第5話「売国奴の盾」~マリアの異常な愛情~
マリア達のフランコ暗殺は、ムダイの活躍などもあり、失敗した。
すべての仲間を失ったマリアはある決心をする。
ムダイは両腕の橈骨と尺骨の骨折と多発性肋骨骨折、ゴロウが肩に受けた銃弾は幸いにも貫通していたが、鎖骨と肩甲骨の粉砕骨折。
重傷の二人はそのまま入院した。
シェルターを守る者はクガとマルコだけになり、補充として高藤の用心棒二人組がいつもの格好、サングラス、裸の上に黒皮のベストと短パン、そして各々手にベレッタの上下二連散弾銃を持ってやってきた。
「お前ら、将軍の前でもそのカッコか?」クガが両手を腰に当てて呆れたように言う。
二人は顔を見合わせ、黙って肩をすくめた。
「いくら何でもそれじゃあお客様の前に出せねえんだよ。中は俺たちでやるから、お前らは扉の前を頼む」
二人は扉の前の階段にどっかと腰かけ、散弾銃を肩に担いだ。
「いつまで続くんだろう…」
不安げにマルコが呟く。
もう何日もコルティナに会ってない。会いたい気持ちは募るばかりだが、任務は続いている。
「明日中には社長の仲介で首相と将軍の会談の日取りが決まる。それまでは俺とお前で何とかするしかないだろう」
「マリアはまたここを襲うかな」
「そりゃ、俺がお前に訊きたいね。お前の妹はいつ何時でもここに来ることができる。その上核兵器を持ってるんだ。別に直接ここを襲わなくても俺たちごとフランコを焼き殺すことなんざ造作ないことなんだぞ」
マルコは頭を抱えた。
「…わからない。今のマリアの考えていることはさっぱりわからない」
クガが深くため息をついて呻いた。
「久々にタバコが吸いたくなってきたぜ」
その日、高藤はティゲリバに緊急の呼び出しを受け、銀座の事務所へ向かった。
途中リムジンで弦本からフランコとコルティナのDNA検査の結果報告を受ける。
「フランコとコルティナは99.9%以上の確率で親子であることが判明しました」
高藤はホッとした表情で報告を聞いた。
「じゃあこれで二人を対面させて問題はないわね」
「はい。警視庁から入手したデータ、セント・グレゴリオの王立科学院から入手したサンプル、そして直接本人から採取したサンプル、この三つを突き合わせました。
結果、王立科学院のと本人のものが一致しました」
「警察のはガセ。あなたの睨んだとおりね、さすがだわ」
「ありがとうございます。ただ…。
念のため、フランコの父親のDNAも調べました。というより、本人から採取したサンプルに混在していたというべきですが」
「お父様から片時も離れないものね。フランコって本当にあの残虐非道なフランコなのかしら」
「フランコの父親とフランコ本人のDNAは全く同じです」
「だって、親子なんだから…」
そう言いかけて高藤は息を呑んだ。
「ちょっと待って、まったく同じ?」
「はい。この表現が妥当かどうか…しかし、二人は同一人物ということになります」
「そんなバカな!それじゃ…」
「あの父子のうちどちらかがクローンということになります」
高藤は混乱した。
「だって、父が子のクローンってことがあるかしら」
「社長、今の時代お金さえあればどんな整形でもほぼ不可能ではありません。あの二人のうち、どちらがクローンでもおかしくないんです」
「困ったわね」
「コルティナに逢わせてはいかがでしょうか。フランコは実の娘が生きていることをまだ知りません。もしフランコに一分でも人の心が残っているとしたら…」
「何かが起こるかもしれない。賭けね」
昼下がり、銀座の裏通りは裸足の子供たちがサッカーをしていた。
ボールはボロ布を丸めてテープでぐるぐる巻きにしたものだが、みな夢中でボールを追いかけていた。
路地裏に歓声が響く。
高藤のリムジンがその長く巨大な車体を路地裏に滑り込ませると、子供たちは驚いてボールを追うのを止めた。
そして車内から高藤がその巨体をぬッと現すと、一斉に驚きの歓声を上げた。
「スモウレスラー!スモウレスラー!」
