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ずい、と顔を近づけるアルベルトに、ロゼリアは反射的に身体を仰け反らせた。

アルベルトの手はソファの背もたれに伸びており、片膝が座面に乗せられていて──どこをどう見ても、アルベルトがロゼリアを襲っているようにしか思えない。

もちろんここはロゼリアの自室であるため、その光景を目にしているものはいない。

中で一体何が起きているか気になる近衛兵たちが、扉の前でソワソワと聞き耳を立ててはいるが、それはいつもの事なのでアルベルトたちは特に気にしていない。


「……何なの?」


あと数センチほど距離をつめれば、触れてしまいそうなほどに、アルベルトとロゼリアの顔は近い。

普段ロゼリアを見つめるアルベルトの顔はうっとりと蕩けそうな笑みを浮かべていることが多いため、今のように真剣な──どこか鋭い眼差しを向けられるのは、初めてかもしれない。

しかし彼にこのように詰め寄られる理由がわからなくて、ロゼリアは困惑したように問いかけた。


「……クロードに聞きましたよ」

「何を」

「魔族には……つがい、というものがあるそうですね」


アルベルトの言葉に、ロゼリアはなんとなくこの状況を理解した。

番。

魔族にとっては当たり前の──しかし、どこで出会えるかはわからない、特別な存在。

一目で運命を感じるかもしれないし、共に時間を過ごすうちに気がつくかもしれないし、あるいはその生涯で出会えないかもしれない。

魔族は寿命が長い分、人族に比べてはるかに淡白だ。

無理に子孫を残そうとしなくても、魔力さえあれば、嫌という程長い時間を生きられる。

だから繁栄本能というものが薄く、物や仲間に執着しにくい。

逆に、一度でも懐に入れてしまえば。

大切だと、思ってしまえば。

魔族はソレを手放せなくなる。


「私をロゼの番にしてください」


愛するものが、同じ魔族とは限らない。

中には魔族が人族に運命を感じ、番にしたという話も聞いたことがある。

けれど寿命がはるかに異なる、所詮は異種族。

愛してしまった、愛されてしまった番が、魔族にとっては瞬きのように短い時間で、いなくなってしまったら。

その魔族は、平常心ではいられない。

そのまま後を追うこともあるし、ひっそりと心が死んだまま生きることもあるし、怒りや悲しみのぶつけ所を失い、暴れるものもいる。

その状況を打破したのが、人族に運命を感じた、数十代前の魔王であった。

その魔王は魔族にしては珍しい研究肌で、人族の運命とともに生きるために、試行錯誤を繰り返した。

そうして創られたのが、魔族では“番の儀”と呼ばれるもの。

より多い魔力を持つ方が、魔力の少ない方に魔力を譲り共有することにより、同等の魔力量を持ち──同じ時間を、生きるための儀式。

その儀式は無事に成功し、その魔王は次代の魔王が決まると、番とともに隠居し共に数百年生きたという。

この儀式の欠点は、魔力量が互いに同等になるということ。

少ない方は魔力が増えるのでメリットがあるが、多い方は、ただ魔力が、寿命が、削られるだけなのだ。

だからこの儀式は、圧倒的に魔力差のある番同士でしか行われない。


そう、例えば、魔族のロゼリアと、人族のアルベルトのように──圧倒的な魔力差がある場合だとか。


クロードのやつ、余計なことを……!


内心で思わず使い魔を罵ったのは仕方がないだろう。

ロゼリアは番について、アルベルトに伝える気は全くなかったのだから。

もし番について知ってしまえば──誰がどう見てもロゼリアへの好意を隠すことすらしないアルベルトが望むことは、安易に予想ができた。

案の定このように迫られているわけだが。

クロードもロゼリアが生まれる少し前に運命の番と出会い、魔力差が大きすぎた為、番の儀を行ったらしい。

クロードも、クロードの番も、ロゼリアには忠実だ。

だが自分たちが番であるが故に、ついうっかり漏らしてしまったのだろう。

彼は常々ロゼリアに、もし運命と出会えたら何がなんでも番にすべきだと言い聞かせていた。


「あなたと番になったとして……私に何のメリットがあるの?お生憎様、私はあなたに運命を感じていなくってよ」


アルベルトのことは、好ましいと思う。

こうもロゼリア大好き!と全身全霊で表現されて、悪い気はしない。

けれどだから彼が運命かと問われれば、まだ運命というものは感じていないのだ。

例えばアルベルトが今すぐにロゼリアから離れていったとしても、ロゼリアはきっと問題なく生きていける。

運命というのは、一度出会ってしまえば、離れることなど出来ないのだ。

だから運命ではない、はず。


「私はロゼに運命を感じましたよ。私の、愛しいひと……」


僅かに眉を寄せたアルベルトは、ロゼリアの言葉にどこか傷ついた様子である。

確かに、どちらか一方は出会った瞬間に運命を感じ、もう一方はしばらくしてから気がつく……という番との出会いもあるらしい。

しかしそれは魔族間での話であって、魔族と人族とで、少なくとも人族が先に運命を感じる、ということは過去に一、二例あるかないかといったところだ。

皆無というわけではないので確かに可能性はあるかもしれない。

けれど、果たして自分たちにその“稀な状況”がぴったり当てはまるだろうか?


「ロゼ、私はあなたと共に行きたい。形だけの夫婦ではなく、愛し愛される関係になりたいんです。ねぇロゼ、あなたは、本当に……私との運命は、感じてくれないのですか?」


しゅん、と肩を落とし、眉を苦しげに寄せて、目尻を垂れさせて。

叱られた仔犬のようなアルベルトに、まるでロゼリアが悪者になった気分である。

いや、まあ、人族にとっての魔族の認識としては間違いではないのかもしれないが。


「そんなこと言われても、運命は、感じようと思って感じ取れるものではないわ」


運命と出会いたい。

そう強く願うだけで運命に出会えるのなら、今頃魔族たちは全員が番持ちになっているはずだ。

ふい、と視線を外すロゼリアに、アルベルトは「そうですか……」と小さく呟いた。


「私はあなたに運命なんて感じていない」

「はい……」


はっきりと告げられた言葉に、アルベルトはようやくロゼリアから体を離した。

これ以上詰め寄ったところで、無駄だと判断したのだろう。


「だから……」

「え?」

「もしあなたに運命を感じたら、その時は番になりましょう。それまでは嫌よ」


一瞬言われた言葉が理解出来なくて、しばし固まってしまう。

じわじわとその言葉を理解したアルベルトは、ぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「ロゼ、愛してます!」


ああ、早く、ロゼに運命を感じてもらいたい……!

ロゼリアに抱きつきながら心の中で叫ぶアルベルトには気づかず、ロゼリアは「はいはい」と聞き流しつつ、彼の髪を軽く撫でた。



「今、我が君(アルベルト様)のお声が聞こえた……」

「愛してると仰っていたな……」

「我が君には、ロゼリア様とお幸せになっていただきたいものだ……」

「我が君とロゼリア様か……尊いな」


ぽつりと近衛兵のひとりが漏らした言葉に、残りの近衛兵が大きく頷いた。

しばらくの間、アルベルト専属皇族近衛兵たちの中で、アルベルトとロゼリアの二人が揃っているときをただひたすら「尊い」と言うようになったとか、ならなかったとか。

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