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第5話「売国奴の盾」~ブラックホスピタル~

トッケイは六本木特区のシェルターにフランコ父子を受け入れ、警護に入った。

一方フランコの命を狙うマリアの体には重大な変調が起きていた。

様々な波乱を含みながら、トッケイとテロリストたちの対決は迫る。

 シアンの体調は回復し、再び幻視を始めた。

 ベッドの上に例の敷物を敷き、その上で胡坐をかいて両腕を開き、膝の上に手のひらを上にして乗せ、ゆったりと体の力を抜きながらも一点に集中している。

 するとリビングから葉巻の強い匂いが忍び込んできた。

 シアンは苛立たしそうに幻視を中断し、勢いよくリビングに通じるドアを開けて怒鳴った。

「ちょっと!集中できないから葉巻は止めてって言ったでしょ!」

 リビングではベビーベッドの上でイエローが葉巻を吸っている。

「コイーバだぜ?お気に召さない?」

「コイーバだろうが何だろうが香りのキツイのは止めて!」

「へいへい」

 イエローは珍しく素直に葉巻を灰皿で揉み消した。

「しかしよ、シアン。病み上がりであんまり無理しねえほうがいいんじゃないか?」

 窓の外をぼんやりと見ていたマゼンタが無言で立ち上がり、冷蔵庫からオレンジジュースを出してシアンに手渡した。

「あ、ありがと」

 そういえば…朝から何も口に入れず幻視に没頭していたことに、シアンはようやく気付く。

 シアンは手探りで椅子に座ってタオルで汗まみれの頭と顔を拭きながら、勢いよくジュースを飲む。

 その甘さが体全体に染みわたっていくようだった。

「おまえさんがおねんねしてる間に、俺もこのくそったれなガラクタが詰まった頭を使って色々と調べた。

 防犯カメラと衛星の映像によれば、イチガヤからは数日前に長い車列が一度だけ出ている。

 行先はロッポンギってとこだ。ここには妙なことに防犯カメラがない。少なくとも俺が覗けるようなものはな」

「六本木特区、聞いたことがあるわ」

「そう、そいつだ。ここは立ち入り厳禁のやばいショバで、ここ一帯がグルっと高いフェンスで囲まれている。

 完全な廃墟だが、衛星画像で一つだけ例外のビルを見つけた。ここだけほとんど毎日電気が点いてる」

「そこにフランコが?」

「かもしれねえ。しかしこのビルはネットから完全に遮断されてる。外部からネットを使って侵入することは不可能だ」

「それじゃそのビルのどこにフランコがいるのか分からないわ」

「でもシアンの幻視が復調すれば、もっと詳しいこともわかる」

「…まだ自信がない」

 イエローはニヤリと黄色い歯を剥き出しにして笑い、頭のコネクターから伸びたケーブルを端末に接続した。

「そう思ってよ、このビルの図面を手に入れた」

 端末のモニターに古い二次元の図面が現れる。

 とはいえ、全盲のシアンが今それを見ることはできないのだが。

「震災前のデータはなくなっちまってたり、あちこち散り散りになってたり。苦労したんだぜ。

 このビルは何度か大きな改修がされてるが、一番怪しいのは震災後、この場所が特区とやらに指定されてからの改修だ。

 おかしいだろ?立ち入り厳禁地区に建ってるビルを今さら改修してどうしょうってんだ、なあ。

 そンでこの時、地下にかなり大規模な倉庫スペースが作られている。」

「フランコはそこかな?」

「多分な。しかし残念ながら地下室の詳しい図面は手に入らなかった」

「あんたやるわね、イエロー!ここまで分かれば今の私の能力(ちから)でもなんとかなりそう」

「ヒヒ、そうかい?」

 イエローは少しはにかんで赤くなった。

