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転換!関ヶ原!  作者: 歴史転換
本編
5/29

間章 誓い

 際どい表現があるので、注意して下さい。これは、大阪城に秀秋が呼ばれ、減封を言い渡された直後のお話です。


2.5 古満の決意




 天気は憎憎しい程の晴天が出ている。冬の小休憩を宣言しているのか、気温も日が当たると暖かい。雪が地に落ちていて、少しの地の色が付いているのが少し滑稽だ。その雪からは、小休憩は宣言したがまだまだっといった目線がある。どうやら、冬からの監視を命じられたようで、命をしっかりと守っている。

 

 そんな中、小早川秀秋はフラフラと砂利道を歩いている。秀秋が向かうのは自身が大阪城であてられている屋敷だ。顔面が蒼白で、目は虚ろで視線が定まらない。歩きの速度も一定ではなく、紙切れが空中に舞ってもここまで酷くはない動きをしている。青い平服が悲しく似合ってしまっている。交差してくる者達が、時々声をかけても生返事しかしない。

 

 秀秋がこんな状態なのは、先程の沙汰が効いているからである。先程の沙汰とは、秀吉の李氏朝鮮の現地総大将解任。そして国替え命令である。秀秋は筑前を中心に、三十万七千石の領地を持つ大名だ。秀吉は、越前北庄十五万石に国替えを命令したのだ。事実上、減封である。その割合は、丁度半分に近い。


 秀秋は絶望した。別に現地総大将を解任されたからではない。寧ろ、解任したのは嬉しかった。元々、乗る気でなかったし、身分不相応だと思ってたからである。だが、国替え命令は最悪であった。

去年死去した、義父の小早川隆景に申し訳がたたなかった。それに、家臣達や正室の古満にも、何を言われるか怖かった。だからといって反論出来なかった。絶対命令である。嘗て、国替えを拒否して家を潰された大名もいる。


 秀秋には先頭を歩く柳生宗章、秀秋の傍らにいる右筆の村上吉正がいた。宗章は前を行く者に警戒感を出しつつ、歩いていく。だが、いつもより眼光が鋭かったし、顔も強張っている。一方の吉正は、特に珍しく嫌な笑みがない。吉正は秀秋に苛立ちながらも、心配なのか顔を歪めている。吉正は秀秋に声をかけようとしたが、声がかけれない。あまりに呆けているからである。呆けているが、今の秀秋からは目を離したら、何をするか分からない非常に危険な状態で、均衡してるのが見て分かるからだ。そんな危ない状態に声をかけて、均衡が崩れるのが吉正は怖いのだ。

「おい・・・。」

吉正が仕方なしに宗章に声をかけた。暗い性格を現してる黒の平服だが、秀秋の右筆であり、忠誠心はある吉正はこの状態を何とかしたかった。だが、それには原因が分からなければ解決出来ない。待合の間までいった宗章なら知ってると、吉正は思ったから聞いた。因みに、吉正は大阪城で伝手から、最新の日ノ本の情報を聞く為に、見回っていた。

「何が殿にあったのだ。」

「・・・・・・・・・。」

前を向いたまま宗章は力なく首を横に振った。吉正は深いため息を落とした。元々、無口の宗章からの話はあまり期待してないが、零はキツイ。こうも情報がないと、手のうちようがない。その宗章の顔は二人に見えないが、質問に答えられない悔しさに、強く唇を噛んでいた。

 大阪城の大広間が基本的に大名しか入れない。だから、大広間での出来事を宗章が知るには、秀秋から直接聞かなければならない。だが、秀秋が大広間から出た後に合流した宗章に何も声をかけていない。だから、宗章は秀秋の身に、何が起きたのか分からなかった。

 

 (しかし・・・・。)

宗章は大広間から出てきた、秀秋の表情を見て唖然とした。凄い衝撃であった。

 秀秋は阿呆のように口を開き、ただ虚ろな目で遠くを見ていた。足取りも今よりも酷く千鳥足で小幅な間隔だった。手も小刻みに震えていて、前後に少し大げさに腕を振っていた。そう、まるで魂が抜けかけているその者の、表現体を秀秋が示していたのだ。

