第一章十節 李氏朝鮮脱出
歴史転換です・・・。どうも私情が・・・っと言い訳はしません。ただ暫くは更新の度合いが分からない状況なのでご理解下さい。
ではこれが歴史シミュレーションなのをお忘れなく。
10 三成の決意
「ええい。あの糞古狸が。」
憤怒しながら、そう悪態を言うのは石田三成だ。その神経質な顔は、怒りで真っ赤に染まっている。青の平服を座しながらも、ブルブル怒りで震わせているのが見て分かる。その様子から三成は、かなり怒りで体を支配されているようだった。
「殿、もう少しお静かに・・・。」
「む、そんなに大きかったか清興。」
その悪態を言う大きさが気になってか、対面して座している石田家の筆頭家老である島清興が、三成に向かって諌言した。顔も発言の過激さに青ざめている。そして襖などに気配を探った。そして無いっと分かると、ホッとした顔になり、青の平服越しに胸を撫で下ろした。
現在、大阪城は夜の闇に包まれている。この日ノ本一豪華で、これ程の要塞はないと言われる大阪城も、夜の闇には勝てない。なので、かなり地味になっている。
しかし城下町の住民は、まだまだ騒ぎ立てている。亡き豊臣秀吉がお祭り好きもあってか、ここの城下町は簡単には地味にならない。闇に抵抗するように住民たちは、持っている行灯や松明や提灯に灯とかけて、明かりを灯す。そして住民たちは互いに助け合うことによって、その闇に人は打ち勝とうと騒いでいる。その点では人というのは、抗う生き物だがあまり意味がないことをしておるとも言えよう。
先の尋問が終わってから三成は、直ちに家老達に命じさせた。出発の準備である。無論だが、行き先は博多である。九州の北端にある博多は、三成の体では一月程度ぐらいの月日をかける。だから直ちに命じて、明日にでも出立を考えての行動であった。
そして夜には、出立の準備は完了した。この準備とは、何も持ち物などだけではない。行き先の宿屋や、船の移動を考えているのでその手配。また博多には早馬で、豪商に書状を渡すことによっての場所の確保。更に李氏朝鮮の日ノ本の戦前基地、肥前の名護屋城にも向かう予定なのでその手配。等等、三成はこの手筈を家老達や下人が用意してる中に全て終わらした。武勇はからっきしないが、こういう手筈で、三成に勝利出来るのはそうはいないだろう。
明日の出立に向けて三成は、夜になって最も信頼している家臣である清興を部屋に呼んだ。これは出立などの準備に関する最終確認の為である。これについてはあっさりとことが進んだ。特に問題はなかったからである。
だがその話しが終わると、三成は先の尋問に愚痴を言い始めた。その暗き言い様に、部屋が若干暗いぐらいの明るさとあっている。ジリジリッと行灯の灯が、その暗き雰囲気を何とか盛り上げようとしてはいるのだが・・・。
三成の愚痴は主に仕事が多すぎるっとの内容であった。だがこれは的を得てる。三成は豊臣家重鎮の中では、最も忙しく働いているっと言ってもいい。秀吉の死後の後始末、稲の収穫状況の把握などのことを殆ど一人でこなした。三成は自分が、五奉行の中で一の才覚があると自負している。いや傲慢にも他は役立たずだと感じていた。だから一人でやった方が早いっと三成の合理主義が躍起になってやった。それが早く効率が良いっと信じて。
だがこれには流石に、三成自身の無理が生じ始めていた。確かに三成は、五奉行の中では一の才覚はある。しかし無理が祟ってか効率は下がったし、尋問では問題点も指摘された。
更に石田家の領地も最近では、家老達にかかりっきりで三成は全く見ていない。三成からしたら、自分の領地なのだから自分で管理したい。それも出来ない程に三成は忙しいのだ。
そして三成は愚痴が一通り終わると、今度は憤怒しながら吐き捨てるように、ある人物を批判し始めた。古狸っと悪態を言われているその人物、徳川家康にである。
元々三成は、この家康の野心と陰険さに警戒していた。家康は必ず天下を取る為に動くっと。だから何かと三成は、家康に対して難癖をつけた。それによって、家康の力の源である領地を減封しようと目論んだのだ。この点は、亡き秀吉も実は狙ってはいた。
だが家康は秀吉が存命中は、表では忠臣その者であった。だから難癖も難なくかわし、家康の領地は全く減らすことは出来なかった。
そして秀吉死後に、三成は嫌々だったが暗殺を召抱えている忍びに命じた。これに唯一事情を話した清興が反対したが、三成はそれを黙らせて実行させた。暗殺なぞ汚いやり方は、三成自身も嫌悪している。だが三成は私情を抑えて、豊臣家の癌を取り除こうとしたのだ。
だがこれには家康が察知して、暗殺は未遂に終わってしまった。これを聞いた三成は忍びに怒りを当てたが、これは仕方なかった。家康は伊賀の忍びであり、長年召抱えてるだけあっての実力がある。三成の忍びは流れ者であり、中途半端な実力であった。しかも人数も圧倒的に少なかった。なので暗殺なんて、とてもじゃないが不可能なのだ。
