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03



ロゼリアが人族の暮らす国へ来て、早数週間が経過した。

宛てがわれた部屋には品の良い調度品や、質の良い家具でまとめられている。

部屋の中には別で寝室も用意されており、寝室はブラックやグレーを基調とした落ち着いた色合いだ。

間接照明により暗すぎず明るすぎず、ロゼリアはベッド上で何度か瞬きをしてから身体を起こした。

シルクのネグリジェは、この国に来たその日に用意されたものだ。

ベッドサイドに置かれた光沢のあるブラックの丸いサイドテーブルには、すぐに口腔を潤せるためにか、ガラスの水差しとグラスが用意されている。

ロゼリアが人差し指を動かせば、まるで水差しに意思があるかのように宙に浮き上がり、傾いたかと思えば、グラスの中に水が注がれる。

水がある程度注がれると水差しは元の位置に戻り、水の入ったグラスが浮き上がると、ロゼリアの手元へゆっくり移動した。

グラスを手に取れば、途端にグラスは無機物に戻り、ロゼリアは軽くグラスを傾けた。

部屋の隅には今日着られるようにとドレスが用意されており、グラスをベッドサイドに置くと、ドレスに向かって指を動かした。

今度はドレスがふわりと浮き上がり、ロゼリアに近づく。

ドレスが側に来るまでのあいだにネグリジェを脱ぐと、その代わりにドレスがひとりでにロゼリアの身体に纏わった。

脱がれたネグリジェはそのままドレスがあった部屋の隅に移動し、ドレスの代わりにその場に収まる。


本来、人族はドレスを一人で着ることはない。

何人もの使用人が服を脱がせるところから新しく纏わせるまでを手伝うからだ。

しかしロゼリアは今までも一人で身だしなみを整えていたため、自分のペースを乱されたくないからと初日の時点で断っている。

ロゼリアの着替えや髪型をまとめたりといった身だしなみを整えるのは、使用人ではなくロゼリア自身の魔力であった。

人族は魔法に関して攻撃的なものか防御的なものにしか使えない、と思い込んでいるようだが、魔法を使うことにさえ慣れてしまえば、日常的に使用出来る便利なものへと早変わりするのである。

もちろん人族の中では、ロゼリアや魔族のように、魔法を手足のように使える……という者はほとんどいないだろうが。


「……なぁに、これ」

「おはようございます、ロゼリア。よく眠れましたか?」


寝室の扉を開ければ、そこには寝室よりも一回りほど広い部屋が広がっている。

そこにはソファやテーブルが用意されていて、ほかの部屋へと繋がる扉もいくつか用意されている。

ロゼリアにあてがわれた部屋には、大きなメインルームと、そこから続くいくつかの部屋が用意されていた。

寝室、バスルーム、そして衣装部屋。

美しい庭を見渡せるテラスまでついていて、まさに豪華絢爛を地で行く部屋である。

この部屋にいるだけで、ベルディア皇国の貴族並の生活が出来るのだ。

メインルームのソファにはいつものようにアルベルトが腰掛けており、にっこりとロゼリアに話しかける。

ロゼリアはアルベルトの問いには答えず、もう一度「これは何?」とアルベルトに重ねて問うた。


「何と言われましても……ロゼリアに似合うだろうと思って用意させたドレスですよ。ああ、アクセサリーもあるので好きなものを選んでください」


メインルームはいつもは綺麗に片付けられている。

しかし今日は所狭しとドレスやアクセサリーが並んでいて、どこか圧迫感があった。


「……アルベルト」

「はいっ!」


アルベルトはロゼリアが名前を呼んでくれた、ということがどうしようもなく嬉しいようで、ぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべてロゼリアを見やる。

ロゼリアは冷ややかにアルベルトを見返すと、たった一言「邪魔」と言い放った。




しゅん、と肩を落とすアルベルトを尻目に、ロゼリアは用意された朝食を口に運ぶ。

アルベルトがロゼリアのためにと用意させた数え切れないほどのドレスやアクセサリーは今は片付けられており、いつものメインルームへと姿を取り戻していた。

ロゼリアは魔族であるため、食事をとるといった行為に意味は無い。

魔族は人族とは違い、魔力を糧に生きているからだ。

しかし食事を出来ないわけではなく、味もしっかり感じることが出来る。

ロゼリアは魔族にはない食事という習慣をそれなりに気に入っており、用意された食事は断ることなく口にしていた。


「ロゼリア……何が気に入らなかったのでしょう?数がある方が、ロゼリアが選べるだろうと思ったのですが……」


アルベルトは既に食事を終えていたのか、用意されているのは飲み物だけだ。

普段からアルベルトが好んで口にしているお茶の入ったカップを片手に、おずおずと言った様子でロゼリアに問うた。

今朝の光景は、確かにアルベルトの好意によるものなのだろう。

恐らく人族の女であれば、喜んでドレスやアクセサリーを選んでいたはずだ。

しかし、ロゼリアは人族ではなく、魔族。

人族ほど自身の容姿というものに執着していないし、着飾ろうという気持ちも全くない。


「服なんて局部を隠せればなんでもいいわ。わざわざ大量に用意する意味がわからない」

「そうですか……」


用意されたドレスが気に入らなかった、というより、ドレスを用意されたことそのものが気に入らなかったのだろう。

ロゼリアに喜んでもらいたいと用意させたものだったのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。


「では……ロゼリアは何が欲しいのですか?何を望むのですか?私はまだ、ロゼリアに喜んでもらえる術を知らない……ロゼリアの、喜ぶ姿が見たいのです」


アルベルトの言葉に、ロゼリアは食事をする手を止めてしばし考える。

魔族は基本的に人族ほど物欲というものはなく、何が欲しいかと問われたところですぐには浮かばない。


「そうね……。ここに来てからまともに動けていないから、広い場所で思い切り魔法を使いたいわ」

「ロゼリアの魔法を見られるのですか!?すぐにでも使えるように手配します!」


ロゼリアの言葉に、キラキラと目を輝かせるアルベルト。

どうやら魔族の──というより、ロゼリアが使う魔法を見られることを喜んでいるようだ。

ロゼリアが「よろしく」と伝えて食事を再開すると、アルベルトは嬉しそうに「はい!」と大きな返事をする。


「では、一時退室させていただきますね。すぐに戻りますので!」


カップに入っていたお茶を飲み、アルベルトが立ち上がる。

にっこりと微笑むと、静かに頭を下げ、部屋を出ていった。

ロゼリアはアルベルトの出て行った扉を見つめると、小さく「別に、戻らなくても良いのだけれど」と呟く。

その呟きを聞いていたものはおらず、ロゼリアは溜息を吐くと、残っていた食事を食べ進めた。


数口食べ進めていると、すぐに扉がノックされる。

ロゼリアが扉に人差し指を向けると、くるりと指先を空中で動かす。

すると音もなく扉が開き、その先にはアルベルトが立っていた。

アルベルトは驚いたように目を瞬かせていたが、すぐに嬉しそうに笑って入室する。

すぐに戻る、という言葉通り、本当にすぐであった。


「ただいま戻りました!昼食後に、すぐにでも使えますよ。場所には私が案内いたしますね」


ふふ、と嬉しそうに笑うアルベルトは、とろんと蕩けるように甘い眼差しでロゼリアを見つめる。

ロゼリアは呆れたように横目でアルベルトを見やると、はぁ、と大きな溜息を吐いた。

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