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

宗章は次に憤怒した。

 両手は握り拳のまま、握力を本能のまま使って震えていた。腰にあった日本刀を抜いて、大広間に乗り込んで、秀秋のこんな、死者にも勝るやもしれない顔にした者を切り捨てたかった。自分こそが秀秋の身を守る剣だと自負しているのに、この様は何なのか。大広間にいるであろう武将達にも腹が立つが、自分の不甲斐なさにも腹が立った。

 だが、秀秋にそんな宗章を見ている余裕はなく、またフラフラと歩き始めた。慌てて、宗章は秀秋を追い、その後は同じく近くに待機していた吉正と合流し現在に至るのだ。

 

 (どうしようどうしようどうしよう・・・・・・。)

秀秋の現在の心境は、あまりの言葉の考えすぎで混乱を極めた。

 恐怖、憤怒、自愛、絶望、不安、無念、後悔、怨憎などが次々と心に湧く。どれも負の感情である。秀秋には正の感情など、今は全くない。


 次に家臣達の親しい顔が浮かびあがり、秀秋にただ笑いかけている。その笑いに秀秋は逆に恐怖する。何故、そんなに笑うのかが、秀秋には分からない。隆景が天に旅立ってしまい、秀秋が当主になった時に、嫌で多くの家老や武将が出奔したのを秀秋は刹那に思い出す。あの時は自分の不甲斐なさが目立ったが、今回も国替えが決まった以上は、家臣達の領地を半分に減封しなければならない不甲斐なさである。果たして、家臣達が付いてくるのだろうか。


 (古満・・・・・。)

更に秀秋の愛する人が浮かんだ。

 政略結婚だったが、今でも仲は親密だ。暇があればいつも二人でいるし、その二人が出している独特な雰囲気には、家臣達も苦笑いを浮かべて近寄らない。・・・古満が特にニコニコ笑いながら、家臣達をチラリと見た目が家臣達は、何故かヒヤリっと身震いがするのが嫌なだけなのだが。古満のあの満面ではなく、ひっそりと綺麗に微笑む顔と体、否、雰囲気からだろうか、秀秋が安心感を持たせて、全てを癒す何ともいえない匂いが秀秋が特にお気に入りだった。お気に入りに膝枕は秀秋曰く、最強の組み合わせであり、何もしたくなくなるのである意味最強の敵っと家臣達に話て、何ともいえない顔をさせた。このぐらい仲が親密だったが、初の国替えという減封に、果たして古満は秀秋にどのような感情を持つのだろうか。

(秀秋様なって嫌いです。お暇をいただきます。)

「・・・・・・っっっっっっっっっっ。」

妄想で具現化した古満が、冷たい能面で、はき捨てるような口調で言ったのを、秀秋が想像で聞いただけで体が震えた。

 それに胸が急に締め付けられて呼吸が困難になった。声で苦しいっの一言すらでないで空気だけが少し、口から苦痛の音を奏でながら漏れていた。頭も急にガンっと槍を兜で突かれた時よりも痛い苦痛が出た。具現化した古満の一言は、秀秋を恐怖のどん底に突き落として苦しめた。

 

「と、殿。どうなされた。」

吉正が急に立ち止まった秀秋を見た。秀秋の体が崩れ落ちそうになっているのだ。そして様子の異変に、思わず叫んだ吉正は、慌てて秀秋の体を支えた。それに合わせて宗章も振り向いて、秀秋を見て、戦慄した。 

 秀秋は前のめりになって、胸を押さえてガタガタと体を震わしている。歯もカチカチと恐怖の音を奏でている。顔は先程から見た中では、一番悪く白さだけが目立っていた。汗を流して入った目は、ギョロギョロっと大きく見開いている。交差している者達は不審そうに足の速度を緩めてチラチラと見ている。

「・・・・・・・・あっっ・・何でもない。」

か細い声で秀秋はポツリと呟いた。どう見ても何かあった顔だが、二人は何も言えなかった。秀秋の雰囲気が、その質問に拒絶をしていたからだ。

 秀秋は吉正の手を借りて、何とか立つと再び歩く。甲冑などより、遥かに重い足を必死に引きずる。先程も古満の偽りの拒絶は、一瞬の内に心の臓を貫いたのかと錯覚させた程の痛みだった。だが、実際はそんな一瞬な痛みではなく、半永久に痛んでいる。


(どうしようどうしようしよう・・・・・・・・・・・・。)

