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第5話「売国奴の盾」~さよならJapone(ハポネ)~

マルコとマリアは国立競技場で逢う。

兄マルコに自分の思いを吐露するマリアだが…。

 スタジアム上空に爆音を響かせて巨大なヘリ、ミルMi-10が現れた。

 四つ足の怪鳥といった不思議な形をしたヘリはスタジアム上空でホバリングしながら、灰色の小屋のようなものをワイヤーで下ろし始めた。

 そこへヤマハV-MAXに跨った高藤のボディガードの片割れが、猛然と突っ込んでくる。

 ボディガードはハンドルから両手を離してマルコに叫んだ。

「マルコ!パスだ!」

 マルコは目の前に転がった原爆を拾って下からボディガードへ放る。

 受け取ったボディガードはそのまま疾走するバイク上で体を弓のように反らせ、サッカーのスローインのように両手で原爆を投げる。

 銀色の球体は冬の陽光を反射して、スタジアムの青空に大きく弧を描く。

 Mi-10が運んできた小屋のようなものがズンと音を立ててグラウンドに着地すると、屋根に乗っていたもうひとりのボディガードが飛び降りて原爆を難なくキャッチし、小屋の扉を開いて中に放り込んだ。

 屋根の上に並んだいくつもの液体窒素バルブをデジタル迷彩服姿の弦本が次々と開いていく。

 ボディガードは扉に取り付けられた、いかにもソ連時代の物らしい武骨で大仰で巨大なロック機構を一つ一つ手動で確実に掛ける。


 スタジアムのもう一方にはクガとゴロウが並んで座っていた。

 ゴロウは右腕を包帯で吊っている。

「ダンナ、ありゃあ何だい?」

「ソ連時代に金星探査技術を応用して作られた爆弾処理装置だ。まあ言ってみりゃ巨大な冷凍庫だな」

「冷凍庫って…、原爆ってのは冷やすと爆発しねえのか?」

 ゴロウは信じられない様子で訊く。

「原爆に限らず、爆弾の火薬そのものじゃなくて、電気が流れないようにするんだ。トランジスタや半導体の電気は極低温だと流れなくなる。だから液体窒素でマイナス196℃まで温度を下げてるわけ」

「へーえ、そんな方法がねえ。ふーん」

 ゴロウはどこか得心しない様子で、しかし感心した声を上げた。


 マルコはしゃがみ込んで泣き続けるマリアをじっと抱き締めていた。

「聞いて、マリア。マリアが消そうとした世界には何十万人もの僕とマリアが居たんだ。

 確かに僕たちの手はもう十分汚れている。けど、これ以上マルコとマリアを増やしてはいけない。僕はそう思う」

 マルコはマリアの背中を撫でながらそう言った。

 突然、マリアは吐血した。

 その血はマルコの顔を血に染めた。

「おにいちゃん、ごめんね。野球カードに落書きしてごめんなさい」

 マリアの意識は混濁し、過去と現在が混ざり合っている。

「いいんだ。僕こそあの時ぶったりしてごめんよ」

 マリアはそのまま横倒れになった。

 抱き起そうとマルコが更に身を屈めた時、その頭上を弾丸がかすめた。


 十数名の武装した歩兵を先頭に自衛隊の高機動車が数台、砂煙を上げてグラウンドに入って来る。

 高藤とティゲリバ、ゴロウとクガはスタジアムの座席の後ろに素早く身を隠す。

 高機動車からは大友陸将を先頭にバラバラと銃をもった自衛隊員が降りてきた。


「大友!何のつもりだ?」

 ティゲリバが呟く。

「この人数、生きて捕まえる気はないみたいね」と高藤。

 —社長、どうしますか?

