表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/60

第2話「マルコの事情」~敗走~

中米の小国、セント・グレゴリオ諸島で共産ゲリラの少年兵として戦ったマルコ・フランスアは、数奇な運命を経て日本にやってきた。荒廃した日本で屈辱的な生活を送っていたマルコはある夜、「トッケイ」と名乗る私兵集団に誘われる。そして出逢った同郷の少女コルティナ。マルコの運命は大きく動き始める。

 セント・グレゴリオ諸島の首都エスメラルダ。

 大統領府前広場は、反政府勢力を支持する群衆が集まり、ひしめき合い、赤い旗を振って歓声を上げている。

 上空には青空が広がり、広場に面したビルの窓からは赤色の紙吹雪が舞う。

 共産ゲリラたちは鹵獲ろかくした政府軍のAMX13戦車に分乗し、ゆっくりと人波を分けながら大統領府に近づいていく。

 それはさながら凱旋パレードのような熱狂であった。

 そして国軍の兵器だった戦車の砲塔は、今や大統領府に向けられている。

 戦車の上にはマルコやペドロなど少年兵たちをはじめ、フランコ政権を倒した共産ゲリラたちが乗り、人々の祝福を受けていた。

 マルコとペドロは時おりAK47自動小銃を空に向け、祝砲代わりにブッ放しながら歓声に応えていた。

 ペドロが満面の笑みでマルコに笑いかける。

「やったな!」

「ああ…、やった!」

 マルコも笑っていた。マルコにはこれだけの人々が自分たちの戦いを支持してくれていた事が嬉しかった。

 50年間、三代にわたってこの国を支配してきたフランコ一族の独裁と圧政は終わったのだ。


「まるでワールドカップで優勝したみたいだ!」

 マルコもそう思った。「僕たちは英雄ヒーローなんだ」と。

 群衆の中から痩せた一人の老女が駆け寄り、マルコに一輪の薔薇、そしてペドロにコークを差し出す。

 受け取ったペドロは、喜色満面でマルコを振り向き叫んだ。

「コークだ!しかもキンキンに冷えてるぜ‼」

 ペドロが一口飲んで歓喜の雄叫びを上げ、瓶をマルコに回す。

 マルコはコークを受け取り、ペドロに薔薇を渡し、そしてコークを飲んだ。

「うまい!」

 マルコも喜びの声を上げる。

 ペドロは薔薇を鉄兜に被せられたカモフラージュ用のネットに差した。そして立ち上がり、奇声を上げながら青空に向けてAK47をぶっ放した。


 マルコたちの乗った戦車はようやく大統領府入口の階段付近にたどりつく。

 マルコは戦車から飛び降りて階段を駆け上がった。

 階段の上、大統領府入口あたりにはロペス隊長ほか、大人のゲリラたちが所在なげに立っている。そして皆なぜか不安そうな表情をしていた。

 マルコは息せき切ってロペスに訊ねる。

「大統領は?」

 ロペスは苦々しそうに答える。

「取り逃がした。もぬけの殻だ。金目の物を洗いざらい持って逃げやがった」

 マルコは混乱する。

 しかし、大統領を追い出せば我々の勝利なのでは?

 そして大統領府に反政府勢力のリーダーである同志アウグストが凱旋して高らかに勝利を宣言する。それが我々の描いた夢ではないか。

「で、我らが同志アウグストは?」

 ロペスはすぐには答えずタバコに火をつけ、ゆっくりと吸い込んで煙を吐き出しつつ言った。

()()()()()()()()()アウグストは来ない」

 マルコはますます混乱する。

「来ないって…、どうしてですか?」

「アウグストも逃げた」

「そんな!僕たちは勝ったんでしょ?」

 マルコは呆然として立ち尽くす。

 ロペスは表情のない目で遠くを見ていた。


 そこへ遅れてペドロがコークを飲みながらやってきた。

「やー、婆ちゃんたちのキス攻めにあっちまってよ…」

 能天気にそう言いかけたペドロも、マルコや隊長たちの間に流れる空気に気づく。

「ん?何ンかあった?」


 突然シューっという空気を切り裂く音と共に広場で爆発が起こる。

 轟音と共に人々の体が千切れて四方八方に飛び散っていく。

 低空で交差点を曲がってきた巡航ミサイルが、道路沿いに次々とやってくる。

 広場はパニックに陥った。

 火だるまになって右往左往する人々の上にミサイルがふりそそいだ。


 肉の焼ける臭い、ガソリンの燃える臭い、ゴムの焦げる臭いを伴った黒煙が広場に充満した。その黒煙を旋風のように巻き上げながら三機のアパッチ攻撃ヘリがマルコ達の眼前に舞い降りた。