「あとはマリアが場所まで連れてってくれれば侵入は成功したも同然ね!」

 しかし、イエローは一転、表情を曇らせた。

「ただ、そのママがなあ…」

「マリアがどうしたの?」

 黙っていたマゼンタが口を開いた。

「もう三日、何も食ってない」

「ええっ!?あんたたち、何やってたのよ!」

「そうは言ってもよ、ママが食いたくねえってのを無理やり食わせることはできねえぜ」

 シアンが椅子から勢いよく立ち上がった時、マリアの寝室のドアが大きな音を立てて開いた。

 マリアの姿を見た時、イエローは背筋が凍る思いがした。

 マゼンタは悲しそうに瞼を閉じてうつむいた。

 寝室からよろけながら現れたマリアは、やつれ果て、目は落ち窪み、豊かだった黒髪はごっそりと抜け落ち、艶やかだった褐色の肌にはいくつかの赤班が浮かび上がっていた。

 しかし、幽鬼の如きその様相をシアンは見ることができない。

「マリア!大丈夫?だめよ、何か食べなきゃ!」

「平気。ちょっとめまいが…。病院に行ってくるわ」

 マリアは(かす)れた声で答えた。

 マゼンタが手早く、マリアがいつも着ている黒い服を着せ、フードを被せ、ヴェールを下ろした。

「ありがとう、マゼンタ。ちょっと行ってくる」

 マリアは部屋を出ていった。

 マゼンタはすかさずフロントに電話をかける。

「今から病人が一人そっちへ行く。よろしく頼む」


 ブラックホテルことプラチナバレーは病院を併設していた。

 病院はホテルの地下にあるが、ホテルの区画とは完全に隔離されており、空調、電源は全て別系統という念の入ったものだった。

 これは「悪人ホテル」というもう一つの別名をもつプラチナバレーならではの機能だ。

 ここの宿泊客は普通の医者には診せられないような傷を負ったり、病気に罹って帰ってくることが頻繫にある。

 これはそれらをケアするためのサービスだった。

 そこで働く医師や看護師も訳ありで、腕はいいが表の世界では生きていけない事情を抱えていた。

 院長の志村はマリアの胸に聴診器を当てている。

 控えている看護師二人はマリアの様子に息を呑み、立ち尽くしていた。

 志村は表情を変えずに言った。

「だいぶ衰弱してますね。食事は?」

「食べても吐いてしまうの」

「吐いたものに何かおかしなものは混じってませんでしたか?」

「おかしなもの?」

「たとえば…血液とか」

「吐いたものは気持ち悪いので見ないことにしてるわ」

「そうですか。ところで、血液検査をしますか?」

「いいえ」

「ここでの検査結果やカルテはあなたがチェックアウトすると同時に消去されるので外部に漏れる心配はありませんよ」

「けっこうよ」

 志村は聴診器を外し、看護師たちに指示を出す。

「点滴、生食(※生理食塩水)と栄養剤。それからクロスマッチと輸血」

「輸血?」

 マリアが不審そうな声で志村に尋ねる。

「これは絶対に必要ですから、血液型の検査だけさせて下さい。いいですね」

 マリアはこくりとうなづいた。

「カーテンの2番」改めて志村が看護師に指示を出す。

 呆然とマリアを見ていた看護師たちは、我に返って素早く動き、マリアに検査服を着せてカーテンで仕切られたベッドに連れて行く。

「あ、ちょっと」

 点滴を持ってきた看護師を志村は呼び止めた。

「あとで線量計持ってきて」

「線量計?」

「ほら、放射線のさ」

 一瞬表情をこわばらせた看護師に志村はつとめて穏やかな表情で言う。

「ま、一応ね」


 マリアの点滴が始まり、二人の看護師が診療室に戻ってきた。

「どう?患者の様子は」

「すぐに眠ってしまいました」

