第一章七節 李氏朝鮮脱出
これが歴史シミュレーションなのをお忘れないようにお願いします。
7 陸総大将 小早川秀秋
軍議が終わり、各大名達は釜山城の部屋に戻っていた。カーカーっと烏が鳴いて夕日到来を待ち侘びてるようである。その願いももう直ぐ叶うのである。現に、陽が斜めになって、地に向かって移動しているからである。今日は少々風が強いらしく、ピューピューっと外を我が物顔で吹き荒らしていた。
そんな中、部屋にいる小早川秀秋は一人、襖に尻を向け、部屋の中央で座しながら思考していた。腕を組み、目を閉じている様は、真剣そのものである。秀秋は早めの晩飯を、既に平らげている。そして、今日は思考したいことがあるっといって家老達にも、部屋から遠ざけている。悶々と思考の度に秀秋の顔は、百面相にしながら思考していた。そこだけは、夕方の涼しさは全く感じられない空間を醸し出していた。
秀秋の思考内容は、陸総大将の就任についてである。どうあっても自分が陸総大将になるには、少々力量不足に感じるからだ。しかし、かの者は一時的に李氏朝鮮の現地総大将であった男である。経歴からすると矛盾している。
だが、秀秋はそこは全く気付かない。本気で力量不足は感じているのだ。だから、このような大事な役職は無理だと思った。
それに、秀秋はこれだけで思考していなかった。寧ろ、力量不足も感じたが、これは悩みの本命ではない。この悩みの本命は秀秋にとって深刻だった。
(我が軍は問題が多すぎる。兵の量も質も、先代の義父上と違って、著しく低下している。)
秀秋はそう思って苦悩する。これが、現在も秀秋が一番悩まされてる深刻な事項だ。
大体秀秋の小早川家の総兵力は、皆は一万近いっと言われる。これは筑前一国と、筑後・肥前の一部で三十万七千石ある領地から計算されたものだ。だが、それは机上の計算であって建前だ。実情はたった七千の兵しかいない。このことは名簿の報告を日ノ本に居る大名達が領地だけを参考に、皆に報告してるからここの大名達は知らない。
しかもである。この他にも重要な欠陥が小早川家にあるのだ。それは、秀秋の小早川家には、上の者が決定的に少ないのだ。
ハッキリ言うと、秀秋の小早川家は戦をしなくとも満身創痍であった。秀秋が統率してなかったら、秀秋の小早川家は既に破綻してただろう。
秀秋の小早川家の危機は、ちゃんとした訳がある。それは秀秋が敬愛してた、義父の小早川隆景の死去にある。
この死去に対して、秀秋についてた家臣団達が反乱を起こしたのだ。これは大きく言い過ぎた。事実をいうと大量出奔してしまったのだ。
出奔した家臣団たちは、秀秋に見切りを付けたのである。その中には当時の秀秋の近衛兵取締役であった岩見重太郎や当時の三大家老の一人であった山口宗永、その息子である修弘親子。家老であった曽祢高光、村山越中などの高名な者が多くいた。隆景がいてこその秀秋、かの者達はそういって出奔してしまったのだ。
ただでさえ鵜飼元辰等、隆景の元に始めからいた大半の武将達は隆景の隠居後、秀秋を嫌い毛利家に移籍していて武将数が足りていない。隆景からの武将は数少ない者として、現在の秀秋の近衛兵取締役などを勤める清水景治が残ったぐらいである。
隆景は秀秋が自由の動けるようにと、旧臣な武将達を積極的に本家である毛利家に移籍させた。これは秀秋が養子した際、目付け家老や武将が自由に動けるようにとの配慮であった。まさに、完全に裏目に出てしまったのだ。
現在の秀秋の小早川家は、筆頭家老の稲葉正成を中心にして、家中を必死にまとめている。だが、いくら正成が優秀でも限度がある。何せ上の者の人不足なのだから、仕方がないことだった。
解決法は結構簡単だ。上の者の人手不足ならば、下の者をあげればいい。しかし、こればかりは情だけではなく、能力がある程度は必須となる。無闇に下の者を無作為に出世さてしまうと、家全体の均衡が危うくなる。だが、上の者が少ないと、家の指令系統が上手く機能しない。
