13
アルベルトに、ぜひ自分を番に、と迫られてから、数日。
最近のアルベルトは、とにかくロゼリアに“運命”を感じて欲しいのだろう。
ことあるごとに、ロゼリアに触れるようになった。
元々アルベルトはロゼリアの手を握ったり、すぐ隣に腰をかけたりと、物理的に距離を縮めようとする傾向にあったのだが──最近は、特にその傾向が強い。
アルベルトが抱きついてきても、ロゼリアは「はいはい」と受け流してしまうので、抱きしめても問題は無いと判断されたのだろう。
実際にアルベルトに抱きしめられたとしても、嫌な気持ちはしないので仕方が無いのだが。
「ロゼ……番にしてくれますか?」
「無理ね」
そしてもうひとつ、日に何度か番にしてくれるか、と問われるようになった。
ばっさりと切り捨てるロゼリアに、一瞬アルベルトは不満そうな表情を浮かべる。
しかしその頬を撫でてやれば、すぐにうっとりと目を細めたので、機嫌が悪くはないはずだ。
気持ちよさそうに目を瞑るアルベルトに、ロゼリアは自分はいったい何をしているのだろうと内心で首を傾げた。
ロゼリアは自室のソファで、横になっていた。
枕代わりになっているのはアルベルトの太ももだ。
なぜこの状態になっているのかは、まったくの謎である。
いつも通りに朝起きて、着替えて身だしなみを整えて。
いつからか共に取るようになったアルベルトとの朝食が終わり、少ししてから。
唐突にアルベルトに手を引かれ、身を任せていたらいつの間にかこの体勢になっていた。
……朝起きてからの行動を思い出しても、やはり謎である。
ただ、見上げるアルベルトがとても満足そうで、嬉しそうで。
疑問はあれど不満はないので、結局ロゼリアはアルベルトの望み通り、寝転んだままの体勢を取り続けた。
着実に、アルベルトに絆されているなと、頭の隅でひっそり考えてしまったのは仕方の無いことだろう。
膝枕というものは、するのもされるのも良いものだなと今日は改めて実感する日だった。
朝からロゼリアを膝枕したのだが、真下から見上げられるのはなんとも言えない可愛さがある。
太ももに感じる重みや温もりは、そこにロゼリアがいるのだと実感出来るし、時々頬に伸ばされるほっそりとした指が、とてつもなく愛おしかった。
そのあとにロゼリアも「代わりに」といって膝を貸してくれて──頭を乗せてすぐに嬉しさと恥ずかしさとその他もろもろの感情がごちゃ混ぜになって、堪能は出来なかったが──ますますロゼリアを好きになった。
毎日、これ以上ないくらいにロゼリアを愛おしいと思うのに、ロゼリアへの想いは限度を覚えることを知らない。
むしろ、日に日に彼女への想いが膨らんでいるようだ。
それに伴ってスキンシップも徐々に増えているのだが、ロゼリアは何も言わないので不快には思っていないはず。
きっと少しずつ絆されていて──アルベルトを受け入れてくれるのも、時間の問題だ。
「ロゼ、眠いのですか?」
「ん……ちょっと……」
ふわ、と小さく漏らされたあくび。
手のひらで隠された口を見ることか出来ないのは残念だが、うっすら浮かんだ涙は見れたので良しとしよう。
今までであればきっと見ることの出来なかった、無防備な姿。
それだけ心を許されているのだと思うと、なんとも言えない感情が胸の奥底からこみ上げてくるようだ。
ああ、なんて可愛いのだろう。
思考回路がロゼリアへの愛でどろどろに溶けてしまいそうだ。
ゆるりと口元に浮かべられた笑みは、それでも蕩けそうなほど甘ったるいもので、隠しきれてはいないのだが。
「どうぞ、眠ってください」
「……そうね。そうさせてもらうわ」
反論する気にもなれないのか、それとも抗うことの出来ないほどの眠気なのか。
アルベルトの言葉に小さく頷いたロゼリアは、何度か目を瞬かせてから、ゆっくり目を瞑った。