「先生、あれは何ですか…?」

 志村は白い無精髭を撫でながらしばらく考えて言う。

「急性放射線障害だよ」

「あんなの初めて見ました。助かるんですか?」

 看護師の一人は統一半島、もう一人はインドネシア出身だった。

「そうか、君らは初めてか…。震災の時はな、あれよりもっとひどい患者をいっぱい見たよ。

 激しい吐血と下血、鼻からも血が溢れて、もう手の施しようがないんだ。次々と死んでいく。

 原子力発電所で働いていた人やその近くに住んでいた人たちだ。

 もうあれから十年経つんだねえ…」

 志村は遠い目をしていた。

「おっ、ところで線量は?」

 看護師が線量計を志村に見せる。

「ふむ。この量なら一日ぐらい浴びたところでどうってことはない。しかしこの量を毎日浴び続けるとどうなるかな…」

「先生、私たちはあの…」

「大丈夫だよ」

 穏やかにニッコリと笑って志村は答える。

「それに君たちはここがどういう病院か忘れたわけじゃないだろうね。ブラックホテルのブラックホスピタルだ。宿泊客ならどんな症状でも拒めない。

 我々は高い給料と何不自由のないホテル暮らしと引き換えにここに身売りしたも同然、そうだろ?」

 ふたりの看護師はうつむいて黙ってしまった。


 点滴と輸血が終わり、マリアは来た時とはうって変わってしっかりとした足取りで歩いて診察室にやってきた。

 顔色も見違えるようで、頬に赤みさえ浮かべている。

「どうですか、調子は?」

「ありがとう。もうすっかりいいわ」

「それは良かった。これからも滞在中は折をみて時々いらして下さい。それから、お仕事中に苦しくなった時にはこれを、ね」

 志村は白い小さなカプセル薬が入った小瓶をマリアに差し出した。

「これは?」

「なに、ほんの気付け薬ですよ。一回二錠が限度です。それは守って下さい」

「ありがとう」マリアは小瓶を見つめて言った。

「では、お大事に」

 マリアは立ち上がった。

「一人でお部屋まで戻れますか?それとも誰か呼びますか?」

「だいじょうぶ、ひとりで戻れます」

 マリアはそう言って診察室を出た。

「あんな子供が…。一体どんな仕事(ゴト)であそこまで」

 —本当は歩いて帰れるはずがない、彼女は気力だけでもっている。

 志村は大きなため息をつきながら、診療机の一番下の引き出しを開けた。

 乱雑に突っこまれた様々な書類の間に、琥珀色の液体の入った瓶が挟まっていた。

 志村はそれを引っ張り出してじっと眺める。

 そこへ看護師がやってきた。

「君、シングルモルトは好きかね?」

「はい!それ、ラガブーリンですね!私、モルトウイスキー大好きです」

「あげるよ」

「いいんですか?こんな貴重なもの」

「今ね、飲まずにはいられないんだけど、飲んじゃうとまた昔に戻ってしまうからね。だから君にあげる」

 志村は微笑みながらボトルを看護師に渡した。

 看護師は志村から受け取ったボトルを大事そうに胸に抱えて言った。

「先生、今の患者さんに渡した薬って」

「そう、Deeだよ。もうできることはそのぐらいしかない」

「何だか悲しいです」

「そうだねえ。ここの宿泊客は多かれ少なかれ死と隣り合わせだ。

 死にたくないのに死んでいった人間がゴマンといるのに、奴らは自分の命すらカジノのチップのように扱ってる。確かに医者として虚しさを感じることはあるねえ」


 部屋に戻るなりマリアは言った。

「さ、もう時間がないわ。フランコの居場所は突き止めた?」

「ママ!元気になった!」イエローは嬉しそうにはしゃいだ。

「ええ、もう元気よ。行きましょう。行って何もかも終わらせましょう!