さて三成の家康に対する批判は壮絶だった。もしこれが他人に聞かれたら、間違いなく三成の立場はグラつくだろう。三成は自分に当てられた、大阪城の本殿にある一角の部屋だから気が緩んだのだろう、あまり批判に対する遠慮はなかった。だから清興はこれを半ば慌てて諌言したのだ。
この清興は、三成の為なら死ねる忠臣である。嘗ては当時、大和を支配していた筒井定次に仕えていた。しかし清興は、この主君と仲が悪かった。それこそ現在の文治派と武断派と同じぐらい、この二人の仲は悪かった。なので清興は出奔した。
その際に秀吉の弟である亡き秀長などを経て、現在の三成の下で落ち着いた。この際に一五九二年のことであり、二万石と家中一の筆頭家老になった。この恩義に清興は感動し、三成の手足となっているのだ。その三成がこんな批判で危うくなるのは、清興は阻止するのは当然であった。
その清興、三成の忠誠心は狂気染みてるっと言ってもいい。だがそれとは別に、その筆頭家老にして兵法家として名高い清興は、冷徹に三成を評価していた。三成は天下を担う能力は問題ない。しかし人としては欠陥があり、頂点に立つ器ではないっと。そこは流石は清興であり、その目はどんな贔屓でも容赦はなかった。
その清興だが今、一番の危惧していることがある。それがこの三成が、家康に対する怒りが尋常ではないことである。三成が、家康の暗殺を命じたことを唯一知った清興は驚愕した。あの馬鹿正直の三成がやる戦法ではないからだ。その時は無論だが諌言をしたが、三成は全く聞き入れなかった。
その三成が今度は、何かとんでもないことをやりそうな気がした。それも滅茶苦茶で危険な発言と決意を言いそうで・・・。そう思考すると、背中から嫌な汗が染み出た。
「決めたぞ。」
批判していた三成が、突如に言葉内容が変わった。その顔を見ると、憤怒からではなく興奮で赤らめているのを清興は分かった。清興は何か頭がガンガンし始めた。汗も背中だけでなく、体中から染みで始めた。夏でもないのにである。それは本能的に何かの警告を、清興の体でしていたのだ。
「清興、私は決めた。これはしなければ豊臣家の繁栄はない。」
「・・・・・・。」
清興は何か言おうとしたが、三成の鬼気迫る気迫に沈黙した。だが清興は、嫌な予感が止まらない。三成の発言に集中してか、固唾を呑んで黙る。だが体は若干だが震えていた。
暫しの間、行灯の灯の微かな灯音が支配した。三成はその重き雰囲気の中、静かにだが確かな口調で清興に宣言した。
「家康、いやあの古狸をこの手で討つ。この手でだ。」
三成は言い終わると、ニヤリっと笑みを口元だけ浮かべた。他の顔の部分は、真剣そのものである。三成は真剣に家康、いや徳川家を潰そうっと宣言した。
清興は発言終了後の暫しの間、口をアングリっと開けたまま唖然とした。この主は何と法螺を吹いたのだろうか。馬鹿馬鹿しいのも程があるっと清興は第一印象に感じた。徳川家と石田家は、十倍以上の領地がかけ離れている。それに豊臣家の地位や朝廷の官位も、家康の方が上を行く。また両者の人柄は兎も角、能力も家康の方が格段に上だ。
だから清興は唖然としたのだ。どう思考しても、現段階で戦をして勝てる訳がなかった。そこはいくら贔屓しても、清興はそう判断せざる得なかった。
「無謀にも程がありますぞ。殿、そのような世迷言はお止め下さい。」
「ええい。煩いぞ清興。私はもう決めたのだ。あの古狸を討つ。」
顔が青ざめながらの清興の諌言も、興奮状態で真っ赤にした顔をした三成には全く無意味であった。ハァーっと深いため息を吐く清興に、三成は不快そうに見た。不快なのは、この重鎮の同意が得られないかったからだ。
清興も賭け引き抜きの心情ならば、家康討伐は賛成だった。あの得体の知れない家康を野放しにすれば、主君だけでなく豊臣家の明日はないだろうっと感じてたからだ。
だが清興のそんな自己の心情は後回しである。今は、この暴走している三成を諌言しなければならない。あまりに無謀な内容に、筆頭家老であり兵法家とて反対せざる得なかった。
その後何度も清興は諌言したが、三成は全く聞き入れなかった。寧ろ三成は、清興の態度に苛立って罵ったりしている。その感情は三成にはある意味では珍しい。常に冷静沈着を重んじている三成は、今は感情に任せて行動しているからだ。
フッと諌言していた清興は思った。ここまで頑なに家康を討つっと宣言している三成は、果たして勝算はあるのだろうかっと。もしかして、徳川家討伐に対しての策略があるのかも知れない。ならば、その策があるかを聞く必要があった。
「殿、何か策でもあるのですか。」
「ない。」