小早川家の兵は確かに勇猛であり、強い。兵の強さは、先代であった義父の隆景の時代と一切変わらない。しかし、家の兵が強くとも、指揮系統が機能してなければ宝の持ち腐れである。
確かに秀秋は、李氏朝鮮で孤立してる小西行長等の救出はしたい。だが、その一角の総大将になると話は別である。李氏朝鮮の現地総大将の時もそうだが、自分が総大将の役割が合わないっと、秀秋は常々と感じていた。大体、秀秋の小早川家の役割が、この総大将という方針に全く沿わないのだ。
秀秋の小早川家の大方針は、ズバリ『毛利家第一主義』である。元々は、隆景も養子で小早川家の当主になったのだ。その養子元が中国地方にある毛利家であり、現五大老の毛利従三位中納言輝元を守護するのが役割なのだ。
この輝元は、大変優柔不断な性格であり器量も欠けた男だ。また以外に短慮な所や我が侭な一面もあり百二十万五千石には、身分不相応な男である。この孫を持った祖父の智将、毛利元就が将来を危惧。養子にだした子等に輝元を第一とし全力で助けることっと懇願したこと。
これによって、養子に出された家は方針が決まった。だから例えば、吉川家も別家の小早川秀包の小早川家などもこれを家訓にしている。
現に、隆景が死の直前になって、秀秋に毛利家を頼むっと遺言を残している。敬愛している義父の隆景の遺言を、秀秋が違える訳はない。だから秀秋の大方針はこの毛利家第一主義である。
小早川家の大方針と家臣団の実力低下。更に秀秋は、自身の能力不足を感じている。これらが秀秋の総大将ではいけないっと、感じている足掛けなのだ。
だが、事態はそれを全く無視している。まさかの秀秋の推薦からあれよあれよで、秀秋は行長等の救出の陸地総大将になってしまった。
苦悩して思考してる秀秋は、トコトコっと足音がした。因みに出入り口の襖は部屋と廊下の分かれ目である。だから、人の足音は先程から絶え間なくしている。
だが、この足音は秀秋はよく知っているものだった。その足音を聞いた秀秋は訝しく思ったが、さっと思考を一時停止させた。その好機に合わせて、その足音を奏でる者が出入り口の襖の前に来た。
「殿、宜しいですかな。」
そこには右筆の村上吉正が、廊下の床に片足立ち座りをしながら、秀秋に向かって襖越しに声をかけた。襖越しなので、秀秋からは吉正の表情は分からないが、多分いつもの嫌に笑っているのだろう。何故なら、少し陰気が入った口調であった。
秀秋からしたら、足音で指定した者通りであった。陰気な感じを感じ取った秀秋は、緊急的な要件ではないっと思った。だが、それでは吉正は家臣達を遠ざけた秀秋の意向に背くことになる。
秀秋は体勢を襖に向けると、若干苛立って襖越しの吉正を睨みつける。意図が分からないからだ。この睨みは吉正も感知したが、これ程度ではビクともしない。
チッと舌打ちした秀秋は睨みながらも、吉正に苛立ちながら尋ねた。
「なんだ。」
「立花殿が是非面会したいとの申し出があったので、お連れします。」
吉正のまさかの発言に、秀秋は一瞬だけビクッと体を震わした。まさかここで立花宗茂の名を聞くとは夢にも思わなかったのである。
しかし吉正はこれを勝手な決定した。それ言動で分かるが、一家臣で右筆が決めていい事案ではない。だが、吉正は秀秋がそれを望むことを確信しての行動だ。秀秋の心中を察しての行動こそが、吉正の右筆としての真骨頂だ。
「分かった。」
案の定、秀秋は苦々しくだがこれを許した。この許しを聞いた吉正は、暫しお待ちをっと言うとさっと襖の前から姿を消した。
秀秋はこの悩みの種を蒔いた、張本人に事情を聞いた方が解決が早い。だからこそ許可したのだ。それにしてもっと秀秋は思った。
(あ奴は、この私の心理や状況を良く読みやがる。ああいう所は、家臣達の中では一番だな。)
吉正に苦々しく思った秀秋だったが、それは自分の心理を簡単に読んでいることである。だが一方ではこれぐらいはしないと、自分の右筆にはなれないことは秀秋は思っていた。
