第一章一節 李氏朝鮮脱出
あくまで歴史シミュレーションであることをお忘れなく。
1 使者が釜山城にやってきた。
一五九八年十月十五日の李氏朝鮮。肌寒い正午の晴れのことである。空気は秋なのに、少々乾燥してて喉に空気が入ると少々痛い。そしてそんな空気からは、微かに磯の匂いがしている気がする。
(何で私がこんな処に行かなければならないのか・・・。)
そう愚痴を小声でいうのは五奉行の一人であり、筆頭の石田従五位治部少輔三成の使者だ。服装は青い平服だが、少しボロがある。どうやら、日ノ本からの航海や移動でボロになってしまったのだろう。その周りにいる、かの者を守る甲冑姿の護衛兵の数人には使者の小声は聞こえなかったみたいだ。そしてかの者は現在、李氏朝鮮の釜山城に向かう為に小山を登っているのだ。
五大老は李氏朝鮮からの即時撤退を即決してものの、その全ての道理は三成に任せた。・・・いや、推しつけて、丸投げにしたといってもいい。大体、五大老は秀吉の死による、他の会合で忙しいのが一応の理由らしい。三成自身も困惑したものの、五奉行の筆頭の誇りからか直ぐに行動した。三成の文官に即時撤退するように李氏朝鮮にいる大名達に命じて、実行させよっと命じたのだった。無論、五大老と五奉行の連名書を持たせてである。
(しかし・・・暑い。)
使者はこの暑さにうんざりした顔をした。十月半ばでありながら、甲冑姿ではなく平服なのに暑い。ただでさえ危険な航海をして日ノ本の壱岐から李氏朝鮮に来た時に、船は小船で揺れは酷く船酔いをして嘔吐をしたこともあり不機嫌だ。しかも船には帰国する時も乗ることも思考すると鬱になりそうだ。
使者は周りをグルッと見渡した。小山だからか何処も殺風景であり、草木がボーボーと生えてるだけである。木は無論、たくさんあるが何処か悲しげだ。小山を登っているのに、フッと鳥や獣の鳴き声が聞こえないことに気付く。この鳴き声がないのは何故か嫌である。生物の言霊がないことが嫌なのだろうと勝手に結論づけた。
しかし、道にすれ違う人が少ないのに使者は奇妙がった。少々の足軽が通るぐらいで少ない。そういえば、李氏朝鮮に到着してから民達の姿を見ていない。
(何故だろう・・・。)
脳を全回転しても検討がつかない。どうやらこの使者はあまり李氏朝鮮の事情を知らないようである。三成様からの命を実行させればよいとだけ聞いたから、こんなことを考えても仕方が無いかと楽観的に使者は思考を打ち切った。
ここで少し説明しておこう。李氏朝鮮の出兵を始めた時は、日ノ本の軍は快進撃を続けた。いつしか、戦になれば勝って当たり前となっていた。あまりに李氏朝鮮の軍が弱すぎたのである。日ノ本軍は調子の乗った。そして調子に乗って前線が伸びきるとある出来事がおきた。李氏朝鮮の民衆の武力蜂起である。日本風にいうと一揆である。
この武力蜂起によって日ノ本軍は混乱したのだ。民衆の武力に怖がってのことではない。現地の兵糧や地理の案内などの援助がなくなったからである。
更に海上で日ノ本海軍が徹底的に負けたのが混乱が強まった。現地で兵糧が調達出来ない状況なのに、更に日ノ本からの兵糧補給が出来なくなったのである。これで、日ノ本軍は兵糧不足に陥る。
悪いことは続く。隣国の明から大勢の援軍を李氏朝鮮に派遣したのだ。これで、戦況が一気に劣勢になってしまった。この当時の日ノ本軍は四面楚歌といってもよい境地に立たされたのだ。
しかし、この後一時的に講和の話が出て、休戦になる。これが日ノ本軍を救ったのである。一斉に日ノ本軍は李氏朝鮮から撤退した。渡りに船とはこのことである。
(もう懲り懲りだ。褒美はこの際いらないからもうこれで手打ちにならないだろうか・・・。)
この休戦前が後に文禄の役と呼ばれるが、それに出兵した日ノ本軍の大名達はこう思った。嫌気がでたのだ。あれ程の境地立たされたのだから仕方がない。ただでさえ、自分の領地がもう数年家臣任せで荒れている。
だが、その願いは完全に打ち砕かれる。秀吉が講和を破棄したのだ。
(またか・・・。)
出兵した日ノ本軍はもうこの戦に希望はないことを悟っていた。前回の戦で、嫌ほど実体験しているからだ。底なし沼に出兵した大名達は嵌っていく。
秀吉の命で本当に渋々出兵した、日ノ本軍の士気は低かった。もう李氏朝鮮の領地は望めないからである。
そして今回もまた、海上権を取られてた。また、日ノ本からの兵糧補給が出来なくなったのだ。
現在の李氏朝鮮の民衆は、日ノ本軍を嫌い、兵糧を一切出さない。しかも、この戦からは戦費は実費になったのだ。
食うものもない。褒美もない。金が無くなることにより、今後日ノ本に帰国したら金の為に逆に自分の領地を減らされるやもしれない。これでは兵の指揮はあがらない。こんな最悪な気分で、大名達は必死に兵を鼓舞しながら戦をしたいるのだ。
以上のことにより民衆に会えない訳なのだが、この使者にはそれが分からない。事情を知らないこの使者を罵ることは出来る。せめて三成に状況を拝聴した方が良かった。だが、日ノ本は李氏朝鮮の出来事は情報封鎖しているので、三成はどの道あまり話せない。結局は現地に行った事も無い兵は、日ノ本から想像するか噂で判断するしかなかった。