やがて小さく寝息が聞こえ始め、ロゼリアが眠りについたことがわかる。
アルベルトはロゼリアの黒髪をそっと撫で、うっとりと目を細めた。
「──入れ」
触れても目が覚めないほどには、ロゼリアは熟睡している。
それを確認してから、アルベルトは小さく声を出した。
その言葉を合図に、静かに扉が開かれ、近衛兵たちが入室する。
その手には紙の束が持たれており、近衛のひとりが頭を下げながらアルベルトにソレを差し出した。
「……俺のロゼに、よくもまあこれだけの者が手を出そうとしたものだな」
そこに書かれているのは国内の貴族や、皇帝に仕える官僚たちの名前だった。
それはアルベルトが調査を命じていた、ロゼリアに近づこうとする者や、ロゼリアに害をなそうと謀をしている輩。
要するにアルベルトの敵である。
たとえロゼリアに実害がないとしても──ただの人族が魔族に勝てるはずがないからだ──手を出そうとした、という時点で、アルベルトにとっては許し難いことだ。
だからこそ調査を命じており、命じられた近衛兵たちは張り切って調査をしたのである。
アルベルトはなんだかんだで近衛兵たちを大切にしている。
理不尽な命令などしないし、奴隷のように扱ったりは決してしない。
基本的に優秀である彼が誰か頼ることはかつてなく、だからこそ、この命令は自分たちを頼りにされている証拠なのだと、ついつい張り切ってしまったのだ。
結果的に睡眠時間が犠牲になったが、調べ終わった彼らはむしろ勤務開始直後のように満面の笑みを浮かべていた。
パラパラと書類をめくるたび、アルベルトの眉間に深いシワが刻まれていく。
書類をまとめている最中の近衛兵たちですら眉をしかめてしまったのだ、ロゼリアを心から愛するアルベルトからすれば当然の反応だろう。
「……面白いじゃないか。今のところ、実行に移そうとする阿呆はいないようだが」
「はい。しかし、以前アルベルト様の婚約者候補の令嬢がいたいくつかの家は、いつ行動に移すかわかりません。つい先日もロゼリア様の後宮に侵入した不届き者もおりますし……」
「そうだな、警戒するに越したことはない。……お前たち、よくやってくれた」
書類から顔を上げ、アルベルトが淡々と告げる。
ロゼリアに向けるように、蕩けるような甘い表情ではない。
それでも、普段の無表情からは比べ物にならないほど、柔らかい表情だ。
「っあ、ありがたき幸せ……!」
よくやってくれたと、主が褒めてくださった。
書類整理のためにここ数日まともに休息をとっておらず、正直にいえば多少なりとも心労はたまっている。
もちろん敬愛するアルベルトのそばに仕えられるというだけで疲れなど覚えないが──疲労など、心労など、そんなものはどうでもいいと思えるほどに。
ただ、ひたすら、嬉しかった。
薄らと涙を浮かべるものもおり、アルベルトは満足そうにひとつ頷いた。
近衛兵たちがアルベルトを慕っていることなど、アルベルトもよく理解しているのだ。
彼らが最も喜ぶ報酬が金銭などではなく、自分の言葉や態度であるということも、よく理解している。
改めて近衛兵たちの寝泊まりする宿舎に向かい、この場にいない者にも声をかけようかと密かに考え、足の上でわずかに身じろぎした愛しい女性へ目を向けた。
「お預かり致します」
「ああ、頼んだ」
「っは!」
ロゼリアに触れようも、その手には書類が握られている。
テーブルに放り投げるわけにも行かず、一瞬動きを止めたアルベルトに気がついたのだろう、近衛兵が声をかける。
アルベルトが素直に書類を渡せば、近衛兵たちは深々と頭を下げ、静かに退室した。
音もなく閉まった扉の向こうで、顔を両手で覆い、声を殺し、感動のあまりボロボロと涙を零し拳を握る近衛兵たちのことを、アルベルトは知らない。