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第5話「売国奴の盾」~セント・グレゴリオ諸島~

セント・グレゴリオの調査から戻った弦本鏡子は、コルティナがフランコの娘であることを高藤に明かす。

弦本の報告は続く。

 弦本は報告を始める。

「ご存知のとおり、中米セント・グレゴリオ諸島では西暦1700年代から200年余り王制が続いていました。

 その王制を倒したのが2015年にフランコ将軍が起こした国軍のクーデターです。

 フランコは当初、軍政から民政への移行を掲げていましたが、権力掌握時からすでに腐敗が始まり、富と権力はフランコ一族を中心とする軍幹部に集中。行政機能は麻痺、悪性インフレにより、多くの民衆が飢えに苦しむほど国力は低下しました」

「権力は直ちに腐敗する。どこも似たようなものね」

「ええ。おっしゃる通りです。それでもフランコが権力を維持できたのはアメリカの軍事的な後ろ盾があったからこそ。

 フランコは中南米随一の産油国であることを利用し、アメリカとの関係を強めると同時に国内の反対勢力への徹底的な弾圧を図ります。

 特に弾圧されたのが王党の人々。

 民衆の間に王制への敬慕がいまだ根強いことをフランコは懸念し、国王の親族はもちろんのこと、国王に仕えていた人々は末端の公務員、果ては靴職人までもが処刑されたといいます。

 同時にフランコは共産主義者も弾圧しました。

 セント・グレゴリオでは王制時代からキューバの支援を得て共産主義者が非合法の地下活動を行っていました。

 フランコが圧政を始めると共産主義者たちは武装してゲリラ活動で抵抗するようになります。

 この時期、王党もしくは共産主義者、またはその協力者と見做され、虐殺された人々は十万人を軽く超えると言われていますが、未だその実数の調査はなされていません」

「カリブ海のキリング・フィールド、なんて言われたわね」

「そうです。国連も非難決議をしたりしましたが、経済制裁にはアメリカが反対。日本はアメリカの意向を受けてODAまで」

「そして開発支援のお金は全部フランコの懐に入ったというわけね」

「そういうことですね。

 ところで王党弾圧の話に戻りますが、王党であった人々を処刑する一方でフランコには王制に対する憧れがあったことが推測されます。

 というのも、国王の血縁の女性を何人も愛人にしており、しかもその女性たちとの間に子供を作ることに躍起になっていたという噂があるのです。

 当時フランコに近かった数人から話を聞くことができましたが、これはその人たちに共通する意見で、現に子供ができない愛人は処刑されたり、無一文で放り出されたりしていることが確認できました」

