エピローグ~そして世界は続く~
ついに完結です。
マルコ達の長い旅の顛末はいかに。
「モンドンゴ」
高藤が執務室で端末に音声入力すると、モニターにヤマアラシのアバターが現れた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
「何それ?」
「あれ、高藤内閣総理大臣殿はご存じない?」
「アニメ?わたしはそこまで年寄りじゃないのよ」
「あれ、そう?」
「あんた段々老けてない?」
「いやいや、むしろ知の巨人になりつつあると言ってほしいね。こっち側にいると知らないことばかりで面白いぜ」
「そんなことより、セント・グレゴリオの大統領就任式はどうなってるの?」
「準備は万端。軍事顧問のクガがよくやってる。まあ何しろ俺のサポートが万全だしな。式典場の半径3km以内に銃器を持ってる人間がいたらたちまち取っ捕まるシステムになってる」
「そう、良かった」高藤は満足げに椅子にもたれ、足を組んだ。
「んで、首相。なんであんたは就任式に行かないの?セント・グレゴリオの民主化に最も力を貸したのは他ならぬ日本、つーかあんたでしょ?高藤さん」
「んー」高藤はしばらく考えた。
「まだちょっとわたしが表に出るのは早いかな、と。他の国にいろいろと勘繰られるのもちょっとね。それに組閣したばっかだし。もうちょっと足場を固めときたいのよね」
「もったいないね。あっちじゃ、ちょっとした日本ブームが起きてるぜ。まあ何つっても大統領がね、もうアイドル並みの大人気だ」
「わたしの勘が二十年越しで当たったってわけね」
「人間ってのは気が長いね」
「あんたと違って命に限りがあるからさ」
2055年、国連の選挙監視団も加わりようやく正常な民主選挙を実施したセント・グレゴリオ諸島最初の大統領は、若き女性候補ミウラ・フランスアが圧倒的な支持を得て当選した。
言うまでもない、マルコとコルティナの娘である。
そしてミウラに常に寄り添う強力なパートナーとして選挙戦から参謀を務めたのは、日系人女性でミウラと同い年のマール・ワタセだった。
マールはこれまた言うまでもない、ゴロウとミドリの娘だ。
二人はサン・アーロンの貧しい漁村で十二歳まで幼馴染として育ち、その後王党最後の名家アルファンソ家に預けられ、帝王学を学んだ。
そして王立科学院に入学。卒業時の成績ははミウラが首席、マールが次席だった。
セント・グレゴリオで民主化の流れが加速すると、ふたりは融和政策の論客として一気に大統領選の中心人物となる。
ことにミウラはその美貌、時折サン・アーロン訛りのユーモアも交えた舌鋒鋭い演説、いかにも王党の末裔を思わせる気品のある堂々たる物腰もあいまって、若きカリスマとしての魅力は絶大、大統領選はミウラの圧勝となった。
ゴロウとミドリはサン・アーロンで居酒屋「テッポーダマ」を開いていた。
夜は近所の人々が集まる場所として賑わい、専らミドリの才覚で店は繁盛した。
ちなみにふたりの娘の名「マール」はスペイン語で「海」という意味だ。
ここのところテッポーダマは、大統領就任式の話題で持ちきりだった。
本島からテレビ局が来るなどして、貧しい漁村はちょっとした騒ぎになっていた。
口開けして間もなく、ミドリがグラスを洗い、ゴロウが黙々とテーブルを磨き上げていると、その日最初の客がやってきた。
弦本鏡子だった。
弦本は高藤によって日本から送り込まれた情報工作員だが、すっかりサン・アーロンに馴染み、そこを拠点として中南米の情報を高藤に送っていた。
自家用の水上ヘリを持ち、あちこちうろうろしている弦本は作家という肩書だったが、地元では謎めいた人物として有名だった。
弦本はタイトミニのスーツを着て現れた。
「あら、いらっしゃい!」
ミドリがにこやかに迎えると、弦本はバーカウンターの席に座って大きく足を組み、大きなため息をついた。
「どうしたの?そんなため息ついてると幸せが逃げちゃうよ?」とミドリ。
「弦もっちゃん、だいぶお疲れみたいだね」ゴロウがテーブルから顔を上げて言う。
「あなたたちの娘のために走り回ってるんですけど」
「お勤めご苦労様です!」ゴロウとミドリは声を揃え、同時に頭を下げた。
「やめてよ、ゴロウにそんなこと言われると出所したヤクザみたい」
「違いねえ!」
三人はひとしきり笑い合う。
「で、今夜の一杯目は何にする?」とゴロウ。
「マルガリータを」
「あいよ!」
早速ゴロウが棚からコアントローとテキーラを出し、ライムを絞り始める。
ゴロウの所作には無駄がなく、すっかりバーテンダーが板に付いたようだ。
そこへ次の客が現れた。
今度はマルコとコルティナだった。
「今晩は!」
マルコもコルティナもいかにも漁師らしいがっちりとした体格で、肌は日焼けして黒光りしていた。
コルティナがカウンターの弦本に気付く。
「あら、弦本さん!本島の方はもういいんですか?」