今回、吉正の機転でまもなくここに来る宗茂だが、心中が謎である。確かに、前日っといっていいかは分からないが、宴で少しは仲が良くはなった。だが、交流はたったそれだけである。どう思考してもまさか推薦する程の仲でもない。他にも候補にが福島正則や細川忠興などの実績のある猛将はいる。
思考しながらも秀秋は、体を動かして部屋を準備した。このままでは、来客を呼べる状況ではないからである。こういうのは普段は近侍などがするのだが、秀秋は思考する為に遠ざけている。だから近くに秀秋以外に誰もいないのだ。
秀秋は座布団を敷いたり、明かりが不足するといけないから行灯に灯をつけたりした。秀秋は更に、塵などの掃除も簡単にだが、真面目にキチンとした。その姿は大名とは、全くかけ離れた姿であった。
秀秋は夕方が近くなったことで、涼しくなっている部屋を気にした。秀秋は大体掃除が終わると、隅にある箱に向かった。その箱は小さい箱で一尺五寸(約四十五センチ)の大きさで正方形ある。奥行きは七寸(約二十一センチ)ある。そしてその箱の中には、底には灰があって、その上に四本ほど炭があった。それは囲炉裏代わりの箱であった。
秀秋はその箱で暖を取ろうとしたのだ。現に、ちり紙などのゴミをその箱に入れた。炭に火が伝わる手伝いをさせる為である。秀秋は、行灯でも灯を点けた火打石を持っていた。そして、箱に向かって屈むと、ちり紙に向かってカチカチっと鳴らす。
そうするとチリチリッと、ちり紙が燃え出した。大いに燃え上がったちり紙は、未来の火を炭に託すように燃えている。そのちり紙の情熱に炭も答えたのか、紅く静かに燃え始めた。その火を見届けるように、ちり紙は天に還って逝った。
秀秋は部屋の準備完了後、座布団の上で座していて精神統一をして気を落ち着かせた。もうすぐで来るであろう宗茂に対応する為だ。秀秋には聞きたいことはいっぱいある。だが、相手は目上の人間であり、興奮すれば失礼が出るかも知れない。だから、秀秋は高まる血潮を押さえるのに、精神統一をしたのだ。
秀秋が落ち着いた丁度その時、宗茂が襖を開けて会釈をしながら入室してきた。その時に涼しい風も共に入って来たが、この男が外から運んできたのか、雰囲気から醸し出してるのかは分からない。だが、少々暖が強かったのか暑い空気を冷やすのには、十分な涼しい風であった。
秀秋がフッとこの風に酔う内に、宗茂は失礼っといい秀秋と対面する形に座した。宗茂のその青い平服が、涼しき風と共に良く似合う。悶々と苦悩していた秀秋の青い平服とは違う。同じなのに全く違う印象を与える青が睨みあっていた。
二人が向かえ会って座したその時、宗茂を案内した吉正がごゆっくりっと言って襖を閉めた。二人はこうして、対峙しての話し合いが始まった。
暫しの間は、二人とも障りのない話をした。話の間、暖の暑さからなのかは分からないが、互いの額には汗が出ている。障りない話は互いの牽制球でもあったが、前置きっという形の礼法でもあった。最近の釜山の天気などと言う二人は、何処かぎこちない口調の会話だった。それは互いに警戒感や緊張感がある。だが、この緊張感は主に秀秋が出しているもので、それを宗茂が解そうとしている。だから二人は、本題に入らずに障りのない話に躊躇してるのだ。
(いい加減聞くか。)
「立花殿。一つ質問があるのですが・・・。」
秀秋はそんな宗茂の心遣いを気づいた。秀秋にとっては大変有難かった。おかげで過度な緊張感もなくなり、いい緊張感になっている。額の嫌な汗も先程は気になったが、今ではそれ程気にならなかった。
いい緊張感だし、そろそろ頃合だと秀秋は感知して質問した。ググッと体勢を向かい合ってる宗茂に向かって前のめりにして、宗茂の言葉を一言たりとも聞き逃さないように真剣な顔つきである。
ジリジリッと行灯と囲炉裏擬きの火の音が協奏曲を奏でている。その音だけが、この秀秋の部屋の音全てを支配した。いい音色ではあるが、少々情熱過ぎなのか、部屋の空気も熱くなっている。その空気は情熱的な音色に対して、無言で演奏に喝采している如くである。だからこそ、空気も音色と共に熱くなるのだった。