秀秋が死者に勝る顔をして思想している内にあてられた屋敷に到着してしまった。どう辿り着いたかは秀秋は覚えてない。それ程、秀秋の気持ちが沈んでいた。

 門番にも秀秋の心配をされたが、生返事の秀秋を尻目に、先に屋敷の門の内を駆けて入った吉正は、古満を早く秀秋を会わせに行動をおこした。少し遅れて、二人が少し古い玄関をガラガラっと力ない音をさせながら、戸を開けるといつもの迎えがない。ガランとしていて誰もいない。秀秋の屋敷は古風な造りで、飾りっけのない実用重視のものだ。屋敷の広さ、大きさも大した物ではない。最も、秀秋自身は大変気に入ってるから、周囲がなにを言おうとも気にはしていない。

 

 暫く二人は唖然と立ってると、先に入った吉正が玄関に現れた。少々、汗を額から滴り落ちてるが、息は荒くない。それにいつもの調子に戻ったのか、ニヤニヤと不敵に笑っている。どうやら、この男が屋敷に、何らかの指示を出したようである。だから、ここには誰もいないのだろう。

「古満様がお待ちしております。」

吉正の言葉に秀秋はビクッと体を震えさせた。吉正の態度は変わらない。

 吉正は先に入って、屋敷の居る者全ての人に対して、問答無用に部屋の監禁を言い渡した。秀秋の様子を見て、動揺しないようにする配慮である。また、古満には秀秋の詳しい状況を伝えた。古満もこの吉正の指示に賛同し、直行で夫婦の寝室に連れてくるように命じた。

 秀秋は少しは覚悟を決めたのか、無言でノロノロとまだ新品に近い草履を脱ぐと、顔を青ざめたまま廊下を歩き始めた。足取りも重そうである。

 宗章も付いていこうと、奥に続くだろう始めの板に、尻を座して草履を脱ぎ始めた。だが、その途中で吉正が、宗章の右肩を叩き、首を横に振った。そして、吉正はポツリと呟いた。

「古満様に任せようではないか。」


 秀秋が向かうのは夫婦の寝室だ。そこに古満がいるからである。

 途中で庭が廊下から観えたので歩きながら、秀秋は何となく庭を観た。雪が降って残っていて、木の葉や石などに我が物顔をしている。しかし、それに抵抗しているのか下の方にある木の葉が、下から雪を刺し伸びている。だが、そんなことはお構いなしと急に、上の木の葉から雪が落ちてきた。さもこれで雪が援軍に高笑いしたが、あまりの重さに自らバサッと地の落ちてしまった。一方の池にあった小さい池は、凍ってなく鯉が寒さに負けずトロトロ泳いでいる。先ほどの落ちた雪の一部が池に落ちてきたのに、勘違いか口をパクパク開けて食べている。餌ではないのに気付いたのか、一瞬嫌な顔をして、鯉は雪が落下した場所から離れていく。庭の自慢の鹿威しがカコーンっといい音がなった。その瞬間にまた雪が、木の葉からパラパラと落ちていった。

 

 ギシギシと廊下を歩いた秀秋は遂に、寝室の出入り口の襖に来た。ここまで庭を観たせいか、少しは落ち着いた。ゴクリッと喉を鳴らす。緊張からかやけに喉が渇く。いつもなら躊躇なく襖を開けるがそれが出来ない。手を襖の取っ手口にあるヘコミに置く。だが、まずは確認を秀秋はしてみた。

「秀秋だが・・・。古満、入ってもいいかな。」

「はい。」

暫し立ち竦んでた秀秋に、襖の向こうの寝室にいるだろう古満が優しく声を返した。秀秋の声は、自身が震えていることが良く分かった。そんな自身に自嘲しながらも、古満の声に少々ホッとした。

 

 だが、直ぐには秀秋は入室出来なかった。襖に手をかけてるのだが、そこから体が震えて、呆然と立っている。外が寒いのだが、一切秀秋は気にする余裕がない。だが、古満は一切の声をかけない。古満は、襖の前で立ってる秀秋をじっと見守る。夫の現在の心中だと、急かすと不味い。今後の互いの話に支障が出る恐れがあるからだ。

 どれだけの時を立ったろうか。秀秋の吐く白い息が秀秋自身にかかる。鼻から少し出た水を秀秋は拭った。いつまでも古満を待たす訳にはいかない。秀秋はよしっと気合を入れて、スーッと襖を開けた。