フランコはどこ?」

「マリア、でも私…」

 シアンは不安そうに言った。

「能力にまだ自信がないの?私が付いてても?」

 にっこりと笑ってマリアはシアンの肩を抱く。

 マリアは見違えるように活力にあふれ、それがシアンに伝わり、他の二人にも伝播していく。

「ママ、ビルと階は特定できてるよ。あとは敵の人数とかだけだ」とイエロー。

「よくやったわ、イエロー。シアン、そこまで絞れてればいけるでしょ?」

「…うん!やるわ!」

「マゼンタ!」

「いつでもいける」

 マリアは全員を見回して言った。

「決行は今夜11時30分。その前に11時からブリーフィングよ。みんなそれまでしっかりと休んでおくように」



 六本木特区のシェルターでは、フランコを受け入れたその日から迎撃態勢をとっていた。

 ゴロウはシアンが現れる確率の高い、ビルの屋上に陣取った。

 コートの下に黒鞘の匕首(ドス)を抱き締め、風よけに薄汚い毛布をかぶってゴロウは屋上に潜んでいた。

 わずかな水と食料だけ持ち込み、もう五日もじっと待っている。

 頬はこけ、髭は伸び、血走った眼だけが毛布の中からギラギラと光っていた。

 ゴロウは思い出す。

 母親に棄てられ、妹を連れて残飯を漁ったり、物乞いをした幼い日々。

 溺れて浅瀬に浮かんだ妹の死体。

 暴力に明け暮れた末、たどり着いた少年院は更なる暴力の世界だった。

 そして震災、脱走。

 ヤクザに拾われて、再び暴力の世界へ。

 —クソだ。俺の人生は。

 自身への憎しみは、彼の心の底に眠っていた暴力への狂おしいまでの欲求を呼び覚ます。

 そうしてゴロウは自分自身を追い詰め、感覚を鋭く研ぎ澄ませていく。


 マルコとクガはシェルターの扉の前。

 交代で休みを取れるのでここはマシだった。

 クガはプロだ。戦う準備はいつでもできていた。

 クガはむしろマルコを心配していた。

 敵はマルコの妹、それはマルコの存在自体が不確定要素となる可能性を孕んでいる。

 マルコは一見平静で、時折太極拳の型を一から丁寧にやり直したり、瞑想したりしている。

 ―マルコを信じるしかない。疑心暗鬼は戦場の一番の敵だ。

 クガはマルコに対する疑念をグッと心の奥に押し込んだ。


 ムダイは、これはフランコがかなりの難色を示したが、シェルター内に配置された。

 シェルターに入り、フランコ父子に挨拶したムダイは自らの気配をすべて消し、ねずみ色の軍隊毛布を被って瞑想に入った。


 有限会社東京特殊警備保障の地下室では、高藤が自らの構想をペドロに打ち明けていた。

 モニターの中からヤマアラシが呆れて言う。

「高藤さん、あんた誇大妄想なんじゃねえの?」

「そうかしら。あなたが手伝ってくれれば不可能じゃないでしょ?」

「どうかな。俺はそんなことは無理だと思うけどな」

「でも承知してくれないと外には出られないのよ」

「ま、いいか。全部ぶっ壊してから作り直すってのが気に入ったぜ。やるよ、やってやる。だから出してくれ」

「そう言うと思ってたわ。出したげる」

「で、あんたが俺を呼び出したい時にはどうする?」

「そうね、何かキーワード、合言葉でも決めましょう」

「モンドンゴ」

「何?」

「合言葉はモンドンゴだ。意味はマルコに訊くといいぜ」

「わかったわ。でもちゃんと戻って来ないとマルコが死ぬかもよ」

「そんなのが脅しになるとでも思ってんのか?」

「さあ、どうかしら。でもこれはあなたが大好きな戦争よ。あなたはさしずめサイバー部隊ってとこね。」

「了解!」

 笑っているつもりだろうか、ヤマアラシは歯を剥き出して敬礼する。

 高藤は外部に通じるコネクターをサーバーに接続した。

 ヤマアラシのアバターは瞬時に消えた。

 高藤は真っ暗なモニターを眺めて呟いた。

「気の短い坊やだこと」

 高藤は椅子に座って少しの間、ぼんやりとしていた。

 彼がそういう時間を持つのは極めて珍しいことだった。

 自分の思い描いていたことが実現するかもしれない。必然と偶然とが重なり、彼の構想に必要なパズルのピースが望んでいた以上の速さで揃いつつある。

 その速さに、彼自身が少し戸惑っている。

 高藤はぼんやりとそのことを自覚した。

「そろそろいいかしら」

そう呟いて高藤は端末に「mondongo」と打ち込む。

すると瞬時にヤマアラシのアバターが現れた。

「何だよ」

ヤマアラシはぶっきらぼうに言う。

「『呼んでみただけ』ってのはナシにしてくれよ」

「お散歩しましょう」

「は?今その最中だったんだぜ」

「そっからじゃ行けないとこ、ネットから隔離された場所」

「そこが戦場ってわけだな」

「そうよ。必要な武器は揃えた?」

 ヤマアラシは不敵に笑って答える。

「あんた、俺を誰だと思ってんだ?」

「神、かしら」

「高藤さん、あんたはやっぱり喰えねえ人だ」


                次回第5話「売国奴の盾」⑪につづく

今週も読んでいただき、ありがとうございました。

今回は少々増量してお届けしております。

物語はいよいよ最終コーナーを抜けてきました。

あとは長い上り坂の直線を走り抜けるまでです。

あと少し続きますが、どうか最後までお付き合いください。

なお、来週は12月1日(土)に更新予定です。

ご期待ください!

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