宗茂は秀秋に対して頷いた。秀秋の質問内容は、宗茂は既に承知している。寧ろ、そも理由を言いに秀秋の部屋を尋ねたのだ。大方それを苦悩してることを、宗茂は敏感に察知していた。前日の宴で、秀秋の性格などは宗茂は大体、目聡く把握していたからである。この男ぐらいの名将ならば当然なのかも知れない。
「推薦の理由であろう。」
「左様です。」
「理由は、単純にいえば小早川家がいいっと思ったからだ。だが、これは他の者達に対しての理由だ。個人的な理由を申せば、小早川家だけでなく、貴殿の可能性を信じたくなった。」
「可能性・・・。」
宗茂の言葉をジッと聞いてた秀秋だった、宗茂の可能性の言葉に秀秋はかなり困惑した。小早川家ならばまだ理由は分かる。小早川家の内情を知るのは極僅かであり、極秘に隠蔽しているからだ。だから、かの者が知る訳がない。
だが宗茂の個人的理由である、秀秋の可能性には推薦理由としては希薄だ。秀秋は困惑を隠そうともしない表情をしている。それを見ている宗茂は、その困惑を取り除こうと穏和な顔をして、理由を告げる。
「左様。貴殿が・・・」
「失礼。今、島津殿が面会を希望されてます。しかも同伴をですが、お連れしますか。」
折角、宗茂が理由を言おうとした瞬間に邪魔が入った。チッと宗茂は不快感を隠そうともせずに舌打ちをした。ここが、宗茂にとっては正念場だったからだ。ここで、宗茂が理由を言って、秀秋に感激される。そして、強固な信頼関係を結ぶ計画が台無しになったのだ。宗茂は理由を言うのと、秀秋の完全な友情を勝ち取る為にここまで来たのだ。
一方の秀秋は困惑が更に深まった。頭の中では軽い混乱もしていた。あまりに宗茂に集中してたのか、声をかけた吉正にも先程は足音で判断出来たのに、今回は襖越しに声をかけられるまで一切気付かなかった。
吉正はそんな二人の異様な雰囲気を察したのだろうか、一呼吸置いてから話し始めた。島津義弘が吉正の居る控えの間に訪れて、面会を強く希望してるっと告げた。
流石に今回は、吉正は困惑したし判断出来かねたので尋ねに来たのだ。襖越しの声も話し合いを中断させた思いからか、少々申し訳ない気持ちが出ている。
「んー。」
「某は別に同伴でも構わないが・・・。」
「分かりました。早急にお連れしろ。」
秀秋は宗茂に、どうしようかと尋ねようとする前に返答された。秀秋は宗茂からの了承を得たので同伴するのを認められたと思い、吉正に命じたのだ。暫し間、二人は無言で待った。会話が途切れ方が悪かったので、ぎこちない雰囲気が支配していたからだ。心なしか、先程からの火の協奏曲も休憩になったようで、部屋の空気も冷たくなっていた。
そんな冷え冷えとした空気の中で、襖が開いた。
「いやいや・・・。失礼失礼。んっ、おや立花殿もいるのか。」
「どうも・・・。」
義弘は悪びれた様子は一切見せずに、ドカリとそっけなく会釈した宗茂の出入り口隣に座した。秀秋が既に、そこに座布団を敷いているからだ。吉正は義弘を入れると、早々と襖を閉めた。
義弘は宗茂がいることを知っておきながら、宗茂を見てシャアシャアっと空惚けた。その姿は李氏朝鮮の日ノ本軍の中で、一番老いてる大名だったので合ってはいた。因みに義弘の年齢は六十三歳である。
隣に座された宗茂は同伴に許可はしたものの、顔は微妙に歪んでいる。どうやらそのゆがんだ顔には、話し合いの邪魔した不快感だけではないようである。実は元々、二人には因縁があり仲が疎遠なのだ。
宗茂は元の主君が大友家であり、島津家とは長年敵対していた。更に、実父の高橋紹運は島津家に討たれた。いくら義が厚い宗茂でも、簡単に割り切れるものではない。豊臣家に両方が仕えても、両方の仲は一向に改善しない。無論だがこのように、少人数での顔合わせは初である。それ程、両方の仲が疎遠なのだ。
義弘は秀秋に、無論だが会いに来た。理由は、宗茂と寄寓にも同じである。意気揚々と控えの間にいた、吉正に秀秋の取り次ぎを依頼した。
