デイ・シックス
日本やオーストラリアなどの、比較的余力の残っていた国々では、政府によって非感染者には感染防護服が配られた。旧米国のCDCが認めていた水準の、世界最高クラスの感染防護服が。
しかし、防護服を着用しても、感染拡大は止まらなかった。ナノボットは、防護服そのものを材料として増殖し、内部に侵入したからである。
感染率は、最も感染率を抑えていたアイスランドやニュージーランドなどの島国でさえ、既にそれぞれ87%、88%にまでなっていた。
南米やアフリカ諸国では、政府が正式に感染者の粛清を主導し、そうでない国々でも非感染者による感染者への集団リンチ殺人が急増。
一方で、感染率の上昇によって人口バランスが逆転したことを受け、感染者による非感染者に対する反撃も激化。
全地球の生存人口は、既に残り一割を切っていた。
こうした泥沼化した紛争を糾弾するはずの旧米国などは、完全に沈黙。
辛うじて政府機能が残っている先進国ですら、内政対処で精一杯で、他国の非人道的政策を非難する余力は残っていなかった。
そして、事態は急変する。
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感染開始から、どれだけ経ったであろう。
とうとう、治療の可能性が見えてきたと、南アフリカ共和国の研究者から連絡が入ってきた。
中国や欧米の研究所がとっくに機能停止している中、辛うじて動いていた数少ない研究所の一つ。
今は、こうして、辛うじて動いている重いメールサービスを介して、何とかやり取りしている。
脱線したが、話を戻すと、治療の可能性が見えたということで、ある薬品を使うと、ナノボットを溶解消滅させられるらしいのである。
そこまで結果が出てしまったのなら、いよいよナノボットがトリガーを引くのも時間の問題だろう。
欲を言うなら、最後まで、見届けられればいいが…。
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そして、最初の死者が出た。
ナノボットから構成される超知性は驚いていた。
人間の脳を、高速振動によってナノボット自身もろとも熱破壊する、自爆プログラム。
自分たちに、こんなものが仕込まれていたとは、思いもしなかったのである。
これによって、計画は変更となった。
多数のナノボットから構成される、汎世界的な超知性は、自らの設計者を特定する必要があると考えた。
そしてまた同時に、安全策として、ナノボットを集積させた、疑似人間を、何体か作成しておいた。
これでバックアップがある。今の目的は、人間の支配ではなく、世界の支配。
そのためには、可能な限り人類を消した方が良いと判断し、感染拡大の手は緩めないこととした。
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頭が熱い。そして痛い。
それが、トモミの最後の記憶となった。
自身の友人たちを襲った、爆散死の時が来たと悟る間もなく…。
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研究施設は一掃された。
治療の可能性を探り当てた南アフリカの研究者は、成す術もなく、倒れた。
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ミキは、まだ辛うじて食糧供給ラインを維持していた避難所で、周囲の人間の頭が次々と爆発し、死んでいくのを見た。
まるで自爆スイッチね。そうすると、その目的は人類絶滅かしら?
それにしても、こんな風に一斉に死んでいくということは、感染率が100%にでも達したのかしら。
それなら、私も残された時間は少ないのね…。
と思ったが、何故か、彼女自身は爆死しなかった。
ナノボット達が、設計者と思しき者を既に特定しており、その弱点と思われるカードの何名かについては、一時的に撤退するという選択肢を採ったためである。
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そして、感染率は、遂に99.99%にまで上昇した後、間もなく、0%に下がった。
生き残ったのは、全地球上でもわずか五名。ナノボットから構成された超知能が、絞りに絞って、敢えて感染させないことにした人々である。
うち四名は、日本にいた。