「フランコはどうして国王の血縁者にこだわったのかしら」

「セント・グレゴリオは古くからキリスト教を国教としています。そして国王になるものはバチカンから祝福を受けた者に限られるというのが慣例です」

「フランコは祝福に値しないというわけね」

「そうです。むろん現代のバチカンが一国家の内政に干渉することはなく、国王の祝福は形だけのもの、というか一種の祭礼として扱われていました。

 しかし当時フランコの悪行は世界中から非難されていましたから、フランコ自身が祝福を受けることを諦めたと考えてもおかしくはありません」

「で、自分の後継に託したと」

「はい」

「フランコと国王の血縁者の間に生まれた子供は?」

「五人です。フランコは自分の後継を男子にすることに強いこだわりを見せ、五人のうち三人の女子は生まれてすぐ処分されるか、遠くへやられました。

 二人の男子はフランコの側に置かれ大切に育てられていましたが、革命の混乱の中、反政府ゲリラによって殺害されました」

「で、結局生き残ったのがコルティナだったと…。なぜ彼女だったのかしら」

「コルティナは国王直系の孫です。正確にはフランコが皇太子妃を犯して産ませたのですが」

「皇太子妃は?」

「コルティナを産んですぐに亡くなりました」

「出産が原因かしら」

「フランコに殺害されたという説、自殺という説、諸説ありますが、そこまでは確認できませんでした」

「コルティナは?」

「皇太子妃の側近の遠縁にあたる、サン・アーロンに住む年老いたフェリシアーノ夫妻に預けられました」

「サン・アーロン?」

「セント・グレゴリオ南西海上の貧しい島嶼部(とうしょぶ)です」

「よく預かったわね」

「フランコからなにがしかのお金が出ていたという島の人々の証言があります」

「あなたそのサン・アーロンまで行ったの?」

「当然です」

「どんなとこ?」

「何もありません。産業は沿岸漁業だけです」

「退屈だった?」

「いえ…、わたしは嫌いじゃないです。空と海がとにかくきれいだし、食べ物も美味しかったです。生活の事さえ考えなければ」

「そのコルティナがどうして日本に?その老夫婦としては金づるでもあったでしょうに」

「コルティナを養育した老夫婦は…もう亡くなっていて直接話を聞くことはできませんでした。

 これも近隣の住人の証言ですが、コルティナの養親はコルティナを大切に育てていたそうです」

「金づるですものね」

「いえ、そういう理由ではないようです。

 老夫婦の暮らし向きはコルティナがやってきてからも全く変わらなかったそうですし。ただ、コルティナは学校に通っていました。これはあの島の子供たちとしては異例のことだそうです。

 また、コルティナも養親を慕っていて、時間のある限り老父の漁の手伝い、漁具の修繕、老母の家事の手伝いなどをしていたようです」

「そう…。ではなぜ売られてきたのかしら?」

「反政府ゲリラの攻勢でフランコは後継どころではなくなったのでしょう、養育費の支払いが止まったらしく、老夫婦はコルティナを抱えてその日の食べ物にも困るほど困窮しました。

 そうこうするうちに老父が病で倒れて…。

 これはコルティナの実家の隣の住人から聞いたのですが、この時期に老母がお金を借りにきたことがある、と。コルティナがトウモロコシの粉を分けてもらいにきたこともあったそうです。

 またコルティナは漁師たちの家を回って自分を雇ってくれるよう頼んだそうです。しかしどの家も貧しく余裕がなかったため、断らざるを得なかったと」

「子供にとってはつらい話ね」

「ええ。わたしもそう思います。

 しかし…村人の話で印象的だったのは、そういう境遇でもコルティナは卑屈になることはなく、毅然として、しかも笑顔を絶やさなかったということ。

 そんな時です、村に人買いが現れたのは」

「なるほど…」

「混乱期のセント・グレゴリオ、特に貧しい地区では人身売買が横行していました。

 特に未成年者は高値で買い取られる傾向にあり、海外からわざわざ買い付けに来る専門のブローカーの存在が確認されています」

「東京では今もそうね。

 超巨大地震、各地の原発事故、株価の暴落とそれを引き金にした世界恐慌、今の日本、まあこれを日本と呼んでいいのかは疑問だけど、北海道、九州と日本海側の各地域は東京や被災地を切り捨てることによって生き延びた。