 夫婦の寝室は実に簡素である。押入れと化粧道具などが収納出来る机。その机には少し小さな鏡が立てかけてある。広さは八畳である。窓は入室出来る戸の反対にある。

 古満は一組の少し大きな布団の上にちょこんと座していた。普段着でその淡い橙色の着物は、かの人の容貌の美しさを否応なく引き立たせる。布団は、普段は無論だが押入れの中だ。だが、秀秋が尋常な状態なのを聞いた古満は急いで布団を敷き、そのうえで正座してただただ待っていた。

 寝室に一歩入った秀秋はそっと襖を閉めた。秀秋は布団に座している古満と、互いと向かい合う形で座した。向かい合った秀秋に対して、古満はそっと三つ指をして布団につけて深々と平伏した。

「お帰りなさいませ、秀秋様。今日も生きた顔を見れて古満は嬉しゅうございます。」

そう言うと顔をあげた古満は微笑した。綺麗で澄み切ってる顔である。古満が本気で秀秋の無事を喜んでいるのが分かる。

 

 これで秀秋の緊張感は、プッツンっと切れた音を自身が聞いた。秀秋を愛してる態度に参ったのである。秀秋が一番弱い、深い愛情を惜しげもなく出してる古満に、お釈迦様の姿を見た気がした。

 秀秋は勢いよく、古満の体に頭から飛び込んだ。古満は痩せすぎではないものの、体重自体は軽い。秀秋の体重や勢いに少し体勢がずれたが、決して正座を止めようとはしない。

 秀秋はうつ伏せになって、古満の小鹿のような足の太ももに、グリグリと顔を左右に振った。そんな秀秋に対して、古満はソッと右手の手のひらを頭に乗せて撫で始めた。瞬間、ビクッとした秀秋だったが、それが合図のように小さく嗚咽を始めた。我慢してたのか、秀秋の嗚咽は、一切止まる気配はない。

 古満は秀秋の行動に微笑したまま、今度は左手の手のひらで背中をポンポンと軽く、ゆっくりとした一定間隔でたたく。まるで、親が子をあやす姿に似ている。秀秋は古満の行動に、うつ伏せのまま更に嗚咽を強めた。両手は小さいながらも、どっしりとしている尻をやさしく掴み、足は少しパタパタと上下運動を布団の上でやっている。


 暫くの間、秀秋は嗚咽をしていた。だが、意を決したのか秀秋は話をし始める。

「も、もうだめだ。だれもが、わ、わたしを、す、すてる。」

「・・・。」

秀秋は嗚咽しながら、必死に心中を吐露する。秀秋の発言は嗚咽にせいで、聞き取りにくかった。

 少し古満は眉をピクッと上げた。古満は心底から秀秋に惚れこんでいる。秀秋と古満が結婚して数年経つ。古満は秀秋に対しての愛しさは、年が経つと共に強くなってるっと感じてた。だから秀秋を捨てることなんて、絶対にありえないだと古満は心中で断言した。

 古満は直ぐに微笑の表情に戻した。秀秋は負の感情に敏感だから、それを悟らせない為だ。それを感じさせたら、秀秋が遠くに行く気がした。それは古満にとって、一番の絶望である。だから微笑しながらも秀秋からの心の悲鳴を、一言も聴き漏らさぬように集中していた。そんな古満の心境が今の秀秋に分かる訳はない。秀秋は古満のその愛しさを前面に出してる態度と、古満の癒しの雰囲気に自然と飾りのない言霊を続けた。

「わ、わたしには、な、なにもな、い。のう、りょく、も、にんげ、んせい、もだ。そ、そし、そして、ゆいい、つの、ちい、もへった。も、う、わたしに、は、な、にも。み、みなはわ、たしをしつ、ぼ、うしてすて、る。わ、わ、たしはひと、りはい、やだ。も、ういや、だ。だ、だから。


 わた、しをみすてな、いでください。わた、しをみてください。わたしのそば、にいてください。」


 秀秋は古満に懇願した。秀秋はもう自分には何もないので、大事な者を繋ぎ止めるには縋るしかないと結論つけた。その無様な格好に、周りが嘲笑しようが関係ない。ただ、全ての地位を失っても古満とだけは離縁したくなかった。だから秀秋は必死に縋る。秀秋の涙で既にボロボロと濡れてる古満の膝の部分が、秀秋の哀願の涙で更に濡らした。