(やっと到着したか。)
暫く歩いていくと、漸く釜山城に使者は、息を荒くしながらも到着した。釜山城の旧名は釜山鎮城であある。日ノ本軍が真っ先に、ここを攻め落とすと、この小山の頂上に日ノ本式の城を築城したのだ。これが釜山城である。小さい小山にあるが、中々の要害にある城である。
この時、偶然にもかなりの大名達が集結していた。今回は前回のことを教訓に、あまり前線が伸びずにいるのだ。だからか、よく武将間でここで会議をしているのだ。釜山城が最終防衛拠点だからである。その会議が偶々あって大名達がいるのだ。そのことを使者は城に入城するなり武装姿で仁王立ちしている門番にそれを聞きほくそえんだ。
(手間がかからんな。)
「この城にいる大名を直ぐに集めよ。石田治部少輔三成の使者が参り、伝令したいことがあるとな。」
「わ、分かりました。」
門内に入城して迎えにきた足軽頭に使者は高圧で威張りながら命じた。バタバタと慌てて城の各人に伝達していくのを想像すると気分がいい。
そして使者は大広間から数間離れた小部屋で使者は数少ない食料や水に少々不機嫌になりながらも食しながら出番を待つ。
(何の騒ぎだ・・・。)
釜山城にある部屋に、台に向かって座していた若い大名が眉を顰めた。先程から廊下からバタバタと人が慌しい足音を聞いているからだ。
その若い大名は読書をしていたのだろうか、本を台に置いている。部屋は李氏朝鮮だというのに、日ノ本風になっている。これは日ノ本を恋しいが為に全部屋そう造ってある。
その若い大名は見た目からしたら、将には向いていないのかもしれない。顔は細長く、身長は五尺五寸ぐらいだろうか、日ノ本の中では少々大きい。体も細いが肉はある。顔は少々女子っぽい。目は細く鼻は丸い。唇は小さく顎はシュっとしていて傷は無い。服は平服で質素なものだ。しかし、そんな身なりからは清々しい日光の匂いする、ただ者とは言い難い若者であった。
その若い大名の他にこの部屋に居たのは、若い大名の横にピタリと平服ながらどこか威圧感がある片足座りの男、若い大名と対面する形になって一人座してる平服ながら、こちらはただ者ではない雰囲気をもった筋肉質の男の三人だ。
若い大名はこの朝鮮の残暑に苛立っていた。その気晴らしになるかもっと読書をしていたのだが、その騒々しさに苛立ちがすっかりと忘れて気になった。
「見て参りましょうか。」
「いや・・・その必要はないようだ。」
対面している男の提案に若い大名は、多少だが眉の歪めを整えた後に笑いながら否定した。笑うと元服前の童子にも通じる幼さがある。
笑いながら若い大名は身なりを整えた。何かそうした方がいいっと若い大名の勘が働いたからである。その様子に他の二人も、自然と合わせた態度をした。
三人が手持ち無沙汰でいると、襖の前でその若い大名の近侍が襖越しにやって来た。その息が荒いのが襖越しでも判る程、ハアハアと言っていた。どうやら相当に急いでいたのだろうか、全力でここまで走ってきたようである。
「石田従五位下治部少輔三成様の使者なる人が大広間にて大事な伝令があるとのこと。直ちに集結されたしとのご命令がでました。」
「承知した。」
下がっていいっと若い大名が続けるとハッと近侍は返事をして下がる。部屋に緊張感が自然と出てくる。暑さに加えてか、若い大名の前にいる筋肉質の男は汗が吹き出てる。一方の若い大名とその横にいる男は涼しげだ。汗も出ていない。筋肉質の男は尋ねた。
「何の用でしょう。」
「さぁな。だが・・・。」
嫌な予感がするっと若い大名は言葉を切ると嫌な顔をした。この予感が当たらない方がいいのだが。そう思考すると、サッと顔を元に戻して若い大教は立ち上がった。そして横にいる男に言う。
「宗章、行くぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
無言で立ったその男は柳生五郎右衛門宗章という。この若い大名の警備をしている近侍である。
この若い大名の近侍であるこの男は様々な武者修行の果てにこの若い大名に仕えることになった。身長は六尺あり、柳生新陰流の剣術を使える剣術家で肉がついてて細くは無い。顔も厳つく武士らしい顔つきで右頬に三寸の切り傷らしきものがある。無口だが、ちゃんと話は出来る。
「では参ろうか、重元はここでまっておれ。」
そう筋肉質の男こと、松野平八重元に告げると若き大名こと、小早川中納言秀秋は宗章と部屋を出た。残された重元はこれは一大事になるやもしれないっと他の仲間を呼ぶ為に声をあげる。釜山城に風向きが変わる使者が到着した中、陽はただ慈悲に光っていた。
秀秋は思想する。自分の智謀を使って。だが、そんな秀秋は微妙な立場にいた。敵は身内にもいる秀秋の運命は・・・。
次回、転換!関ヶ原!第一章二節李氏朝鮮脱出『2 秀秋の立場』。
「さてさて、何の・・・・・・。」