ゴロウがシェイカーをリズムよく振り始める。
「もう私なんか何もすることがないの。あなたたちの娘は完璧にこなしてるわ」
「はい、マルガリータ」
ゴロウが弦本の前にすっとグラスを差し出す。
弦本は少し香りを楽しみ、ほっとした表情でグラスに口を付けた。
「それもこれもみんな弦本さんのおかげです」とコルティナ。
「いいのよ、お礼なんて。これは仕事なんですからね。それにしてもミウラとマールは出来がいいわ。一を聞いて百を知るってぐらい。暇さえあれば二人で討論してるからね。ところでマルコ、最近体調はどうなの?」
「全然問題ないよ」
「それは結構」
「ところでお二人さんは何にするの?」とミドリ。
「ビールとモンドンゴ!ハラペーニヨ多めで!」
「あいよ!」
二人の前に栓を抜いた冷えた小瓶が出される。
マルコとコルティナは瓶をカチンと合わせ、グイグイとラッパ飲みした。
「ところでさあ」弦本がマルコたちに話しかける。
「あんたたちなんで娘にミウラなんて名前付けたの?」
「日本語で美しい海っていう意味だって、ミドリさんが」とマルコ。
「ああ、『美浦』ってことね。実はその名前も彼女の人気のひとつなのよ」
「どうしてですか?日本語だから?」とコルティナ。
「違うの。ミウラってのはね、スペインやイタリアあたりじゃ猛牛とかそういういかつい物騒なイメージがある言葉なのよね」
マルコは驚いた。
「え?聞いてないよ、ミドリさん!」
「あたしも今知った」ミドリもポカンと口をあけて答える。
「それでね、まああの容姿とのギャップ、討論の相手を追い詰める時の迫力がピッタリ、そういう理由で支持者に受け入れられている、どうもそういうことらしいのよ」
「そういやランボルギーニ・ミウラなんて車があったな」ゴロウが思い出したように言う。
「知ってたら女の子にそんな名前付けなかったのにな」
少し落ち込んだマルコをコルティナが慰める。
「いいじゃない、それでみんなに愛されてるんだから。あの子はもうわたしたちだけの娘じゃない。国民の娘であり、なんたって大統領なんだから。
あの子ならこの国の総ての女性たちが願う『子供たちが武器を持たされない世界』をきっと実現できるわ」
「そうだね」マルコは気を取り直す。
「うどんちょうだい。かけで」マルガリータを飲み干した弦本が注文する。
「かけうどん、はいよ!」
マルコとコルティナの前に湯気の立つ熱々のモンドンゴを置いてゴロウが答える。
居酒屋テッポーダマは日本料理をいくつか売りにしていたが、なかでもゴロウの手打ちうどんは地元の漁師たちに人気があった。
「おうマルコ」ゴロウは弦本のうどんを茹でながら背中ごしに言う。
「煮干しの残りがあんまりねえんだ。今度持ってきてくれ」
「いつも通りでいいですか?」
「ああ、一箱な」
「ゴロさん、毎度お買い上げありがとうございます」
コルティナがおどけてわざわざ立ち上がりお辞儀する。
サン・アーロン近海ではカタクチイワシが大量に獲れるが、セント・グレゴリオ諸島全般では食べる習慣がなかった。
ほんの一部が地元で消費され、ほとんどが肥料として安く買われていたのだ。
そんなカタクチイワシを天日干しにして、日本で出汁に使っていた煮干しに加工することを始めたのはマルコであった。
折から中米での日本ブームもあり、セント・グレゴリオでも和食のレストランができ始めた頃で、マルコの煮干しは結構な値段で売れた。
他の漁民もそれに倣い、煮干しは貧しい漁村の多かったサン・アーロンに貴重な現金収入をもたらした。
弦本は出されたうどんを三口ほどで素早く平らげると、金をカウンターに置いて立ち上がって言った。
「マルコ、ムダイさん復活したって聞いた?」
「えッ?老師が?復活ってどういう意味ですか?」
ムダイはシェルターでのマゼンタとの死闘の際、折れた肋骨が肺を傷つけ、肺炎に罹り、一時は死線をさまよった。
マルコたちが日本を去る時も見送りに来ることができなかった。
以来、鍼灸医師として活動を再開したことは話に聞いていたが…。
「格闘家として復活するってこと、今度総合格闘技に出るらしいわよ」
「マジかよ!あのジジイ一体何歳なんだ?」
ゴロウが素っ頓狂な声を上げる。
「あなたが知らないならわたしもわからないわね」
「そういや、ムダイの歳なんて聞いてねえな。あのジジイもしかしてサバ読んでやがったか?」
「ちょっとあんた、サバ読むってのはさ、普通は若く読むもんじゃない?」ミドリが笑いながら突っ込みを入れる。
「それもそうだな…」とゴロウ。
「それじゃ、またね!」そう言って弦本は店を後にした。
入れ替わりに地元の常連客がどやどやと集団でやってくる。
「俺、ビールね」
「俺ウドンにカラアゲトッピングで」
「俺もウドンにカラアゲ。それとビールにモンドンゴ」
店は急に賑わい始めた。
「そういえば昔、老師が言ってた。自分で限界を作ってしまったらそこでおしまいだって…」弦本の一言にまだ呆然としているマルコが呟く。