 一方の古満は最後の一言で息を呑んだ。キューっと心が締まる。少し、歳にしては大きい乳房も身震いした。その心は二つの気持ちに締まったのだ。

 一つ目は、秀秋は秀吉の七色光と言われ、いつも付属品としか見られていなかった、幼き過去がまだ秀秋を苦しめることだ。愛しい秀秋の暗き闇にいる、苦しい言霊に心が切なく締まる。

 二つ目は、秀秋がその闇に飲まれようとしても、古満だけは離さない独占欲である。確かに、その姿は醜い姿なのかもしれない。だが、こんなに愛されていることが古満は嬉しかった。その女としての悦びに心が締まった。

(秀秋様・・・・。)

秀秋を愛している古満はそっと唇を噛んだ。そうしていると黒く大きな右目から一滴の涙が頬を伝って秀秋の頭にぽつんっと落ちた。秀秋はこれに気付かなかった。

 古満にとっては秀秋は秀秋である。どんな状況に陥っても秀秋をただ一人愛す。秀秋の全てをこれからも、一生涯に賭けて古満は愛していく。その愛する夫が泣いているのにこんなことしか出来ない自分が悔しい。

 この瞬間古満は例え、小早川家が改易されても自分だけはこの秀秋と、命燃え尽きるまで一緒に添い遂げる決意をした。誰の命であっても、それが例え太閤が離縁を命じ、それを守らず処刑されてもこの気持ちだけは忘れない。いや、忘れてはならないっと・・・・。

 

「秀秋様。」

そっと古満は言うと秀秋を仰向けにした。この時の秀秋の表情を古満は一生涯、忘れることはなかった。

 秀秋は目や鼻から水が出ていた。口も水が出ていてグシャグシャな顔つきだ。嗚咽していて顔色も赤い。恥ずかしいのかしきりに目や鼻の水を右手で擦り落とそうとゴシゴシしている。だが、鼻は何とか止まったが、目の水は止まりそうもない。あまりにも情けない姿だった。

 そんな秀秋に古満は顔では一切出さなかったが、チクンと胸が痛んだ。やはり秀秋の心の傷はかなり深いのを想ってのことだ。だが、古満は秀秋の心の傷を癒さなければならない。自分の心の傷など二の次である。

 古満はそっと秀秋の頭を今度は左手でゆっくりと撫でて、右手は色んな水で濡れた頬に手のひらを置いた。秀秋の頬は色々な水で少し冷たいし、汚いのだが古満は気にしない。秀秋もこの行動に嗚咽が止まらないものの、慌てて行動を止めさせる言葉を吐いた。

「き、きたな、いぞ。」

「秀秋様は汚くありません。」

ピシャリと古満は秀秋の言葉に反論した。秀秋の全てを愛す古満にとって、このようなぐらいで汚く感じない。

 その証拠か、言った後に古満は自分の右手を口に運んだ。古満は秀秋の色んな水が付いた手を、美味しそうにチュパチュパと舌で舐め始めた。実際、古満にとって本当に美味しいのだ。

 これには秀秋が一瞬だけ嗚咽が止まった。古満があまりにも妖艶で美しかったからだ。十分に秀秋の味を堪能した古満は、右手を一旦着物で擦って、また右頬に手のひらを置いて言葉を続ける。

「この通り、汚くはありませんよ。」

「・・・うん。」

古満は秀秋に確認させた。その妖艶さに、秀秋の嗚咽もかなり治まってる。じっと潤んだ目をしてる秀秋は、古満を見惚れる。古満は秀秋にただ微笑して見る。


 古満は微笑を止めずに秀秋を見ていたが、静かに語りかけた。今度は、自分が心中を語る番なのだ。だから、言霊には愛しさが溢れていた。

「私が愛しているのは一人です。その人は〔秀秋様〕です。そして、私はその人の全てを愛しています。今、私が膝枕をしているのは誰でしょう。」

「・・・・古満。」

「今、私が右手の手のひらを右頬に置いてるのは誰でしょう。」

「・・・古満。」

「今、私が左手の手のひらで頭をさすっているのは誰でしょう。」

「・・古満。」

「今、私が話をしている人は誰でしょう。」

「・古満。」

「では、最後に今、私の瞳に映っている人は誰でしょう。」

「古満。」

秀秋は途中でまた目から水が湧き出てきた。既に目は兎のように真っ赤だ。水は古満が想う心が秀秋に伝わったからであり、歓喜の水だった。古満はこんなに秀秋を想っている。その心に秀秋は心が揺さぶられた。古満はここが正念場と言葉を一瞬選んだ末に、本心がポンと言霊になって出た。