 イヤホンに弦本の声が入る。

「あんたたち丸腰でしょ?ちゃちゃっと投降しちゃいなさい」


 グラウンドでは弦本、二人のボディガードが手を頭の後ろに組んで自衛隊員たちに近づいていった。

 三人は抜け目なくマルコと自衛隊員たちの射線に入ってゆっくりと歩いていく。

「止まれ!」

 大友が大声で三人を制止する。

「お前らに用はない。三人ともそのままテロリストのとこまで下がれ!」

「自衛隊は無防備な民間人を撃つつもりですか?」

 大友の意図を察した弦本が鋭い声で抗議した。

「いいから下がれ!何が無防備な民間人だ、トッケイのくせに。

 そこの化け物、市ヶ谷じゃよくもやってくれたな。

 テロリストを逃がすほど自衛隊は腰抜けじゃない。日本を舐めるな!」

 大友は嗤ってタバコに火をつける。

 三人はゆっくりと下がり、マルコとマリアの前に立った。

「弦本さん!」マルコが弦本の背後から声を掛ける。

「やつら目撃者ごと消す気よ。私たちがやられたら、死体を盾にして逃げなさい」

 弦本は正面を向いたまま言った。

 二人のボディガードはいつも通り無表情だった。

 その時、グラウンドに山積みされたスクラップの陰から悠然と力強い足取りでコルティナが姿を見せた。

 マルコは愕然とした。

 —コルティナ、なぜここに!

