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02



美しい花の咲き誇る庭に、丸いテーブルが置かれている。

テーブルには真っ白なクロスが敷かれ、その上には陶器の皿に乗せられたお菓子がずらりと並べられていた。

ロゼリアは淹れたてのお茶が入ったカップを口につけ、小さく溜息を吐く。

テーブルを挟んだ向かい側に座るのは、淹れられたお茶などそっちのけで、頬杖をついてニコニコと嬉しそうにロゼリアを見つめるアルベルトである。

アルベルトとロゼリアが婚約者となって、数日。

アルベルトは、ロゼリアのためにと用意された部屋に毎日訪れては、うっとりとした様子でロゼリアへの愛情を口にする。

美しい、愛らしい、可愛らしい、愛おしい。

並べたてれば実に陳腐なものではあるが、その言葉が彼の口から紡がれる時、いつだってそこには想いが込められていた。

ある時は高級な羽毛よりも優しく包み込むように、ある時はどこか熱っぽさを孕んで、ある時は高価な砂糖菓子のように甘ったるく。

アルベルトがロゼリアに実に好意的であることは、誰の目にも明らかだった。


「……あなた、一体なんなの?」

「私はロゼリアの婚約者ですよ。あなたのように美しく愛らしい女性(ヒト)と生涯を共に出来るなんて、なんて幸せなことでしょう……!」


アルベルトは皇族であるため、普段は丁寧な口調で話すことは無い。

どこか他人を見下している所もあったため、少なくとも、アルベルトが口調を正すのも、普段は“俺”という一人称をわざわざ“私”とするのも、ロゼリアの前でだけだった。

ふふ、と嬉しそうに頬を緩めては、蕩けそうなほどの甘い眼差しでロゼリアを見つめる。


「……私は魔族の女よ。まさか人族に……ここまで歓迎されるとは、思わなかったわ」


どこか居心地の悪そうな言葉は、しかしロゼリアの本音であった。


人族と魔族は、長年に渡り争い続けてきた。

きっかけは人族──数代前の、ベルディア皇国の皇帝である。

彼は非常に欲深く、今よりもっと良いものをと、常に求めていた。

ある時彼が求めたのは、より良い条件の土地。

その土地があったのが、魔族の納める領土だったのだ。

古来より魔族と人族は相容れぬと、暮らす場所が、訪れる場所が、重なることは決してなかった。

互いに相容れぬと、理解していたからだ。

不可侵──正式な条約が結ばれこそいないが、代々それは守り継がれてきた。

その暗黙の了解を破ったのが、当時の皇帝だったのである。

彼は謳うように言った。

不可侵という規則が、いったいこの世のどこにあるのだ?と。

皇族の、それも皇帝の言うこととなれば、兵たちは、民たちは、特に何を思うでもなく従った。

陛下が望むなら、と。

結果的にはそれが多くの魔力持ちを無くす原因であり、多くの人族の命を散らすことになるのだが、一度始まった戦は、きっかけである皇帝が没したあとも収まることは無かった。

