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07



ソファに腰掛け、すっかり顔色の悪くなったランスロットを見下ろすアルベルト。

入室してから座るように促されても断り、最初からずっと立っているのだ。

必然、ソファに座るランスロットの方が目線は低くなる。


「っよく考えろアルベルト!あの女は魔族、我が同胞たちを殺めた敵だぞ!?あんな穢らわしい女を、わざわざ皇国に招いきれ、それをお前に娶れというのだ。お前とて、望んでいるわけではないだろう!」


ランスロットの言葉に、アルベルトははっ、と鼻で笑う。

アルベルトとこ関わりが少ないからこそ、気づくことが出来なかったのだろう、彼は。

元来のアルベルトの性格を知っているからこそ、ランスロットは思い至らなかったのだ。

まさか他者に何の興味も執着も愛情の欠片でさえも見せなかったアルベルトが、魔族の女に、焦がれているなどということに。


「ロゼとの婚約は俺が望んでいることだ。やはりくだらない話だったな、時間を無駄にした」

「っなぜあんな女に……!?お前ほどの男であれば、女など、いくらでもいるだろう!」


ランスロットの言葉は事実である。

このベルディア皇国において、皇族とはこの世の至上。

皇族であり男でもある彼ら兄弟が、この世の美女をと望めば、この国の最も美しいとされる女たちがいくらでも擦り寄ってくる。

その女と一時を過ごし、あっさり他の女にくら替えしても、誰も何も文句は言えない。

例えその女に特定の相手、伴侶や恋人がいたとしても、彼らが望めはそんな関係は反故にもできる。

実際にランスロットが過去に手を出した女たちのなかには、恋人がいる者も少なくはなかった。

一度でも皇族のお手つきになってしまえば、その身に子を宿している可能性もゼロではないと、後宮から出ることは出来なくなるが。

ランスロットの後宮には数十人の女がおり、つい先日も、一人増えたという。

アルベルトが非常に冷めているのと裏腹に、ランスロットは手が早いことである意味有名であった。

だからこそ、ランスロットはアルベルトが理解出来ない。

女など、何もせずとも向こうから寄ってくるものだ。

その中で何か一つでも気に入るところがあれば、そのまま食ってしまえばいい。

アルベルトのように食指が一切動かないなんてことはないし、アルベルトのように、誰かひとりに焦がれるなど、有り得ない。

理解が出来ないからこそ、ランスロットは気が付かなかった。

その発言はただただアルベルトの地雷を踏み抜いただけだった、ということに。


「──ロゼと、他の女を、一緒にするな」


アルベルトにとって、ロゼリアはこの世の何よりも美しく素晴らしい女性だ。

つい先日、実は彼女が人族でいうところの100歳である──と知ったものの、もちろんその程度でロゼリアへの想いが薄まることなど有り得なかった。

ロゼリアは、アルベルトにとっての至上の存在なのだ。

そんな彼女を、そこら中にいる女と一緒くたにされるなど、到底許せることではない。


ぶわ、とアルベルトから溢れ出すのは、先程までとは比べ物にならないほどの魔力。

魔力のないものでも、濃密なソレは、何となく嫌だ……という気配として、感知することが出来る。

ねっとりと肌にまとわりつくような、まるで首元に鋭い刃物を突きつけられているかのような──すぐにでも、殺されてしまいそうな、気配。

ひゅ、とランスロットが息を飲んだのも、本来であればランスロットを護るためにと動くべきである近衛兵たちがその場に膝から崩れ落ちてしまいそうになったことも、仕方がないことなのである。