 切り捨てられた地域ではセント・グレゴリオと同じことが起こっているんだわ」

 高藤は珍しく険しい表情で宙を見上げた。

 外は薄暗くなりかけている。

「コルティナの養親は人買いの申し出を断りました。

 しかし、その後コルティナ自ら人買いと交渉して、契約書にサインしたそうです」

「ちょっとあなた、見てきたように話すわね」

「ええ、これはその人買いに直接会って聞いたことですから」

「ちょっと待って。あなた人買いに会ったの?」

「はい」

「よく会えたわね」

「それほど難しくありませんでした。アンダーグラウンドから伝手(つて)を頼って。

 その男の名はアレックス・ラスコーリニコフ。あの国では珍しいロシア系の白人です。

 今では商売から足を洗って高級住宅街で悠々自適の生活ですが、今でも怪しいブローカーたちの相談役みたいなことをしているようでした」

「一介の人買いから暗黒街の黒幕に…そういうのも出世っていうのかしら。反吐が出そう」

「すみません。暗殺するかどうか伺った方が良かったですか?」弦本は大真面目な顔で言った。

 高藤は弦本の言葉に意表を突かれ、そして苦笑いしながら言った。

「あなた時々凄いこと言うのねえ。まあ、わたしも今さら正義感ぶるつもりはないし。その男、後々役に立ちそうね」

「はい。それでその男から聞いた話ですが、コルティナは自ら価格交渉までしたそうですよ。そういう子供は後にも先にも見たことがないので覚えていたそうです」

「売り文句が聞きたいわ」

「男が言うには『私はこれまで一度も男性経験がない。その上健康体で容姿も悪くないはずだから、提示価格の三倍の価値はあるはず』と。

 男がそれでは自分の儲けが出ないと言うと『商品に問題はないのだから儲けを出すかどうかはあなたの才覚だ。この村にやってくる人買いはあなただけではないのだから、嫌なら売らない。けれども今すぐ、現金で支払うなら二倍でいい。もし金貨ならば一・七倍でいい』って」

「…物凄いこと言う()ね。とてもそんな風には見えないけど」

「その時、コルティナの手が震えていることに男は気付いたそうです。それで、彼本人が『柄にもなく感動した』って言ってましたけど、その場に金貨を持っていなかったので急いで翌朝持ってきて契約したそうです」

 高藤は呆気に取られたようにしばし黙っていたが、急に思い出したように言った。

「もしかして!マルコにキスしたのもわざと?」

「さあ、どうでしょう。それは彼女にしかわからないことですね」

「踊らされてたのはわたしだったりして…」

 高藤はなぜか少し愉快そうな表情でそう言った。

「ま、そんなことどうでもいいわ。で、お定まりの択捉、東京コースってわけね。

 どう?あの娘、やっぱりただ者じゃなかったでしょ?

 ところで彼女がフランコの娘であることの証拠は手に入った?」

「はい。フランコの専属医師の作成した彼女の出生証明書、フランコと彼女の親子関係を証明する戸籍謄本、フェリシアーノ夫妻の戸籍謄本が手に入りました」

「すごい!よく見つかったわね。奇跡じゃない?」

「今、セント・グレゴリオは反政府勢力の勝利で、フランコ時代の下級官吏は総じて困窮していますから買収は簡単でした。

 確かに書類が残っていたのは不思議です。これはわたしの推測ですが、フランコは最後までそれが何かの切り札になると考えていたのかもしれません」

「でもそれだけじゃ不十分ね」

「フランコのDNAを入手しました。これは王立科学院に複数個保存されていた冷凍サンプルの一つです」

 そう言って弦本は大きめのアタッシュケースを開いた。

 アタッシュケースはそれ自体が冷凍機能を備えたもので、その中央には金属製のカプセルが据えられていた。

「あとはこれとコルティナのDNAが二人の親子関係を完全に証明してくれるってわけね。それにしてもどうしてこんなものが科学院に…」

「セント・グレゴリオ王立科学院は大学も付属していて、中南米最高のレベルでした。だからフランコはたとえ王党であっても、科学者だけは処刑しなかったのです。

 フランコは国民から搾取した財産の相当な部分をこの科学院の、しかもバイオテクノロジー分野につぎ込んでいます」

「自分のクローンでも作ろうってつもりだったのかしら」

「おっしゃる通りです。

 ただ、そこではかなり怪しい研究、例えば死体を生き返らせるとか、バラバラになった死体を繋ぎ合わせて人造人間を作るとか、オカルティックな研究もされていたとか」

「まるでヒトラーかフランケンシュタインね。正気の沙汰じゃないわ」

 高藤は鼻白んで大袈裟に肩をすくめた。


                次回第5話「売国奴の盾」⑨に続く


今週も読んでいただき、ありがとうございました。

ここんとこちょっと説明的な会話回が多いのですね。

一応アクション小説を標榜しているので、少々心が痛みます。申し訳ありません。

引き続き、感想、評点、ブックマーク登録、メッセージ、レビューなどいただければ幸いです。

なお、次回は11月24日(土)夜10時に更新予定です。

ご期待ください。


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