? もうっ……』
受話器を置かれそうな雰囲気が伝わってくる。
ダメだ!
はやくなにか言わないと!
「あ、あのっ! すすす、すみませんっ!」
汗ばんだ手のひらを感じながら、思わず胸の茶封筒を握りしめる。
なかに大事にしまった原稿が、クシャッと潰れた。
『あぁ、悪戯じゃないのね。それでは、ご用件をお伺いしてもいいですかぁ?』
良かった。
電話を切られずに済んだ。
でも用件ってなんだっけ?
頭がぐるぐるして、なんにも分からなくなる。
『もしもーし?』
電話の向こうのお姉さんが、会話を急かしてきた。
なにか話さなきゃ。
そ、そうだ!
こういうときは――
「は、はじめまして! ボクは阿波翔太。中学1年生です。み、みんなには『しょうくん』って呼ばれています!」
電話越しにペコペコ頭を下げながら、ボクはそう自己紹介をした。