だが、先に宗茂が秀秋との面会をしていた。義弘はそれを聞くと、強引に吉正に面会を頼み込んでここに居るのだ。秀秋との人脈を取るのは無論、立花家との関係を修復するにはいい機会である。義弘にとっては一石二鳥であった。
一方の宗茂は、折角の話し合いの最中での同伴は嫌である。特にあの因縁深い、島津家の者とである。だが、折角の秀秋との仲が決定的に良くなる好機である。宗茂は、秀秋と仲を良くしたい好機と島津家の同伴を天秤にかけた。そして、仕方なしに同伴の同意に決したにだった。
義弘の入室によって更に冷え冷えとした空気になった。そんな中恐る恐るだが秀秋は、簡潔に宗茂との話の経緯を、義弘に説明した。その間の義弘は頷くだけであり、隣の宗茂は決して隣を向こうとはしない。義弘の聞く様子は好々爺その者であった。平服の土色がそれを引き立たせる。
秀秋が話が終えると、義弘が自分の面会理由も多分だが宗茂と同じことを告げた。これには一瞬だけ宗茂は驚愕したが、なるほどっと素っ気無く言葉にするだけだ。大体、義弘の腹の底が読めない。宗茂は義弘にだけは警戒心を隠そうともしなかった。
嫌な沈黙が空間を支配した。秀秋はこの底冷えした空気を変えようと行動を起こした。
「では立花殿、続きを・・・。」
秀秋がそう催促すると、宗茂は歪んだ顔を改めた。義弘は兎も角、ここで秀秋との仲が決まるっとの思いからか、顔も自然と真剣になり興奮で朱に染まる。その宗茂の真剣な表情の様子に、ゴクリっと秀秋は緊張感を表すように喉を鳴らす。義弘は飄々とした表情で、宗茂の発言に聞き入ろうとした。
「前日の軍議で、某が小西殿達の救出を訴えた時に貴殿が某を賞賛しましたな。そしてその後の刹那、威圧感を貴殿から僅かに感じた。あの時は一瞬だが、某は身震いをした。あの威圧感を出す者はそうはいない。貴殿は間違いなく名将になれる器だ。だから某は自信を持って推薦したのだ。だから推薦した以上は、推薦人である某も責任がある。だから・・・。」
「儂もお主の威圧感を感じてのぉー。じゃから興味があってな。そこの立花殿も賛同しとったし、濃も賛同したっという訳じゃ。お主、器量があるのは濃が保障するぞぃ。」
宗茂の発言を遮って、義弘が宗茂の理由を後押しした。このままだと、義弘は秀秋に良い印象を持たれないっと危惧したから遮って印象づけようとしたのだ。
一番大事な所を遮られた宗茂は、苛立ってかこめかみに青筋が浮かんでいる。先程からの邪魔立てに、宗茂はいい加減に怒りも高まっていた。そしてその怒りの目線でキッと義弘を睨みつけた。
これの鋭き刃のような目線を受けても、義弘は平然としている。確かに宗茂との関係修復もしたいが、第一目標は秀秋との人脈確保である。だから、多少強引でもこれを実行させるつもりなのだ。
義弘自身も飄々とはしているが、内心では結構焦っていた。
(この童の威圧感は何じゃろうか。)
軍議で秀秋の只ならぬ者だと敏感に察知した義弘は、慌てて宗茂の意見に同意した。因みに、寺沢広高は流れである。威圧感などは感知していない。
さて島津は元来から、天下人になるつもりは一切ない。だが、九州統一には積極的であった。だから豊臣秀吉に渋々降伏するまでは、これを一貫にして実行したのだった。
そして、島津のその野心はまだまだ消えてない。あくまで、表面上の降伏であり心底からではない。いつかは挙兵して九州を我が物とし、もうそんな役職はないのだが九州探題になるのが野望の果てなのだ。だから、同じ九州圏にいる現在の大名達を敵にするのは不味い。それが勇将、もしくは名将なら尚更である。だからこそ、秀秋のご機嫌を取る必要があったのだ。
「そ、そんな訳はありませんよ。」
秀秋はまさかの二人の賞賛に、照れと羞恥で顔を真っ赤にした。大体秀秋は、貶されるのには慣れているが、褒められるのは慣れていないのだ。大名で褒められたのは実兄の木下勝俊と義父の隆景だけだ。これは、身内贔屓っと秀秋が勝手に解釈されている。しかし、岐阜の隆景に関しては頑として、本心を周囲に言い続けた。自らが死ぬ直前には、秀秋に向かって毛利家の養子を邪魔するのではなかったっと悔いた程である。