「私は〔秀秋様〕を愛しています。だからここに、一生涯を賭けて誓います。


   私は〔秀秋様〕を見捨てません。私は〔秀秋様〕を見ます。私は〔秀秋様〕の傍にいます。」

 

古満はニッコリと今度は太陽のような晴れやかに笑った。その笑いには、並々ならぬ決意を固めた美しき『女』であった。古満の決意に秀秋は完全に救われた。ここまで想われてるのに、疑うのは失礼だ。秀秋は歓喜の涙を流しながら、久しぶりに晴れやかな笑みが出た。


 秀秋の笑みを見た古満は、そっと顔を下げて接吻をした。その瞬間の古満の匂いが秀秋を更に癒した。その瞬間は短い。だが、その瞬間が互いに長く感じた。秀秋は着物の中に手を入れた。着物の中は古満の熱で温かい。うんっと古満は口で妖艶に吐く。

「今日は暫し大人しくなさって下さい。私が秀秋様を癒したいので・・・。」

耳元でそっと呟いた古満はまた接吻をする。古満の手も下の方に向かっていく。秀秋はそっと古満に溺れることにした。日の入りの日差しが二人を優しく灯していた。


 (どうやら殿は大丈夫そうだな。)

吉正はニヤリと普段の笑みを浮かべた。隣の部屋で吉正は耳がいいのである程度の事情は聞いた。所謂、盗聴してたのである。今はもう甘い睦言が聞こえて、こちらが恥ずかしくなる。これ以上は流石に何も聞けないし、聞くのは無粋だ。吉正は部屋をそっと退出した。

(しかし、忠義心の疑惑と減封の可能性があるとは。家臣達に誓詞を出させて忠誠を誓わせば疑いも晴れるだろう。これは直ぐに用意させよう。それに殿の寝室、及びその近辺の立ち入りだけを禁止させて、そろそろ部屋からの出入りを解禁しなければ。嗚呼確か、晩飯は既に古満様が二人分の飯を押入れに入れてるから問題ないか。それにしても腹が減ったな。)

吉正が廊下を歩きながら今後の対策を思想したが、グーっと腹が鳴った。もう夕方になっている。流石に昼も握り飯一個ではキツい。思考するのも体力がいる。

 吉正は出入り解除を早速一つの部屋の襖を開けた途端、いきなり胸倉を掴まれた。結構の力があるので、思わず息が止まった。その吉正の胸倉を掴んだのは、小早川家の筆頭家老である稲葉正成の妻、福であった。顔は強張っていて、少々青ざめている。だが、そこには並々ならぬ迫力があった。

「もう良いですか。」

「は、はい福殿。ただ、寝室・・・・。」

「寝室近辺には近づきませぬ。分かっています。」

福の迫力に怯えながらも応えた吉正を福はどけて直ぐに部屋を出た。だが、福の足元が少し可笑しい。何か頼りがなく、モジモジしている。

「どうしたのだ福殿は。」

「嗚呼、ずっと厠を我慢してましたから。」

侍女に訳を聞いた吉正はなるほどっと頷いた。そして、吉正は間に合うことをいつもの笑みで、先程の恨みからか適当に祈った。

 

 深夜、ふっと古満は目を覚ました。寝室でお互い限界まで愛し合った後なので、そのまま寝てしまって二人とも裸体である。冬なのだから裸体では寒いはずなのに、古満は全く寒さを感じない。布団を入りながらも秀秋が右腕で腕枕をしているからだ。秀秋のぬくもりに、古満は自然と温まる。秀秋の寝顔と愛し合って出た種がある場所を撫でると、古満は自然と笑みが出た。

(ずっと一緒に生きましょう。)

そっと右手を握って想う古満に、秀秋が寝てる筈なのに笑った気がした。

 

 この後、つまり次の日には秀秋は誓詞や古満のお陰で元気になりました。次は本編に戻りますよ。

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