デイ・フォー
米朝戦争は核戦争の様相を帯び、世界各国へと瞬く間に飛び火した。
アメリカとの相互確証破壊が成立している中国・ロシアによる報復を恐れて、早々に中立宣言を出した日本にも、EMP攻撃が仕掛けられ、名古屋以西は完全に機能停止したといって良いレベルであった。
そのような状況に陥り、比較的社会機能が維持されている東日本でも、学校は無期限出席停止となった。
それで、女子高生のトモミは、暇を持て余しており、アプリの「株式会社・伝染病」のシナリオと、現実との違いについて考え込んでいた。
アプリにも、ナノボットのシナリオや、更には生物兵器による感染拡大のシナリオすら存在していた。が、どのシナリオでも、各国はものの見事に協力し、治療薬開発を行っていた。
考えてみれば、それはシナリオの一つの大きな欠陥だったのだろう、と今になってトモミは痛感していた。
自然災害であれば、あるいは天然の伝染病であれば、まだ人類がすんなりと一丸になって抵抗するのも理解できなくはない。
だが、ナノボットは人災だ。
人災だと分かっている状況では、対策よりも犯人探しに関心が向いてしまうのも、それ故相互不信が高まるのも、人情である。
さすがにそれだけで核戦争になるか、と問われれば少し過激な気がしたが、それは時が悪かったのでもあろう。
様々な不安から、比較的過激な保守勢力が世界各地で台頭していた状況にあっては、僅かなきっかけが極度の排他性、攻撃性という結果につながっても、やむを得ないのかもしれなかった。
だが、それにしても犯人はどんな組織なのだろうか?
そして、この状況まで予測していたのだろうか?
だとしたら、目的は、世界のリセットか何かだろうか?
トモミの疑問は、尽きないのであった。
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もはや、西暦の日付は意味を為さない。
戦争が終わったら、暦もきっと新たに作られるであろう。それまで、人類が生き残っていれば、だが。
しかし、人類は思ったよりも愚かだった。これで、ことの進行は加速するだろう。
残念なのは、国境が封鎖され、一部のニンゲンが核シェルターに潜り込んだことで、ナノボットたちの越境ルートが制限されたことだ。
だが、それも問題ではあるまい。
IoTの活用によって常時オンラインで、相互に情報を交換し合っている彼らは、一つの巨大な集合的知能だ。
個体別の演算装置はかなり簡易的だが、それでも高性能スパコン並みの並列計算が可能なはず。
そして、各国が既に察しているように、情報収集機能も確かについている。
世界のあらゆる情報を武器に、最適な感染ルートを見つけ出せるであろう。
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ナノボットは、十分に増殖したことで芽生えた意識を以て、情報収集する。
現時点で、アメリカ、中国、ロシア、北朝鮮、そしてEU諸国は、ほぼ壊滅している。
核汚染は、北半球全体に急速に広まりつつある。
西日本、韓国、スイス、インド、パキスタンはEMP攻撃によって、ほぼすべての社会機能がダウンしている。
比較的平和が保たれており、かつ核汚染の影響も薄いのは、アフリカ、中東、東南アジア、オセアニア、そして中南米。
当然、生存人口も多いが、一方で感染率も比較的低い。
北半球の生存人口に対する感染率は70%程度なのに対し、南半球はいまだに45%程度。
治療法確立の目途は今のところどの国でも立っていないようであったが、それでも南での感染拡大を急ぐ必要がありそうだった。
全ての人類を支配下に置くために…。
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ブラジル政府、ナノボット感染者の粛清を決定
感染拡大防止のため 米は非難
未だに治療法が不明のナノボットのこれ以上の感染拡大を阻止するため、ブラジル政府は、国内の感染者の粛清を行うと発表した。
外国人観光客を含め、あらゆる感染者について、一週間以内に国外退去しなければ、問答無用で粛清対象とする、というものである。
これに対し、アメリカのオレンジ大統領は、核シェルターの中から、非人道的である、とブラジル政府を非難する声明動画を報道各社にメールで送りつけてきた。
尚、この措置は、Twitterが核戦争の結果、長期メンテナンスに入ってしまったためだということである。
比較的感染率の低い、南半球諸国では、既にブラジルに追随する動きも出ており、外務省はこれを受けて、南半球側への渡航延期勧告を発表した。