「いやいや、流石は名将と謳われた義父の隆景公。目のつけようが違うわい。」
「義父上は私に甘かっただけですから・・・。」
好々爺その者の顔つきで義弘の褒め殺しにかかった。義弘が基本的に家臣達にもこの褒め殺しをして、その実力と忠誠心を引き出させるのに成功しているからだ。
しかし、秀秋は意外にも徐々に興奮が落ち着き始めた。その後も義弘は褒め殺しをしようと話していくが、少しずつ言葉に力がなくなる。秀秋が淡々とした顔つきになっているからだ。
(しくじったか。)
これに内心、義弘は苛立って舌打ちをした。これで信頼されたら簡単だが、秀秋は全く義弘の話術に乗ってこない。こういう時普通の若者なら、名将と謳われる自分に褒められたら有頂天になる。だが、秀秋には逆効果だった。
秀秋は幼い頃から、褒め殺しは何度も経験してる。秀吉の媚びる為に道具のように見られた過去。だから褒め殺しにしようとする態度が秀秋には判断出来るのだ。褒め殺しには悪い過去しかないので、秀秋は褒め殺しは大嫌いであった。なので、急速に褒められた嬉しさも冷えていったのだ。
「さて、宜しいか。」
二人を傍観した宗茂が、心が冷めつつある秀秋に自分を注目させた。義弘は好々爺な表情を一瞬だけ歪ませた。思うような結果が得られなかったからだ。これは他の二人は気付かなかった。
ゴホンとわざとらしく咳き込む宗茂に、秀秋は若干だが冷めた目で見ている。それは、褒め殺しをしてくるのを警戒してのことであった。だが、宗茂はそんな気持ちではなかった。兎に角、自分の心を知って欲しかったのだ。
宗茂は真剣な眼差しで、秀秋に語りかけた。
「小早川殿。貴殿がどう自分を思っているかは某は知らん。だが、その能力、兵力を使わなくて小西殿達は救えんと断言する。貴殿はもう我々の総大将ぞ。だがら、今後は貴殿の敵は某の敵になる。貴殿の配下になったのだから遠慮なく命じられよ。某もそれに従う。某と貴殿は運命共同体だ。死ぬのも生きるのも一緒だ。それを忘れるな。今日はもう帰ろう。・・・一つ言っておく
某は愚直故、騙すのは嫌いだ。だから貴殿を裏切らんし、貴殿を信じておる。」
そういうと宗茂は会釈をすると、早々と退出してしまった。柄にもないことを述べたことが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして。これに残された二人は唖然とした。
先に正気になった義弘は、これ以上は居ても無意味と判断。今日の所はこれでっというとさっさと引き上げることにした。顔は悔しげに歪んでいた。何も目的を果たせなかったからだ。だが、悔しげな顔は決してて目だけはまだ真剣だった。どうやら、今回は諦めただけのようであった。
部屋に一人取り残された秀秋は、まだ呆然としていた。宗茂の言葉が心に響いたからだ。しかし、時間が経つに連れて、顔が自然と喜びからか緩んでいった。
嘗て、誰もが見捨てられそうな状況に陥ったことがある。その時に正室の古満が若干違うが、これに似た言葉を言ってくれて立ち直ったことを思い出したからだ。
あの時は心底嬉しかったが、今もあれよりは嬉しくはないが、十分嬉しい。
(・・・・。陸総大将、小早川秀秋っか・・・・。)
嫌々だったが、意外に何とかなるやも知れんなっと秀秋は初めて思った。陸総大将はかなり重い任務だが、宗茂みたいな名将が信じてくれるならっと自信も少しだけ出る。
二人に友情が疎通した瞬間であった。これに祝福したかのように紅くなった陽が襖越しに照らしていた。
小西等救出は決した。だが、世の中準備は必要だ。日ノ本軍は撤退に準備を始めた。その間、いやその前から日ノ本では暗雲が広がりつつあった。
次回、転換!関ヶ原! 第一章八節 李氏朝鮮脱出
『暗雲の目、蠢く。』「ぐふふふ・・・」