 コルティナは振り返ってマルコ達に笑顔を向けた。

「大丈夫よ、心配しないで」

 コルティナは弦本たちの前に立ちはだかり、両手を広げて微笑んだ。

 微かに風が吹く。

 そしてコルティナの背中から、勢いよく巨大な白い翼が広がった。

 スタジアムに白い羽毛が輝きながら舞い散る。

「!」

 自衛隊員に動揺が走った。

能力者(ハイパー)だ!」

「化け物!」

 誰かが発砲を始めると、恐怖は全ての隊員に伝播し、一斉射撃が始まった。

 コルティナの翼は更に大きく、大きく広がりついにはコルティナ自身を覆ってしまう。

 隊員たちの銃弾は全てあり得ない軌道を描いて大きく逸れていった。

 と、大友の銜えていたタバコの先端が吹っ飛んだ。

 その後に銃声。

 銃弾はタバコを吹き飛ばし、グラウンドにめり込んだ。

「狙撃!」

 ある隊員が叫ぶと、自衛隊員たちは一斉に伏せ、または機動車の陰に隠れた。

 大友もタバコを捨ててその場に伏せた。

 ティゲリバはいつの間にか高藤のそばを離れ、自衛隊員を狙撃し始めていた。

 それに呼応して反対側からクガも狙撃を始める。

 クガはM82を連射モードにして、高機動車のフロントガラスをバリバリと撃ち始めた。

 反撃しようと身を起こした自衛隊員は、即座に反対側からティゲリバの威嚇射撃を受ける。

 銃弾はまるで空手の寸止めのように隊員の体をかすめる。

 それが決して偶然でないことに気付いた隊員は、今や自分の命は我が手にないことを悟り、恐怖する。

 身の隠しどころのない広いグラウンドで、二人の狙撃手に上を取られた大友たちにまったく勝ち目はなかった。

 クガの連射が止む。

 それと同時に、いつの間にかグラウンドに降りてきていたティゲリバがSV98の長い銃口を大友の頭に突きつける。

 ティゲリバは大声で命令した。

「私は伊庭景虎一佐である!全員、武器を捨ててここから立ち去れ!そうすれば大友陸将以外、一般市民に銃を向けた責任は問わない!」

「伊庭!俺をこんな目に遭わせてただですむと思うなよ…」大友は歯噛みしながら呻く。

「大友、人事を握ってるのは俺たち制服組じゃない。お前だって百も承知だろ?」

 ティゲリバこと伊庭景虎はそう言うとニッコリと白い歯を輝かせて大友に笑いかけた。



 それから二ヶ月がたち桜が散り始めた頃、マルコ達は復興なった横浜港の大桟橋に居た。

 横浜港にはスペインの豪華客船レティシア号が特別寄港していた。

 コルティナは外見こそまだそれほど目立たないが、お腹の子供が日々力強く成長していることを実感していた。

 マルコはキャスター付きのベッドに横になっている。

 あの日から、マルコは時々体調を崩すようになった。

 どこが悪いというわけではないのだが、体に力が全く入らなくなったり、だるくて気力がなくなったりすることがたまにあった。

 マルコは白木の箱に入った小さな小さなマリアの遺骨を胸の上に抱いていた。

 マリアはあれから一か月後苦しみ抜いて、それでも最後までDeeの服用を拒み、マルコの手をしっかりと握りながら死んでいった。

 緩和ケアを強く拒んだマリアの真意は、マルコにはついにわからない。

「じゃあね、マルコ。向こうでいいお医者さんを手配しとくから。あんたお父さんになるんだからしっかり治すのよ!」

 高藤がマルコの肩をどやしつける。

「社長、色々お世話になりました」マルコの声には力がない。

「何言ってんの、わたしはボランティアには興味ないのよ。あなたたちには故郷(くに)に帰ってもまだ色々と働いてもらうんだからね!」

「マルコ…」クガがニヤニヤしながら言う。「タダより高いモノはないってことをよく覚えとくんだな」

「高藤さん、ありがとうございました」

 コルティナが前に出て高藤にお辞儀をする。

「いい子を産むのよ。その子は王党とフランコ、そして反政府勢力を繋ぐ子なんだから」

「はい!」

「でもあんたたち本当にこれでいいの?」

「はい。わたしたちの根っこはセント・グレゴリオにあります。これからどうなるにしろ、まずは一度自分たちの足元を見直したいんです」

「何か余計なのが付いてくけど大丈夫?」

「ゴロさんとミドリさんですか?大丈夫ですよ。むしろ頼りにしてます」

「あれがねえ…。なんでいきなりセント・グレゴリオに移住するなんて言い出すんだか」

「ミドリさんが発案したみたいですよ」

 コルティナはいたずらっぽく笑って言った。

「ま、ゴロウは日本に色々としがらみがあるからこの方がいいかもね。あれも父親になるわけだし、子どものためにもね」

 船が汽笛を鳴らした。

 乗務員が鐘を鳴らしながら声を上げる。

「船が出ます!乗船の方はどうかお早めに!」

 その声を合図に、二人のボディガードはマルコのベッドをタラップまでゴロゴロと押すと肩に担ぎあげ、軽々とタラップを登り始めた。

 コルティナが後に続く。

 甲板にはゴロウとミドリが待っていた。

 ゴロウはご機嫌な様子でマルコに声をかける。

「マルコ、調子はどうよ?」

「うん。今日はまあまあ」

 再び、汽笛が鳴る。

 ふたりのボディガードはベッドを置いてキャスターにロックを掛け、タラップに向かった。「ありがとう!」二人の背中にマルコが声を掛ける。

 一人は、笑ってマルコに親指を立てた。

 もう一人は投げキッスをして手を振った。

 マルコは思わず苦笑いする。

 二人は軽い足取りでタラップを駆け下りていった。

 レティシア号が汽笛を鳴らして離岸すると、その巨大な船体を何隻かのタグボートが付いて方向転換させていく。

 突然ゴロウが叫んだ。

「バカヤロー!ニッポンのくそったれのバカヤローが!」

 ゴロウはミドリの肩を抱いて笑っている。

 ミドリも続く。

「バカヤロー!さよならニッポン!元気でやれよ!」

「バカヤロー、日本。そして、ありがとう 」

 マルコはそう呟いて、すうっと引き込まれるように眠ってしまった。

 どこから忍び込んだのか、桜の花びらが一枚マルコの鼻先に乗っていた。

 コルティナが愛し気な目でそんなマルコを見る。


 マルコが目を閉じると、瞼の裏に白髪を肩まで伸ばした片目の男が現れた。

 いつか漂流船で逢った男だ。

「やあ、久しぶり。君も案外しぶといじゃないか」

「ふふ、そうだね」

「それで宿題はできたかい?」

「うん。生きていくのに理由なんてない。人は誰でもただ無条件に生きる。二度目なんてないんだしね」

 片目の男はしわがれ声で満足そうに笑った。

「実はこの宿題に正解はないんだ。さよなら、もう逢うこともないだろう。良い航海を」

 男は姿を消した。

 そしてマルコは深い眠りに落ちた。


 コルティナにはマルコが眠ったまま微かに笑ったように見えた。

 マルコの鼻の頭に乗っていた桜の花びらはひらひらと風に舞って、人々が見送る岸壁へ飛んでいった。


          第5話「売国奴の盾」了。次回エピローグにつづく



今週も読んでいただき、ありがとうございました。

これにて最終話「売国奴の盾」一巻の終わりとなります。

長かった連載も残すところあと1回。

どうか最後までお付き合いを。

なお、次回は1月5日(土)午後10時に更新予定です。

お楽しみに。


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