次の皇帝も、その次の皇帝も、そのまた次の皇帝も。

先代が続けていたからという理由だけで、戦を続けた。

戦が始まる前から、どちらが勝つかなどというのは火を見るより明らかだったのに。

人族はもともと魔力を持つ者が少ない。

例え魔力を持っていたとしても、人族ほど脆い肉体の耐えうることの出来る魔力などたかが知れている。

対して魔族は、生まれたその瞬間から、人族など遠く足元にも及ばないほどの莫大な魔力を保有しているのだ。

魔力の使い方──所謂、魔法についてのノウハウや技術においても当然人族が適うはずがなく、人族の負けなど、始まる前から決まっているようなものだった。

しかしそれに待ったをかけたのが、魔族を納める魔王である。

魔王は人族の描く物語では悪役として登場するが、魔王は物語のように悪逆非道だというわけではない。

むしろ、この戦にはまったくと言っていいほど乗り気ではなかったのだ。

魔族側からすれば、人族はあまりに脆弱だ。

しかし激しい力の差がある魔族が、そのままに力を振るえば、それだけ人族さ呆気なく命を散らす。

だからといって加減をすれば、魔族が傷つく。

そんな矢先、魔王の元へ届けられた和平交渉の話は、魔族側からしても実にありがたい話だったのだ。

喜んで受け入れられた和平についての条約。

今後のことを考えるにつき、どちらともなく提案されたのが、魔王の娘と皇帝の息子の婚姻であった。


ロゼリアは魔王の娘だ。

人族とは違い、魔王というのは世襲制ではない。

魔王になりたいと思うものが、現役魔王に戦いを挑み、勝てばその瞬間から新たな魔王に成り代わることが出来る。

要するに魔王になる唯一の条件が、強者であること、なのだ。

ロゼリアは生まれた時から父でもある魔王に鍛え上げられたため、莫大な魔力と巧みな魔法を使いこなす。

しかし“魔王”というものには興味がなく、父に戦いを挑もうとすることもなかった。

だからにこやかに父に人族の元へ嫁に行けと言われてもあっさり頷いたし、人族の住む国へ初めて訪れた時の、人族からの怯えと戸惑いの視線を甘受した。

どうせ、魔族と人族では寿命がはるかに違う。

人族の一生に付き合ったとしても、魔族としての生涯の、瞬きほどの短い期間しかないのだ。

さっさと死ぬであろう人族のことをせいぜい看取ってやってから、国へ帰ろうと思っていた。

そして一時的にでも伴侶となる人族に、拒絶されることもまた、予想は出来ていた。


「ロゼリアは確かに魔族ですが、それは関係ありませんよ。一目見て、美しいと思った女性がたまたま魔族だった、それだけです。それに、ロゼリアは既に私の婚約者なのだから……あなたのことを悪くいうものはおりませんよ」

「……そのようね」


人族は、確かにロゼリアに怯えを見せていた。

しかしその扱い方はまるで繊細な細工ものを取り扱うかのように丁寧で、恭しいものであった。

魔族には階級制度などというものはないし、敬われるのは強いものだけである。

ロゼリアは魔族としても中々に強者であると自負しているし、人族などはるか足元に及ばないことも理解していた。

だからこそ、わからない。

目の前の人族の男はどう見てもロゼリアに好意的で、人族は男の婚約者だからという理由だけでロゼリアを敬う。

それは魔族であるロゼリアには、全くもって理解のできないことだった。

魔族であれば、例え魔王の伴侶だとしても、弱者であれば敬われることはない。

もしもその伴侶に手を出した場合は魔王により報復が待っているので誰も手を出すことはないが、だからといって丁寧な対応をしておるのは、自らがその者を格上だと認めた場合のみである。

ロゼリアの母であり魔王の伴侶は、弱くはないが、決して強いわけではない。

彼女よりも強者はどこにでもいるし、強者たちは彼女を敬うことなど決してしない。

魔族の常識に当てはめれば、確かにロゼリアは人族の誰からも敬われるべき存在だ。

なぜならロゼリアと人族では圧倒的な差があるから。

しかし人族の常識に当てはめれば、ロゼリアは人族が恐らく憎んでいるであろう魔族。

人族の中には、魔族と言うだけで無条件に攻撃的になる者もいるらしいし──少なくとも、日に何度か襲撃されるだろうな、と思っていたのだが。


「……人族って、かなり平和的なのね」


ふっと笑うロゼリアの言葉は皮肉を込めたものなのだが、それが伝わったのかどうなのか、アルベルトは僅かに眉をひそめた。


「ロゼリアが望むなら、どこかに戦を仕掛けますが……」


どうやら、皮肉としては伝わっていなかったらしい。

きっとアルベルトが一言「戦を始めろ」と言えば、それだけで多くの人族がまた命を散らすことになるだろう。

にっこりと「どこを攻め落としますか?」と尋ねるアルベルトに、ロゼリアは「面倒だからしなくていいわ」と溜息混じりに引き止めることにした。

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