そんなマルコをコルティナは微笑みながら見ていた。
翌朝。
太平洋にようやく朝日が昇ろうとしていた。
マルコとコルティナの船はいつも誰よりも早く出漁する。
エンジンの音も快調に、二人の小さな漁船は漁場を目指し、紫色に染まり始めた海を滑るように進む。
船と並行してアジサシがスゥッと飛ぶ。
エンジンと舵を担当するマルコがコルティナに大声で言った。
「今日は早めに切り上げよう!」
舳先に掴まり、見張りをしているコルティナも大声で答える。
「そうね!昼からはテッポーダマであの子の大統領就任式をみんなと見なくっちゃ!」
遥か先の洋上に海鳥が群れている。
「マルコあそこ!!」
いち早く気付いたコルティナが指をさす。
「よしッ!」
マルコはその方向に舵を切った。
大統領府前の広場は大群衆で埋め尽くされていた。
新しい大統領、ミウラ・フランスアの就任式と就任演説を待ち望む人々は手に手に「MIURA」と書かれたタオルを広げ、シュプレヒコールを繰り返していた。
執務室ではミウラとマールがそれを聞いていた。
「ヤバイ、なんか緊張してきたっ」とミウラ。
「何言ってんの!ようやくこれから始まるんだからね!ほら、お父さんもお母さんも見守ってくれてるよ!」マールがいつものようにミウラに檄を飛ばす。
ふたりは壁に飾ってある額をじっと見つめた。
ミウラは立ち上がり、無言でマールに素早いジャブを繰り出すがマールはそれをことごとく素手で受けると逆襲に転じる。
今度はミウラがマールのパンチをすべて素手で受ける。
最後にハイタッチ。
ふたりは笑みを交わす。
ふたりのルーティンが終わり、ミウラは自分の頬を二度パンパンと叩いて言った。
「よし、行こう!」
ふたりがいなくなった執務室の壁に、古ぼけて黄ばんだハンカチが額装されていた。
ハンカチには「マルコ・フランスア」の切り文字があった。
「トッケイ―東京特殊警備保障—」完
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
連載を始めた頃は、後書きにこの一言を書けるか全く心もとなく、手探りで、とりあえず半年頑張ってみようと思っていました。
結局描こうとした物語を終わらせるためには一年余かかったわけですが(笑)。
とりあえず連載を終了するにあたり、連載を勧めていただいた某誌の編集の方、俺の小説で泣いてくれたカミさん、毎週丁寧な感想を送って下さったトーチ様、ブログなどで励ましの言葉をいただいた数多くの方々にお礼を申し上げます。
編集の方から課された使命は「とにかく物語を最後まで完結させる」ということでしたので、書き始めた当初は、たとえもし読者が誰もいなくても最後まで書くつもりではありました。
しかし、今にして思えばそれは自分にとって到底不可能なことだったと思います。
たとえ無言であっても、並走して下さる方々のために少しでも面白く、少しでも心に残る物語を、そう心がけて書き続けたことが完走につながりました。
皆様のお陰で完結することが出来ましたのです。
重ね重ね、本当にありがとうございました。
さて、本作は元々マンガ原作としてシナリオ形式で書かれたものでした。
第1話から2話の途中まではほぼその時の原型通りです。
生まれて初めて書いた小説ですが、2話の途中から「あ、小説だとこういうこともできるな」と面白くなってきて色々なことを試すようになったので、自分としては2話の途中ぐらいから段々小説としてこなれてきたのではないかと思っています。
マンガ原作としては元々第3話のような伸び伸びとした無国籍なアクション・コメディを目指していて、そういう意味では第3話に当初企図していた通りの味わいが出ていると思います。
第4話「ペドロの戦争」は書いていて本当に重苦しく、しんどかった部分です。
しかし、マルコとペドロはコインの表と裏の関係にあると気付いた時、ペドロを描かないとマルコを描いたことにならないと考えてああなりました。
展開に詰まると怪しいタクシー運転手やナタリーのような登場人物が現れて、助けてくれました。
エピローグは大体この小説を書くにあたって考えていたラストに着地できました。
ほっとしました。
後は、最終話がここまで読んで下さった方々の心に届くかどうか、それだけが不安です。
連載はこれで終了しますが、引き続き評点、感想、メッセージなど頂けましたら嬉しいです。
作品は更にブラッシュアップして他のサイトに投稿するなり、大手の文芸賞に出すなり色々やりたいと思います。
と同時に、実は小説の次回作の構想もあったり、マンガ原作の企画出しをする計画があったりもしますが、とりあえず小休止です。
しかし、せっかくここまで書いたのですから、書くこと自体を止めることはできません。
またどこかで必ずお会いしましょう。
それでは皆さん、その時までお元気で。
2019.1.6 一宮真