はっきりと断言する三成に、清興は呆れ果てた。聞くんじゃなかったっと心中で思った。三成は感情でただこう宣言したかったと、清興はこれで三成の心情が分かった。
「だが私が挙兵したら、豊臣家の忠義にある者達が味方になる。そうなればあの古狸如き、この三成の敵ではないわ。」
うんうんっと満足そうに頷く三成。そんな自己陶酔している様子に、左近は舌打ちをしたくなった。それは三成の思考内容は、全く当てにならないことを清興は認知しているからだ。
三成の評価はかなり悪い。三成が豊臣家を背景に、露骨に権力を振り回す姿を見ているからだ。その傲慢で冷徹で欲深い三成は、ある意味では現在の三成が思う家康以上の不快感を持たれている。多くの大名達がこの三成を批判したく思っていたが、反抗した者は三成は容赦がなかった。このことも、三成の人気を下げる要因であった。
清興は挙兵したら味方になる大名を思考してみた。その三成に味方をする者は、五大老の上杉景勝と宇喜多秀家、それに親友の大谷従五位下刑部少輔吉継に婚姻関係のある真田従五位下安房守昌幸ぐらいしか清興の頭の中には浮かばなかった。
この者達は三成に感情的に、好意に受け止められている者達だ。この者達ならば三成の挙兵の際に、必ず手助けはしよう。その顔触れも全ての人が有名で、決して悪くはない。
吉継は亡き秀吉に百万の兵を任せてもいいっという称された勇将だし、昌幸はその老獪な頭は家康を超えるっと称された智将だ。
特に昌幸は一回、徳川家と戦をして勝利している。一五八五年に家康はこの真田攻めに7千あまりの兵で攻めた。この時は圧倒的に不利だった昌幸は、たった二千の兵で上田城に篭城。これを見事追い払ってみせた。だから家康は、この真田家は毛嫌いしている。この昌幸が仲間になれば、家康も不安がるだろう。
だがこの顔触れ以外は、特に仲がいい者が居る訳ではない。それに五大老は兎も角、吉継は越前敦賀五万石、昌幸は信濃上田三万八千石っと大名としては小さい家だ。四家の石を合わせると百八十五万八千石である。これに石田家を加えても辛うじて、二百万石を超える。
五家を合わせても、徳川家の総石高に超えていない総石高である。それにもし三成が挙兵したら、家康に味方する大名達が現れよう。そうなれば、二百万石なぞ簡単に握り潰される恐れがある。現段階では挙兵なぞ夢のまた夢であるっと清興は計算した。
「策が無ければ無謀です。それに無闇な挙兵は私闘になります。私闘は現在は禁じているので、お止め下さい。」
「ふん。挙兵の大儀などはいくらでもなるわ。」
「殿・・・。」
「味方になる大名の工作は私がやる。お前は戦術を考えろ。ああ条件として、野戦で堂々と戦して勝ちたいからそれを念頭に入れろよ。」
清興はまた無茶を言われた。今度は体もその発言の重さに震えた。だが三成は茶を頼むが如く、清興に簡単に言ってのけた。三成からしたら当たり前なことだ。自分に戦の才能がないっと三成は感じていた。なので石田家一の兵法家である清興に任せたのだ。
しかし徳川家は野戦の強さは、日ノ本でも指折りの強さであった。現に秀吉生存中の豊臣家と対峙してた時の小牧・長久手の戦では、徳川家は三倍近くの敵を圧倒した。このことが徳川家の最大の強みでもある。秀吉ですら、家康の野戦に歯が立たなかった。
それに昌幸もあくまで篭城戦であり、決して野戦に持ち込もうとしなかった。その徳川家と野戦で勝つのは厳しい内容である。
それに戦術も考えるとは面倒なことだ。何でかというと、味方がまだ不確定であるからだ。頭数すら分からないのでは、戦術は立てられない。
(だがここで拒否したら・・・。)
「分かりました。不肖、この清興。徳川家打倒の戦術を考えてみせます。」
清興に反論は許されなかった。三成の性格を熟知しているからだ。三成は臍を曲げたら、簡単に戻らない性質だ。そして臍を曲げたら最後、その者をあまり信頼しなくなる。それだけは清興は避けたかったので、渋々だが承知せざる得なかった。
青ざめながらも頷く清興に、三成は満足そうに横柄に頷いた。
「おお・・・。清興。やってくれると信じてたわ。」
「ただし、戦術関係は確実に味方になる大名が決まり次第っということで。」
「・・・分かった。そこはお前に一任する。お前はここの大阪城に留守番として残すから、その間はよくよく思考してくれよ。」
三成の言葉に、清興は頷いた。三成は清興に任せたい以上、戦術関係に口出すつもりはないからだ。
こうして、三成は家康、いや徳川家を討伐する為に動き始めた。だがそのことを一番望んでいたのはその家康だというのは、二人は全く気付かなかった。
三成が決意してた丁度その頃、また家康も激怒していた。
次回、転換!関ヶ原! 第一章十一節 李氏朝鮮脱出
『11 家康の予想』「三成めは・・・」