デイ・ファイヴ
ナノボット自身はいまだに何の症状も発現させてはいない。
にもかかわらず、北半球側の核戦争と、南半球側の感染者粛清という名による大虐殺とによって、既に全地球人口の8割が死滅しているのではないか、とある防衛無線チャンネルが報じていた。
それを聞いて、ミキは思う。
これは、まさに、疑心が暗鬼を産んだ状態だわ。感染症の症状が出る前に、人が人を勝手に滅ぼし合うだなんて。
ナノボット開発者の真の狙いは、そういう人間の愚かさ、醜さを人間自身に見せつけることだったんじゃないかしら。
でも、一体誰がそんなこと…?
食糧輸入が滞っているため、今ではこれすら入手困難になりつつある乾燥保存食を口にしながら、ミキもまた、犯人探しへと思考が向かうのだった。
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「大統領、どうやらあなたもナノボット陽性のようですね。もはや犯人探しには意味がないでしょう。
今のところナノボットたちは無症状なのですから、何とか共存の道を探した方が良いのではありませんか?」
米国某所の核シェルター内で、オレンジ大統領を診察した主治医は、そう言った。
「ならぬ。たとえ国家が焦土になったとしても再開拓すれば良い。だが、スパイどもは国家に住まう寄生虫だ。
そんなスパイを体内に潜めたまま生きてゆくぐらいなら、死んだ方がマシであろう」
そして。
ダダダダダダダダダダ。
パン。
最後の一発の後、シェルターは完全に沈黙し、アメリカは、世界で初めて生存人口0の国家になったのであった。
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これも、ナノボットの戦略だった。
感染さえすれば、神経回路を支配し、ある程度まで行動を操縦することもできる。
そのことを応用し、感染率100%を達成したシェルターは、シェルター単位で皆殺しにすることにしたのだった。
病気の症状を出して死なせるのではなく、殺し合いと自殺に、巧みに偽装して。
こうして、核戦争の直接の舞台となった国々は、殆ど時を待たずして、相次いで完全に、誰一人残さず、ひっそりと滅亡した。
ナノボットは、生き残りの人類をできる限りひとところにまとめたいと考えていた。
そして、白羽の矢が立ったのは…。
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粛清行為は衛生状態を悪化させ、更なる感染拡大につながっただけだった。
銃撃戦の返り血が新たな感染源となり、彼らが帰宅することで二次感染がおこる。
ナノボットたちは感染可能なあらゆる経路から感染していく。それでも、先進文明が残っている北の地域での感染拡大速度は、殺戮で衛生状態の悪化した南の諸国ほどではなくなる。
こうして、生存者の感染率は、北半球で85%、南半球で90%となり、南半球が逆転したのだった。
だが、それを知らせるはずのメディアも、この時点でほぼ機能麻痺に陥っていた。