第一章十一節 李氏朝鮮脱出
本当に申し訳ございませんでした。長々(約2年以上)も更新しませんでした。理由はあとがきにて。
では、これが歴史シミュレーションなのをお忘れなく。
11 家康、動く
石田三成が遂に、自ら家康討伐を決意したその時、同じく自分の屋敷に戻った家康は苛立っていた。正座したかの者は、いつもの苛立った癖で右手の親指を爪噛みが止まらない。その際には、本人も気にしだしている贅肉が震えていた。行灯の灯りが照らしているその姿は何処か滑稽だったが、部屋の雰囲気は鉛の如く重く冷え冷えとしていた。
「ええぃ、あの小童如きに・・・。この家康がああも言い返せんとは。・・・。」
憎憎しく口癖の如く言う家康。先程から同じ事を愚痴っているのを聞いてる、痩せ細った謀臣の本多正信は内心で、鉛の如く重いため息を吐いた。
今日の会議が終わってから晩飯をそこそこにして、家康は正信を呼んだ。そして先程から、三成の悪態を言い続けている。正信はそんな愚痴を一刻は拝聴している。ため息も胸中で吐きたくなるのは仕方があるまい。
無論だが、正信がそんな愚痴を聞きに呼ばれた訳がない。だから愛想良く頷く訳でもなく、ただただコックリコックリっと居眠りがちに聞いていた。しかし、内容はしっかりと耳に入れている。
(大殿の本性が丸出しだわ。)
家康の愚痴を聞いてる正信は、家康のあることを危惧していた。世間では家康は、何事も待つのが当たり前っという気長体質風潮があるが、正信からしたらそれは違うと断言が出来る。
それは当たっており、本当の家康は短気である。だが家康は、若いときに今川家に人質時代があった。我が儘を許される環境でない生活を送ってきたからこそ、家康はある程度の我慢出来るだけだ。しかもそれは、こちらに必ず利がある場合のみだ。だから秀吉の死、信長の無茶難題などなども耐えた。そこに利があるのを確信していたから・・・。
だが今回も確かに待てばいいかも知れないが、あまり待つ必要性が薄い。それに家康に重みになる人物がいない。秀吉、信長、武田信玄などの名将はもうこの世にはいない。
現在では、自分こそ天下一の実力者だと自負している。ある意味ではこれは傲慢かも知れないが、世論ですらもそう思っているのだから仕方ないことだ。
(焦らずにいけばいいのだが・・・。)
正信はそう思いながら、コクコクっと首を面白可笑しくただ動かした.
「ちっ・・・。」
正信がそう思想している刹那、家康が舌打ちをした。正信全く聞いてないことにいい加減、家康が苛立ったからだ。家康からしたら、ああまで苛立ったのは近頃なかった。秀吉の死や世間の評価。更には大阪城の事実上の伏見城占拠っとこれまでいいこと尽くめだった。
人というものは、いや権力者というものは、いいことばかりだと嫌なことには、機敏に過度に嫌がる。家康もその気分だった。
だが、正信はそんな家康舌打ちをされても、全く居眠りをしていて起きない。それがいつもの阿吽の呼吸だからだ。
正信からしたら、甘い蜜ばかりだったのも毒だと感じた。最近、何事も上手くいきすぎる。策略家っとして、家康を諌言するには丁度良い材料だった。それが劇薬になっても・・・。
家康は正信に重い口調で告げる。
「正信、予定を早めるぞ。」
(やっぱり・・・。)
家康の一言に、正信は家康の思考が容易に読めた。劇薬になるのを避けたかったが、その可能性は一気に高くなった。
家康の気持ちこそ理解は出来るが、正信は胸中でため息を吐いた。ここで下手に動いたら、家康の今までの地位や名誉は失いかねない。
徳川家の地位は、微妙な所にある。都から離れているが、関東250万石以上の大大名。家臣も有能で、兵も強いと評判の三河兵だ。だが豊臣家からは、常に警戒されている。
それこそ、ここは我慢をすべきでだと胸中ではあった。
「では、如何しましょうか。」
しかし、正信は胸中とは逆の言葉を発した。その顔はやや呆れたように歪んだ。
正信は元々、家康が幼き頃から仕えた男だ。一時的だが徳川家から出奔したものの、家康の癖や性格を家臣一詳しい。その点では本人の家康よりも熟知している。
その正信は、ここで反対しても家康はそれを受け入れる訳が無いと確信していた。そればかりか、ここで反対したら臍を曲げる。
ならばこその発言であった。正信は仕方なしっと前向きに次の言葉を待った。
「諸侯の策謀、汝に任せる故にまとめた報告を近いうちにせよ。」
「はっ。」
正信は承知したものの、おやっと感じた。当の本人は、家康から過激な命を命じられるかと思っていたからだ。諸侯を友好を深めよとか・・・。これで劇薬にはならなかったっと正信は胸を撫で下ろした。
しかし家康からしたら、確かに三成に憤怒してても頭脳はまだ冷静だ。もしここで自分が強引に動けば、また色々と煩くなるのは必死だ。ここは待つのが利っだと・・・。無論、渋々なのだが・・・。
だからこそまずは、近頃してた策略を一通りまとめる。そして次の一手を打つ。着実に慎重らしい家康の命だった。
(まだ早い、だがこの後はじっくりと料理してやる。そう・・・じっくりとな。)
家康は現在一人である。居た正信は、この空間から既に退出させた。正信自身もそれにすぐ従った。報告をまとめる為である。
既に正信は、何人かの諸侯大名と密談をしていた。無論だが、家康の指示である。そのことも報告とあると、すぐには出来ないから何も異論なく退出したのだ。
家康は一人で酒をぐいっと飲みながら、動くであろうを三成を想像した。今日の会議で、必ずや三成は動くと確信した。あの三成の怜悧な顔に、不快感と怒りが隠せなかったのを見た。そこは、会議でもしっかりと家康は、冷徹に物事を判断できた。
(後少し、後少しで・・・。)
その後を想像した家康は、にんまりと口を歪めた。体からはアルコールとは別に、高揚したからか汗が出た。季節は冬に近いが、今の家康はまるで無縁である。
寒さの風が、僅かに行灯の灯が当たる中、家康は女を呼んだ。自らの高揚感を発散させる為である。既に頭には、三成の怒りはサッパリ消去していた。
改めて謝罪します。申し訳御座いませんでした。
ここ約二年は、就職して環境に馴染むのと、サービス業特有の不定期休暇で気力体力がありませんでした。
元々、つい最近にログインしました。この作品を消去する為に・・・。どうせもう読まれてないだろうっと思ってたら、本当に少ないですが、まだ読者様が読まれてました。
ここで消去したら・・・。そう考えて、何とか更新しました。汚い文、誤字、短い、話しが進んでない・・・すいません、予め謝罪します。誤字等々は報告されたら、なるべく早く直させていただきます。
ここでお知らせ。
次回の更新から、かなり不定期になります。
あとがきに次回予告をなくします。内容は作者の愚痴?等々にします。
サブタイトルを変更します。現在だと『第一章 李氏朝鮮の脱出』は判断しにくい為。
外史や間章を不定期にします。なので次の更新が外史・間章とは限りません。
以上です。
この冬での風邪は極悪ですから、お気を付けて。ではまたの物語でお会いしましょう。