この場合、膝を震わせながらも「さすがは我が君(アルベルト様)……!」と目を輝かせているアルベルトの近衛兵たちがおかしいのである。


一歩、ランスロットへと距離を縮める。

ランスロットとアルベルトとの距離は、ほんの数歩といったところだ。

その程度の距離など、あってないようなものである。

さらに一歩、距離が縮まる。

すっかり声も出ないほどに怯えきったランスロットとその近衛たちに、アルベルトはただただ冷めきった、しかし鋭い眼差しを向けるだけだ。

さらに、一歩。

ランスロットは、もう、すぐそばにいる。

アルベルトがゆっくりと手を伸ばした。

その指先に魔力がこもっていることなど、魔力を持たないその場の誰にも理解が出来なかった。

魔力のこめられた指が、これから、何をするかなどということも。


「──アルベルト」


あと数センチで、アルベルトの指先がランスロットに触れる。

その直前で声をかけたのは、この場にはいないはずの者だった。

ぴたりと指を止め、しかしアルベルトは振り向くことすらしない。

慌てたようなアルベルトの近衛兵たちが剣を向けた先にいたのは、彼らも存在は知っている──間近で見たのは初めてだが──者であった。


「……クロードか。何の用だ、見ての通り俺は今忙しい」


皇族殺しは、ベルディア皇国においては禁忌であり、大罪だ。

もしも皇族殺しが起きてしまえば、この国の刑罰という刑罰が与えられ、いっそ死にたいと思うほどに苦しんで苦しんで苦しんだ上で、決して死なないように飼い殺される。

ベルディア皇国にも処刑制度はあるが、最も重い刑罰は処刑法ではない。

死んでしまえばそこで痛みも苦しみからも解放されるが、生きている限り、解放されることなどないからだ。

しかしそれは皇族間では、当然適用されない。

より正確にいうのであれば、皇族が皇族を殺したことなどないので、どう対応するかは決まっていないのだ。

例え適用されるとしても、アルベルトにとっては全く問題などないのだが。


「ほう。ではそのままロゼリア様にお伝えしよう」

「……何?」

「ロゼリア様がお前をお呼びだったのだがな。どうやらアルベルトにとってソレはロゼリア様より優先すべきものだったようだ」


やれやれと肩をすくめるクロード。

アルベルトは腰を抜かしているランスロットになど目もくれず、クロードに詰め寄った。


「ふざけるな俺がロゼより優先すべきものだとあるはずがないだろう今すぐ戻るロゼと比べればあいつはどうでもいい」


息継ぎなしで言い切ったアルベルトに、クロードは「ならば早く行け」と扉を指さす。

アルベルトは眉を寄せると「空間転移を覚えるべきか……?」と呟きながら部屋を出ていく。

ちなみに空間転移は魔族では当たり前のように使われる移動方法で、A地点からB地点までを一瞬で移動出来るという便利なものだ。

空間を歪めて距離を縮めるために、人族にとって莫大な魔力を必要とする魔法。

魔族にとっては痛くも痒くもない魔力のため連発するものも多いが、アルベルトはそもそも転移魔法というものを知ったのはつい最近のことであるため、実践したことは一度もなかった。

人族に魔力持ちが少なくなって久しいため、人族の魔法技術は廃れているのである。


「──さて人族。我が主、ロゼリア様に感謝すべきだな。アルベルトの魔力を探知し、止めるようにと命じたのはロゼリア様だ。我がここに来なければ、今頃なかった命……せいぜい無駄にせぬことだ。まったくロゼリア様はなんと寛大な心をお持ちなのだろうか、人族程度を気にかけるなど……」


どうやらクロードがこの部屋に現れたのは、ロゼリアの命を受けてのことだったようだ。

魔力持ちなどロゼリアやクロードの他にアルベルトしかいない王宮、自分たち以外が魔力を溢れ出した時、その相手がアルベルトであるということは容易に想像がつく。

それを抜きにしても、魔力の波長はひとつとして同じものはないのだ、ロゼリアは一応は伴侶となるアルベルトの魔力の波長を把握している。

このままではアルベルトが誰かを殺めるかも……と危惧したロゼリアが、クロードにアルベルトを止めるようにと命じたのである。

まったく我が主は寛大な心をお持ちだと感心しながら、敬いながら、この場に現れたというわけである。

実際アルベルトは、クロードが現れなければ──否、ロゼリアが引き止めなければ、躊躇うことなくランスロットの頭を吹き飛ばしていただろう。

人族のいう“冷血な魔族”というのは、どちらかといえばロゼリアよりアルベルトの方にしっくりくるほどだ。

はくはくと口を開閉し、しかし声の出ない人族を見やり、クロードはその場をあとにした。

このあとランスロットがどうなろうと、知ったことではない。

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