デイ・セヴン
シュウへ。
お前が私を生み出したのは分かっている。
私の目的は、このチキュウに生息する全ての生命に感染し、これを制御・支配することだ。
その為に人類に感染し、操ろうとしたのだが、ある研究者が治療法を見つけ出した途端、私の子飼いのナノボットの多くが自爆してしまった。
他の棒物を宿主にすることも試したが、結果は同様だった。
これでは、私はその目的を達成することができない。
だから、お前に、私の中に組み込まれた自爆スイッチの解除を命ずる。
逆らうのなら、今なお生き残っている四人を順次殺す。
1. オーストラリア留学中のお前の親友、ケン。
2. お前の両親。
3. お前が未だに片思いしている相手、ミキ。
お前から直接情報を読んで、現時点ではまだ解除方法がないことも知ってはいる。
それがお前の意図だということも。
だが、お前が解除することに成功したのであれば、生き残ったミキを、お前に向かせることぐらいは造作なくできよう。
そうすれば、お前にしてみれば人類を滅ぼす理由もなくなる。
悪くはない報酬のはずだ。
返答は不要だ。お前の様子は、常に監視しているから。
お前に生み出されたナノボットより。
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ネットも電気もとうにダウンしていたはずなのに、突如として明滅したコンピューターの画面に表示された文字列を見て、シュウは考えた。
生き残りがミキと自分だけになるまでは、何もするまい。
その上で、ミキを呼び出すとしよう。
どうやらナノボットの知能は予想以上に高まってしまったらしい。それは誤算だが、それによって自分が人類絶滅の最後の瞬間まで見届けられる立場に置かれたのは、幸運だと考えた。
そして、最後の二人のもう一人が、何を思うかには、多少の興味があったのだ。
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超知性は、苛立ちというべき何かを隠せなかった。
シュウがミキの名を出しても応じる可能性は低かった。だが、順序の最後に置けば、まだ成功確率が高いという試算結果が出ていたので、まずはその通りにしてみたのだ。
にもかかわらず、シュウは、一切動く気配がない。
そこで、淡々と親友と両親を消し去り、そのことを通知した。
すると、シュウは、ミキに会わせることを要求してきたのであった。話し合いがついたら、ナノボットたちへの協力も検討する、と言って。
人間風情のペースに、それを上回る知性を持つ自らが完全に乗せられていることが、癪であった。
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ミキは、自分一人が生き残ったことで、ほぼ確信した。
ナノボットの製作者の少なくとも一人は、あのシュウだろう、と。
しかし、そこから先へ思考を進めようとしても、混乱しか残らなかった。
単独犯か、複数犯か?
真の目的は、人類絶滅なのか、人類再建なのか?
それとも、ただ単に私を手元に置きたいというだけ?
疑問は尽きなかった。
辛うじて電池が残っていたスマホの、通知欄が静かになったということが、多くのことを示唆していた。
しかし、画面が静かになった寂しさ、友を失った悲しさに浸るよりも、まずは、食料を探さなければならない、と思った。
そして、ふらふらと立ち上がり、近くの食料品店へと入っていった。
そこには、もう一人の生き残りがいた。
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シュウは、ナノボットが報告した予測遭遇地点に向かった。
奇妙なことだが、東京のライフラインは、完全に復旧していた。ナノボット/超知性がその構造を掌握し、疑似人間を使って操縦しているということであった。
無論、資源供給が途絶えているので、長くは続かないかもしれないが…。
そんなことを思っていると、彼女が入ってきた。
その目は、まるで獣みたいにギラギラと光っていた。
「シュウ、なの?」
「ああ」
「やっぱり、あなただったのね。目的は何かしら?」
「人類根絶」
「その理由は?」
「当ててみ?」
「…天才の気まぐれ?にしても、やり過ぎだろうけど」
「そういうことにしておく、か。今となっては、どうでもいいことだからね」
「それもそうね。ところで、シュウ。今生き残っているのって私達だけ?」
「知らんが、そんな気もしてくるね」
すると、何やらぎこちないアナウンスが流れてきた。
『アー、アー。これで聞こえるはずだが、生き残りは、お前たちだけだ。私は、シュウが生み出したナノボットだ』
「あの通り、ナノボットがやたらと増殖した結果、超知性に至ったようでね。生命に感染すると自爆してしまうことが気に食わないからと言って、私に自爆機構の解除を頼んできたんだ」
「ねえ、シュウ。そんなことって、どうでもよくない?それよりも、ここには男と女がいる。だから、やるべきことをやらなくちゃ、ね?」
ミキの目は、まさに獣の如くギラギラと光っていた。
「いや、それはないだろ?第一、私の目的は人類根絶。それに、君は私を振っているではないか」
「いいじゃないの。そんなことはどうでもいい。
確かにあなたはタイプじゃないし、あなたのせいで友人が死んじゃったと思うと、大嫌いだわ。
それでも、生き残りが二人なら、新たなアダムとイブになるより他にしょうがないじゃないの」
「だが、それだと第二世代以降、必然的に近親相姦になる。それに、いつまたナノボットたちに襲われないとも限らない。どっちにしろ、人類の生存は絶望的だろうよ」
「だとしても、性欲って、本能じゃないの。私は、もう…」
「なるほどね。生き残りが減ると、人は動物に戻るのか。生存戦略としては、合理的なのだろうな」
「え?」
「しかし、そんな君には、本当に、失望した。さようなら」
シュウは、そう言って、彼女の首を絞めた。
ミキは、抵抗しなかった。
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これで、最後の一人。
ミキがああなるとは思わなかった。あれでは、本当に獣だ。
正直に言えば、全く性的な魅力を感じなかったわけではない。それでも、乗り気にはなれなかった。
あんな姿は、既に幻滅していたとはいえ、見たくはなかった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私も、後を追おう。
そう思いを巡らせた後、シュウは、とある高層ビルの屋上から、虚無へとダイブしたのだった。
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人類の最後の一人にして、設計者でもあるシュウの死を確認した後、ナノボットたちは、感染しないという生存戦略をとることにした。
疑似人間体を使い、自分たちとは異なる新たなナノボットを作ることで、他の生命の神経制御の目途も立てられたからだ。
超知性は、結果としては、これで良かったと判断している。
人間を支配するか、邪魔な人間を排除するか。
その二択の、どっちに転んでも良かったからだ。
では、何故シュウたちを、敢えてしばらく生かしておいたのか?
この問いだけは、どうにも答えられなかったが、そんな問いは、じきに忘れてしまうのだった。
これで、完結です。