子供たちの予期せぬ歓迎ぶりに高藤は苦笑いしながら手を振って応えた。
ティゲリバはいつものように地下の映画館にいた。
スクリーンのモノクロ画面ではピーター・セラーズ演じる車椅子のストレンジラブ博士が興奮して立ち上がり、絶叫している。
「総統!私は歩けます!」
閃光。
続いて毒々しい傘を開いて次々と立ち昇るキノコ雲。
ヴェラ・リンの古い歌「またあいましょう」の甘く、どこか退廃的な歌声がバックに流れる。
高藤はティゲリバの後ろに立ちすくんで、画面をじっと見ていた。
映画は終わった。
「悪趣味ね」と高藤。
「気分だよ、気分。サイテーだ。やってられないね」
「例のテロリストたちならもう追い詰めたも同然よ。フランコも無事だし」
クローンの件をティゲリバに教える必要はない。
「逃げてきた独裁者なんてどうだっていいんだ!問題は原爆だろ?」
ティゲリバは声を荒げた。
「で、どうなの?市ヶ谷で見つかったブツの解析、できたんでしょ?」
高藤はそう言いながらティゲリバの隣に座った。
「ああ、これが資料」
ティゲリバは気を取り直して高藤に茶封筒を渡すと映写室に向かった。
映写機を止め、ティゲリバは映写室のマイクから高藤に話す。
スピーカーからティゲリバの声が小さな劇場に響いた。
「ざっくり言うとだな、こいつはちゃんと核爆弾としての性能を有するかどうか疑わしい」
「どういうこと?」
高藤は大声で映写室のティゲリバに話しかける。
映写室から戻ったティゲリバは、資料にある原爆の断面図を指差しながら説明を始めた。
「核爆弾てのは、核分裂が始まって臨界に達しないとその威力を十分に発揮することができない。
そのためにまず重要なのが核物質の周りを覆ってる火薬だ。このサッカーボールみたいな三十二面体のな。こいつが爆発した時、その力がすべて同時に核物質の中心にドンピシャで届かないと核分裂は臨界に達しない。
こいつは核物質の純度、三十二面体の設計、すべて完璧なんだが色々とおかしな点がある。雷管の性能がバラバラで、爆発のタイミングに誤差が出るんだ。
それを補正するためにわざわざマイクロコンピューターを入れてる」
「それは珍しいことなの?」
「正規に、曲がりなりにも核保有国が作ったものならこんなことは絶対にあり得ない。
雷管の電線には高純度の金かプラチナを使うはずだ。
しかしこいつは何と一部に銅線を使っている。おまけに外殻はアルミ製のボウルを二個合わせてビス止めしただけ。放射能は盛大に洩れてるはずだ。
玄人が作って素人が仕上げたってとこか。まったく泥縄もいいとこだぜ」
「じゃあ大丈夫ってこと?」
「ところが全然大丈夫じゃない。たとえ全く核分裂が起きなかったとしても、火薬が爆発して中のプルトニウムが飛散すれば、大変なことになる。プルトニウムはかつて人類が出会った物質の中で、最も毒性が強いんだ。被害は想像もできない」
「やっぱりテロリストと取り引きするしかないのかしら」
マリアはプラチナバレー附属病院のベッドで目覚めた。
口には酸素吸入器、体中に様々な管が接続されている。
ぼやけていた意識が次第にはっきりしてくると、マリアはシェルターでの敗北をまざまざと思い出した。
怒りと屈辱が彼女の意識を完全に覚醒させる。
マリアは乱暴に酸素吸入のマスクをむしり取り、ナースコールを押した。
マリアはベッドの上に上体を起こし、志村医師の問診を受けていた。
志村は険しい表情で諭すようにマリアに言う。
「あなたはとても立って歩き回れる体じゃないんですよ」
マリアの顔は粉を吹いたように白く乾燥し、顔には赤い斑点が浮き出し、髪は激しく抜け落ちてところどころ頭皮が見えていた。
「どうしてもやらなければならないことがあるの」
「そうですか…。ではとりあえずお部屋にお戻りになりますか?」
「ええ。もうすっかり気分も直ったし、ありがとう」
「ところで、お連れの方ですが…」
マリアはイエローの死体を胸に抱いたまま病院に運び込まれていた。