 機体に描かれた星のマークを見るまでもない。アメリカ軍だ。

 アメリカがセント・グレゴリオ諸島の戦いに介入してきた。マルコは自分たちにとって最悪の事態が起きていることを理解した。


 広場では虐殺が始まった。

 攻撃ヘリに搭載されたM230チェーンガンの30ミリ榴弾が血煙と共に広場の人々を挽肉にしてゆく。

 マルコは階段を駆け下りてヘリに向かった。

「クソッ!クソッ!アメリカ人め。勝ったのは俺たちなんだぞ!」

 マルコは正気を失っていた。

 しかし、その一方で戦士としての勘はかつてないほど鋭く研ぎ澄まされたていた。

 まず死体と瓦礫の中から使えそうな武器を迷わず拾い上げる。

 マルコは戦車に積んであったと思しいスコップを手に上空を見上げる。

 すると大統領府入口に集まったゲリラたちを狙う一機のヘリがスッと低空に降りてきた。

 すかさずマルコは広場の噴水に飛び上がり、水を吐き出している魚の彫像をステップにして更に跳躍し、むき出しになっているアパッチ攻撃ヘリの着陸脚にしがみつく。

 いや、正確には両足で着陸脚のタイヤを挟み、その反対側に回したスコップの両端をバイクのハンドルのように掴んでいる。

 そこからマルコは着陸脚に直接手をかけ、体勢を立て直す。殺戮を続けているヘリの機首に据えられたチェーンガンまではあと一息だ。

 マルコはまず、射撃が止まった一瞬を狙って弾帯の隙間に思いっ切りスコップを突き刺した。うまくいけばチェーンガンの給弾に何かの不具合が発生するかもしれない。

 次にチェーンガンを保護している太いアームに飛び移る。

 狙いは給弾用のモーターだ。

 モーターはさかんに唸りを上げているが、刺さったスコップが邪魔して給弾できない。

 しかし、スコップももう少しで外れて落ちそうだ。

 マルコはモーターに繋がった電源用のケーブルをサバイバルナイフで切断し始める。

 ケーブルは火花を飛ばしながら切断され、チェーンガンは完全に沈黙した。

 その時、ヘリの側面にミサイルが命中した。

 味方の携帯用地対空ミサイル、スティンガー。

 爆発の衝撃でマルコはヘリから振り落とされ、そのまま噴水に落ちた。

 ヘリは火を噴きながらフラフラと広場の隅に落ち、高く炎をあげ爆発した。



「君。おい、君‼」

 頬を軽くピシャピシャと叩かれる感触にマルコはぼんやりと目を開ける。

 右腕に赤い布を巻いた若い兵士がマルコの顔を覗き込んでいる。

 マルコは半分噴水に浸かって気絶していた。

 若い兵士は、短く刈り込んだ髭を生やし、細身で背が高かった。

 マルコは、学生さんみたいだ、と思う。

「よかった。生きてたか」

 そう言いながら彼はマルコを噴水から引っ張り上げる。

「君も赤軍の兵士だろ?」

 彼は自分の腕に巻いた赤い布をほどいて噴水に棄てながら言った。

 マルコはよろけながら、立ち上がる。


 大統領府前広場は瓦礫と死体の山となっていた。両者は一様に焼け焦げて区別がつかない。

 先程まで歓呼の声でマルコ達を迎えていた人々が、瓦礫の下から助けを呼び、苦痛に叫んでいる。


「もうすぐ国軍が上陸してくる。逃げないと殺されるぞ」

 兵士の声で、マルコは我に返った。

「走れるか?」

 マルコはうなづいた。

 兵士は走り始める。

 そしてマルコも腕に巻いた赤い布を棄てて、兵士の後を追って走り始めた。


「とにかく首都を離れるんだ。峠を越えた山向こうにアマネセルという港町がある。そこから船で脱出する」

 若い兵士の後に付いて、マルコも石畳の上を懸命に走った。


 峠に入ってからは、二人は幹道を避け、地元の人間しか知らないような獣道を延々半日以上、足早で休まずに歩いた。

 足には自信のあるマルコもさすがに息が上がっている。

 若い兵士が声をかける。

「日も暮れてきた。ここらで少し休むか」

「はい!」

 

 二人は休憩場所を探し、獣道からもさらに外れた繁みの向こうに窪地を見つけた。ここなら幹道はもちろん歩いてきた獣道からも見えない。

 マルコはふらふらと歩きながら窪地の草むらの上に大の字に倒れ込んだ。

 若い兵士はマルコの傍らに腰を下ろして、水筒の水を少し飲む。

「僕はディエゴ・アルベルト・タカギ。君は?」

 ディエゴと名乗る兵士はそう言いながらマルコに水筒を渡した。

「マルコ・フランスア」

 マルコは身を起こして水筒の水を飲み、溜息をついた。

 マルコは水を飲みながら、うつむいているディエゴの顔を改めてじっと盗み見る。

 ディエゴの表情には失意と疲労の色が濃かった。しかしその顔立ちは端整で、優しげな瞳には知性を宿していた。

「同志マルコ、僕ら負けちゃったね」

「どうなんでしょう。わかんないや」

 その時、マルコの脳裏に大統領府前広場の惨劇がフラッシュバックする。悲鳴を上げる間もなく、肉片と化す人々。と同時に鼻の奥に硝煙と人の焦げる臭いがよぎった。

 その瞬間、マルコは思わずディエゴに抱きついていた。そしてディエゴも半ば反射的にマルコを抱き締めていた。

 ふたりはじっと見つめ合う。

 ディエゴはマルコの中性的な美しさに心を動かされる。

 マルコは少し口を開けてディエゴの唇を求めた。

 これまで何度も大人のゲリラたちに抱かれてきたマルコだったが、たとえ快感を得られてもその都度激しい嫌悪感に苛まれ、自分からそれを求めることは決してなかった。

 しかし、今はたとえ痛みでも快感でも自分が生きているという実感がほしい。

 ディエゴはマルコの求めに応じた。

 マルコはディエゴにシャツを脱がされながら、ガクガクと震えた。

「ディエゴ、もっとしっかり抱いて。僕を放さないで!」

 ディエゴはマルコをきつく抱きしめる。

 その感触は細く華奢だった。しかし、その肉体の熱さにディエゴの激情は爆発した。

 その夜、ふたりは何度となく抱き合い、求め合った。

 ふたりの近くに確実に存在する、死の恐怖から逃れるために。


                  次回「マルコの事情」~脱出~につづく

や~、今回もギリギリでした。

性別にかかわらず、ラブシーンは難しいですね。

ですが、どうしても必要と考えて書きました。

ご感想、お待ちしております。

なお、次回掲載は1/13(土)22時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