「ご遺体はどうしますか?」
志村の言葉をマリアは無感動に受け止めていた。
「そう、イエローはやっぱり死んだのね…。逢わせて」
看護師がベビーベッドに寝かされたイエローの遺骸を運んでくる。
ベッドから降りたマリアはふらついて思わず看護師の肩につかまる。
「大丈夫ですか?」
マリアはそれに答えず、イエローの顔と頭をザラザラと撫ぜながら言った。
イエローは幸せそうに目を閉じ、まるで本当に赤ん坊のような無垢な表情をしていた。
「人間って死んでも髭や爪が伸びるって聞いたけど、本当なのね…」
イエローは怪異な風貌ではあったが、本人としてはあくまでも二枚目という意識だった。
毎日欠かさず髭を剃り、頭を剃り、ピカピカに磨き上げるのが日課だった。
「電気剃刀はある?」
看護師がすぐに持ってくる。
マリアはイエローの顔と頭を剃り始めた。
—イエロー、わたしの数少ないお友達。お別れね…。
ジリジリと音を立てながら一心に剃り上げるマリアを志村と看護師は黙って見守る。
「ふう…」ため息をついてマリアは剃り終えた。
「後は適当に処分して下さい」
「わかりました」と志村。
「それから…」そう言ってマリアは懐からDeeの瓶を取り出す。
「これはお返しするわ」
「どうして」と志村。
「痛みを感じるのは生きている証拠。わたしはちゃんと生きた実感を持って最後までやり遂げたいの」
そう言うとマリアは看護師が用意した車椅子にゆっくりと移り、のろのろと病院を後にした。
仲間を次々と失いながら、最後はたったひとりで死んでいく。
この病院の性格上、こうした宿泊客を志村は何度となく見てきた。
そしてどこからかの送金が途絶えると、彼らは闇火葬業者によって密かに葬られる。
ここで急性放射線障害の患者を診たのも初めてではない。
しかしあんな少女が、どうしてこの「悪人ホテル」で…。
諦めにどっぷりと浸かり切っていたつもりの志村の胸に、やりきれない思いがこみ上げていた。
スイートルームに戻ったマリアは直ちにルームサービスで衛星電話を注文し、首相官邸に電話をかけた。
電話番号は一般には公開されていないものだったが、生前にイエローがハッキングによって調べてくれたものだった。
そしてこのホテルの衛星電話はいくつかの国の軍事衛星を経由しており、簡単に追尾される心配はない。
「今から15分後、14時きっかりに東京都内で原子爆弾を爆発させます。市ヶ谷に置いてきた模型がただの脅しでないことを証明するわ。これは残忍で薄汚い独裁者フランコを匿う、あなた方薄汚い日本政府の責任です」
マリアは一方的に喋って電話を切ると、車椅子からなかば転げ落ちるように降り、這ったままの姿でその場から消えた。
次にマリアが現れたのは太平洋に浮かぶ孤島、青戸島だ。
青戸島は行政区分こそ東京都だが、本州から遥か南に離れた無人島で、島というよりは岩礁というべきものだった。
垂直にそびえたつ屏風岩と、その真ん中に波が穿った洞窟があるのが特徴だ。
マリアは這いつくばって屏風岩を見上げ、今度は洞窟の中に移動する。
洞窟の一番奥の一段高くなった部分をマリアが電話のライトで照らすと、そこには銀色の球体が鎮座していた。
球体には「MarcoⅢ」と青色でペイントされている。
マリアは球体を撫で、その冷たい肌触りにゾクッとしながら話しかけた。
「兄さん、いよいよ世界はわたしたちにひれ伏すのよ」
マリアは電話から家電製品の遠隔操作モードを呼び出し、並んだリストの中から「MarcoⅢ」をセレクトし、タイマーを15分後にセットすると姿を消した。
次回第5話「売国奴の盾」⑭につづく
今週も読んでいただき、ありがとうございました。
一宮は風邪でダウンしました。
何とか今週分を落とさずに済んでホッとしています。
急に寒くなりました。
インフルエンザの流行も始まっております。
皆様、お身体に気を付けて年末をお過ごしください。
なお、次回は12月22日(土)夜10時に更新予定です。




